第70話 物理的解雇通知(フィジカル・ディスミサル) 〜全会一致で、貴殿を「リストラ」します〜
魔王城、最上階。
崩れ落ちた天井から夜空が覗く「玉座の間」は、今、禍々しい深紅の光に包まれていた。
ウゥゥゥゥゥゥゥン……!!
不気味な重低音。地下の魔力炉が臨界点を超えようとしている音だ。
「あと3分だ!
3分後には、この城も、城下町も、貴様らの作った『平和』ごともろとも消し飛ぶ!」
ガルドノヴァの亡霊が、狂ったように笑う。
典型的な「自分が経営できないなら会社ごと潰してやる」という、暴走オーナーの末路だ。
「くそっ……!」
俺――アルスは、視界の隅にあるシステムウィンドウを睨みつけた。
【現在支持率:51.2%】
過半数は超えた。だが、システム深層の「自爆プログラム」を強制停止させるには、【100%(絶対王権)】の権限が必要だ。
演説は届いている。数字は上がり続けている。
だが、間に合わない。あと数%足りないまま、タイムリミットが来る!
「魔王様! 方法はあります!」
その時、リルの鋭い声が響いた。
彼女はタブレットを操作しながら叫ぶ。
「『国民投票(全支持率)』は間に合いません!
ですが、『閣議決定(四天王の総意)』による『緊急決裁』なら、一時的に王権代行が可能です!」
「閣議決定……!?」
「はい! 各省庁のトップ全員の承認印(魔力)を束ねれば、擬似的に100%の権限を行使できます!」
なるほど、稟議書か!
面倒な手続きだが、今はそれが最強の武器になる!
「よし! 全員、俺に続け!
これより『臨時国会』を開催する!!」
「「「イエッサー!!」」」
◇
俺を中心に、四天王とゴブ三郎が円陣を組む。
俺が手をかざすと、空中に巨大な光の魔法陣が出現した。
それは、巨大な「申請書類」の形をしていた。
「小賢しい! 手続きなど待ってやるものか!」
ガルドノヴァが黒い波動を放つ。
だが、ヴォルカンが前に立ちふさがった。
「邪魔をするな『元』魔王! 今、大事な会議中だ!」
ガァァァン!!
ヴォルカンの筋肉(と防御魔法)が、攻撃を完璧に弾き返す。
「今だ! 印を押せぇぇぇ!」
俺の号令に、大臣たちが次々と魔力を叩きつける。
「国防省、承認! 火力を込めろ!」
ヴォルカンが拳を叩き込む。書類の隅に、燃え上がる【赤の印】が灯る。
「財務省、承認! 予算(魔力)は惜しみませんわ!」
セレスティアが宝石を砕く。煌めく【金の印】が灯る。
「広報省、承認! 映えるエフェクト、盛っておきますね!」
シルフがスマホをかざす。鮮やかな【青の印】が灯る。
「厚労省、承認! 労働者の未来のために!」
ゴブ三郎が電卓ごと拳を突き出す。優しい【緑の印】が灯る。
四つの承認印が揃った。
書類(魔法陣)がまばゆい黄金の光を放ち、回転を始める。
システムが認証を完了する。
【閣議決定:可決(APPROVED)】
【執行権限:解放】
「よし……!」
俺は空高く跳躍した。
右手に、あふれんばかりの全魔力を集中させる。
光が集束し、一つの巨大な質量を持つ物体へと変わっていく。
それは剣でも槍でもない。
俺の背丈ほどもある、巨大な円柱形の――「決裁印」だ。
「な、なんだそれは……!?」
ガルドノヴァが空を見上げ、戦慄する。
物理的な大きさではない。そのハンコに込められた「組織の重み」に、本能的な恐怖を感じているのだ。
「これは『決裁印』。王が王たる証!」
俺はハンコを振りかぶった。
照準は、ガルドノヴァ。
彼を「害悪」として排除するための、正規の手続き。
「ガルドノヴァ! 貴様には退職金もやらん!
議会の承認を得て、民意の後押しを受け、今ここに執行する!!」
俺は叫んだ。
これが、俺たちの答えだ!
「合体奥義・『全会一致・即時解雇』ォォォッ!!」
ズドォォォォォォォォォンッ!!!!
俺は全力でハンコを叩きつけた。
ガルドノヴァの頭上に、深紅の魔力で描かれた【解雇(FIRED)】という巨大な文字のエフェクトが直撃する。
「ぐ、がぁぁぁぁッ……!?」
物理的な衝撃と、概念的な「拒絶」の力が、亡霊の体を粉砕していく。
もはや彼に、この場に留まる権限(資格)はない。
「バ、バカな……!
恐怖ではなく、合意形成で……これほどの力を……!?」
ガルドノヴァの体は崩れ、光の粒子となって空へ吹き飛ばされていく。
消滅の間際、彼は信じられないものを見る目で俺を見た。
そして、最後に絶叫した。
「労基署かぁぁぁぁぁぁッ!!」
キラーン。
ブラック企業の象徴は、夜空の彼方で星になって消えた。
◇
同時に。
城を包んでいた赤いアラートが消え、魔力炉の暴走音が、シュン……と収束していった。
【自爆シークエンス:強制停止】
【システム:正常化】
シーン……。
静寂が戻る。
天井の大穴から、朝の光が差し込んできた。
「……可決、されたな」
俺は着地し、ふらりとよろめいた。
魔力も体力も空っぽだ。
その場に大の字に倒れ込む。
「魔王様!!」
リルと四天王たちが駆け寄ってくる。
「やった!」「勝ちましたわ!」「胴上げだ!」と騒いでいるが、彼らも限界だったらしい。
俺の周りで、次々とへたり込んでいく。
瓦礫だらけの床で、魔王と幹部たちが仲良く寝転がっている。
その光景がおかしくて、俺は乾いた笑い声を上げた。
「あはは……。ひどい有様だな」
「ええ、全くです」
隣でリルが眼鏡を直しながら、天井の穴を指差した。
「魔王様。……天井の大穴と、粉砕された玉座。それに壁の補修。
修理見積もり、出しておきますね」
「……」
俺の笑いが止まった。
そうだ。勝ったということは、後片付けが待っているということだ。
「……ああ。わかったよ」
俺は目を閉じた。
朝日が眩しい。
「今日は帰って寝よう。
……明日からまた、地獄の残業(復興)だ」
「はい。お供します」
こうして、魔界を揺るがした「内乱」は鎮圧された。
俺たちは一つになり、最強の組織へと進化した。
【現在支持率:80.0%(盤石な政権)】




