第68話 ゼネスト決行。最強の攻撃は「働かないこと」 〜魔王城の電気が止まり、トイレが逆流した日〜
魔王城の城下町。
スクリーンに映る俺の演説が終わった、その直後だった。
静まり返った広場に、鋭い音が響き渡った。
ピーーーーーーーッ!!
それは、ゴブ三郎が懐から取り出した、業務用のホイッスルだった。
スポーツの試合終了の合図ではない。
それは、魔界史上最大規模の「業務停止命令」の合図だった。
カラン……。
一人のオークが、手に持っていたハンマーを地面に落とした。
彼は無言でヘルメットを脱ぎ、作業着を脱ぎ捨てる。
「……あがります」
「お疲れ様でした」
それを皮切りに、連鎖が始まった。
工場のラインが止まる。
厨房の火が消される。
物流の馬車が路肩に停車する。
暴動ではない。破壊活動でもない。
ただ全員が「定時退社」するように、静かに、淡々と、職場から立ち去っていく。
数百万の魔族による、無言の意思表示。
ゼネラル・ストライキの決行だ。
◇
一方、魔王城・玉座の間。
先代魔王ガルドノヴァは、モニターに映るボイコットの光景を見て、鼻で笑っていた。
「ふん。愚民どもが。仕事を放棄してどうするつもりだ?
生産が止まれば困るのは貴様ら自身だぞ。すぐに泣きついてくるに決まっておる」
彼は余裕たっぷりに、手元のベルを鳴らした。
「おい、給仕! ワインを持ってこい! 喉が渇いた!」
……返事がない。
いつもなら影から現れる執事悪魔が、来ない。
「……おい? 聞こえんのか?」
イラつきながら立ち上がろうとした、その時。
プツン。
唐突に、玉座の間の照明が消えた。
窓の外を見ると、城下町の街灯も、工場の灯りも、全てが消失している。
世界が闇に包まれた。
「停電……だと?」
魔界の電力(魔力光)は、地下の発電所で「雷精霊」たちが交代制で魔力を供給することで賄われている。
彼らが職場放棄すれば、当然こうなる。
「ええい、整備班は何をしている! 予備電源に切り替えろ!」
ガルドノヴァは通信機(念話)に向かって怒鳴った。
だが、返ってくるのは「ザーッ」というノイズ音だけ。
通信兵も、オペレーターも、全員ヘッドセットを置いて帰宅したのだ。
「な、なんだこれは……。誰も、おらんのか?」
ガルドノヴァは暗闇の中、手探りで廊下へと出た。
足の小指を柱にぶつける。
「痛っ!」と叫んでも、誰も「大丈夫ですか!」と駆け寄ってこない。
さらに、異変は続く。
手を洗おうと蛇口をひねるが、水が出ない(水精霊のボイコット)。
トイレに行こうとするが、水が流れない(スライム浄化槽の停止)。
最強の魔力を持つ魔王でも、トイレの詰まりを直すスキルは持っていない。
生活インフラの全停止。
それは、どんな攻撃魔法よりも速やかに、支配者の尊厳を奪っていった。
◇
「貴様らァァァ! どこへ行ったァァァ!」
空腹と不便さに耐えかねたガルドノヴァは、松明を持って城内を徘徊していた。
そして、兵舎の廊下で、ようやく「部下」を発見した。
親衛隊であるドラゴン兵士たちが、廊下に雑魚寝してイビキをかいている。
「いたか! 貴様ら! 何をしている!」
ガルドノヴァが蹴り飛ばすと、ドラゴンの一人がのっそりと顔を上げた。
「あ? ……なんだ、先代か」
「先代だと!? 口を慎め! 反乱分子を捕らえろ! 命令だ!」
ドラゴンは大きなあくびをして、気だるげに手を振った。
「あー、無理っす。俺たち今日から『有給消化期間』なんで」
「はぁ!? 有給だと!?」
「アルス様が作った『魔界労働基準法 第5条』っすよ。
『未消化分の休暇は、退職時または緊急時にまとめて取得できる』……ってね。
俺たち、あんたのせいで200連勤してたんで、来月まで休みなんすわ。おやすみなさい」
ドラゴンは再びアイマスクを装着し、爆睡モードに入った。
「ふ、ふざけるなァァァッ!!」
ガルドノヴァが激昂し、手に魔力を溜める。
こいつらを焼き殺せば、見せしめになるかもしれない。恐怖で支配できるかもしれない。
だが、彼は手を止めた。
「(……待て。こいつらを殺せば、本当に『誰もいなくなる』ぞ?)」
城にはもう、彼らしかいない。
彼らを殺せば、ガルドノヴァは広い廃墟で、たった一人で生きていかねばならなくなる。
飯を作るのも、掃除をするのも、話し相手になるのも、全部自分一人で。
それは「王」ではない。ただの「孤独な老人」だ。
「くっ……くそぉぉぉぉッ!!」
ガルドノヴァは壁を殴りつけた。
圧倒的な力を持っていても、「無視される」「働いてもらえない」という攻撃には、手も足も出ない。
王が偉いのではない。
王を支える土台が偉いのだ。
土台が退けば、王はただ地面に転がるのみ。
◇
その夜。
暗闇に包まれた魔王城の正門前。
カツ、カツ、カツ……。
松明の明かりと共に、俺たち「ホワイト同盟」が到着した。
俺、リル、四天王、そして数千のレジスタンス。
「……開いてるな」
正門は大きく開け放たれていた。
門番がいないからだ。鍵をかける者すらいない。
罠も作動していない。管理システムがダウンしているからだ。
完全なる無血開城。
「静かですね……」
リルが呟く。
戦闘音はない。聞こえるのは、俺たちの足音と、風の音だけ。
かつて難攻不落を誇った魔王城は、ただの巨大な石造りの廃墟と化していた。
「行こう。社長室(玉座の間)へ」
俺は階段を見上げた。
この上に、ガルドノヴァがいる。
空腹と、暗闇と、孤独に震えながら、俺たちを待っているはずだ。
「迎えに行こう。時代遅れの経営者に、『退職届』を叩きつけにな」
俺は一歩を踏み出した。
視界の端で、システムウィンドウが輝く。
【現在支持率:51.0%(過半数確保!)】
【システム権限:一部回復】
条件は整った。
あとは、あの亡霊を物理的に「解任」するだけだ。




