表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

68/75

第68話 ゼネスト決行。最強の攻撃は「働かないこと」 〜魔王城の電気が止まり、トイレが逆流した日〜

 魔王城の城下町。

 スクリーンに映るアルスの演説が終わった、その直後だった。


 静まり返った広場に、鋭い音が響き渡った。


 ピーーーーーーーッ!!


 それは、ゴブ三郎が懐から取り出した、業務用のホイッスルだった。

 スポーツの試合終了の合図ではない。

 それは、魔界史上最大規模の「業務停止命令」の合図だった。


 カラン……。

 一人のオークが、手に持っていたハンマーを地面に落とした。

 彼は無言でヘルメットを脱ぎ、作業着を脱ぎ捨てる。


「……あがります」

「お疲れ様でした」


 それを皮切りに、連鎖が始まった。

 工場のラインが止まる。

 厨房の火が消される。

 物流の馬車が路肩に停車する。


 暴動ではない。破壊活動でもない。

 ただ全員が「定時退社」するように、静かに、淡々と、職場から立ち去っていく。


 数百万の魔族による、無言の意思表示。

 ゼネラル・ストライキの決行だ。


          ◇


 一方、魔王城・玉座の間。

 先代魔王ガルドノヴァは、モニターに映るボイコットの光景を見て、鼻で笑っていた。


「ふん。愚民どもが。仕事を放棄してどうするつもりだ?

 生産が止まれば困るのは貴様ら自身だぞ。すぐに泣きついてくるに決まっておる」


 彼は余裕たっぷりに、手元のベルを鳴らした。


「おい、給仕! ワインを持ってこい! 喉が渇いた!」


 ……返事がない。

 いつもなら影から現れる執事悪魔が、来ない。


「……おい? 聞こえんのか?」


 イラつきながら立ち上がろうとした、その時。


 プツン。


 唐突に、玉座の間の照明が消えた。

 窓の外を見ると、城下町の街灯も、工場の灯りも、全てが消失している。

 世界が闇に包まれた。


「停電……だと?」


 魔界の電力(魔力光)は、地下の発電所で「雷精霊サンダー・エレメンタル」たちが交代制で魔力を供給することで賄われている。

 彼らが職場放棄すれば、当然こうなる。


「ええい、整備班は何をしている! 予備電源に切り替えろ!」


 ガルドノヴァは通信機(念話)に向かって怒鳴った。

 だが、返ってくるのは「ザーッ」というノイズ音だけ。

 通信兵も、オペレーターも、全員ヘッドセットを置いて帰宅したのだ。


「な、なんだこれは……。誰も、おらんのか?」


 ガルドノヴァは暗闇の中、手探りで廊下へと出た。

 足の小指を柱にぶつける。

 「痛っ!」と叫んでも、誰も「大丈夫ですか!」と駆け寄ってこない。


 さらに、異変は続く。

 手を洗おうと蛇口をひねるが、水が出ない(水精霊のボイコット)。

 トイレに行こうとするが、水が流れない(スライム浄化槽の停止)。


 最強の魔力を持つ魔王でも、トイレの詰まりを直すスキルは持っていない。

 生活インフラの全停止。

 それは、どんな攻撃魔法よりも速やかに、支配者の尊厳を奪っていった。


          ◇


「貴様らァァァ! どこへ行ったァァァ!」


 空腹と不便さに耐えかねたガルドノヴァは、松明を持って城内を徘徊していた。

 そして、兵舎の廊下で、ようやく「部下」を発見した。


 親衛隊であるドラゴン兵士たちが、廊下に雑魚寝してイビキをかいている。


「いたか! 貴様ら! 何をしている!」


 ガルドノヴァが蹴り飛ばすと、ドラゴンの一人がのっそりと顔を上げた。


「あ? ……なんだ、先代か」

「先代だと!? 口を慎め! 反乱分子を捕らえろ! 命令だ!」


 ドラゴンは大きなあくびをして、気だるげに手を振った。


「あー、無理っす。俺たち今日から『有給消化期間』なんで」


「はぁ!? 有給だと!?」


「アルス様が作った『魔界労働基準法 第5条』っすよ。

 『未消化分の休暇は、退職時または緊急時にまとめて取得できる』……ってね。

 俺たち、あんたのせいで200連勤してたんで、来月まで休みなんすわ。おやすみなさい」


 ドラゴンは再びアイマスクを装着し、爆睡モードに入った。


「ふ、ふざけるなァァァッ!!」


 ガルドノヴァが激昂し、手に魔力を溜める。

 こいつらを焼き殺せば、見せしめになるかもしれない。恐怖で支配できるかもしれない。


 だが、彼は手を止めた。


「(……待て。こいつらを殺せば、本当に『誰もいなくなる』ぞ?)」


 城にはもう、彼らしかいない。

 彼らを殺せば、ガルドノヴァは広い廃墟で、たった一人で生きていかねばならなくなる。

 飯を作るのも、掃除をするのも、話し相手になるのも、全部自分一人で。


 それは「王」ではない。ただの「孤独な老人」だ。


「くっ……くそぉぉぉぉッ!!」


 ガルドノヴァは壁を殴りつけた。

 圧倒的な力を持っていても、「無視される」「働いてもらえない」という攻撃には、手も足も出ない。


 王が偉いのではない。

 王を支える土台が偉いのだ。

 土台が退けば、王はただ地面に転がるのみ。


          ◇


 その夜。

 暗闇に包まれた魔王城の正門前。


 カツ、カツ、カツ……。


 松明の明かりと共に、俺たち「ホワイト同盟」が到着した。

 俺、リル、四天王、そして数千のレジスタンス。


「……開いてるな」


 正門は大きく開け放たれていた。

 門番がいないからだ。鍵をかける者すらいない。

 罠も作動していない。管理システムがダウンしているからだ。


 完全なる無血開城フリーパス


「静かですね……」


 リルが呟く。

 戦闘音はない。聞こえるのは、俺たちの足音と、風の音だけ。

 かつて難攻不落を誇った魔王城は、ただの巨大な石造りの廃墟と化していた。


「行こう。社長室(玉座の間)へ」


 俺は階段を見上げた。

 この上に、ガルドノヴァがいる。

 空腹と、暗闇と、孤独に震えながら、俺たちを待っているはずだ。


「迎えに行こう。時代遅れの経営者に、『退職届』を叩きつけにな」


 俺は一歩を踏み出した。

 視界の端で、システムウィンドウが輝く。


【現在支持率:51.0%(過半数確保!)】

【システム権限:一部回復】


 条件は整った。

 あとは、あの亡霊を物理的に「解任」するだけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ