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第67話 放送ジャック! 支持率0%からの演説 〜「明日も生きていたい」と思える世界を、ここに約束する〜

 魔界の空は、鉛色に塗り潰されていた。

 上空に浮かぶ巨大な魔法スクリーン。そこから流れるのは、この世で最も憂鬱な放送だ。


『休みなど不要。死ぬまで働け。それが魔族の誇りだ』


 玉座に座るガルドノヴァの映像が、延々とループされている。

 地上では、足に鉄球を繋がれたオークたちが、虚ろな目でハンマーを振るい、ゴブリンたちがフラフラと荷物を運んでいる。


 誰も口をきかない。

 誰も笑わない。

 反逆する気力すら奪われた、完全なるディストピア。


『貴様らは歯車だ。壊れるまで回り続けろ。壊れたら取り替える』


 その言葉が、民衆の心を冷たく押し潰そうとした、その時。


 ザザッ……ザザザッ!!


 突如、スクリーンに激しいノイズが走った。

 不快な砂嵐の音。

 ガルドノヴァの演説が途切れる。


『む? なんだ、通信障害か? 整備班は何をしている!』


 映像が明滅し、歪む。

 そして次の瞬間、画面は全く別の場所を映し出した。


 豪華な玉座ではない。

 薄暗く、配管が剥き出しになった、汚い地下室。

 そこに立っていたのは、煌びやかな鎧ではなく、泥と油にまみれたシャツ一枚の男。


 第13代魔王、アルスだった。


          ◇


「……よし、繋がった!」


 地下アジト。

 シルフが5台のスマホを同時操作しながら叫ぶ。


「ファイアウォール突破! 放送権限奪取! 魔界全土のスクリーン、スマホ、水晶玉……全てのデバイスに強制割り込み(ジャック)成功です!」


「でかした」


 俺はカメラの前に立った。

 照明はない。裸電球一つだけだ。

 メイクもしていない。目の下にはクマがあり、髪はボサボサだ。

 だが、今の俺には、これこそが「正装」だと思えた。


 俺はレンズを睨み据え、声を張り上げた。


「……聞こえるか、魔界の同胞たちよ。

 逃亡した負け犬、第13代魔王アルスだ」


 画面の向こうで、世界がどよめく気配がした。

 『生きていたのか』『処刑されたんじゃなかったのか』。


『アルスゥゥ……! 貴様、まだ生きていたか!』


 ワイプ画面に、激昂するガルドノヴァの顔が映る。


『敗北者が何を吠える! 電源を切れ! この恥さらしの映像を止めろ!』


「止められるものなら止めてみろ! こっちには最強のインフルエンサー(シルフ)がついているんだ!」


 俺はガルドノヴァを一喝し、再びカメラに向き直った。

 飾っている時間はない。

 カッコいい言葉も、威厳ある態度もいらない。

 必要なのは、魂からの「本音」だけだ。


「……すまない。私は、君たちを守れなかった」


 俺は頭を下げた。


「私は、自分が『楽』をしたくて、効率化を進めていただけだった。

 君たちのためにホワイトな環境を作ったんじゃない。自分がサボりたかっただけなんだ」


 民衆がざわつく。

 王が、己の弱さと怠惰を告白している。


『聞いたか愚民ども! こやつはただの怠け者だ! 王の器ではない!』


 ガルドノヴァが嘲笑う。

 だが、俺は顔を上げた。


「ああ、そうだ! 俺は怠け者だ! メンタルも弱い! 勇者が怖い! 毎朝布団から出たくない!」


 俺は叫んだ。

 喉が張り裂けるほどの声で。


「――だが! それの何がいけない!?」


 俺の問いかけに、嘲笑が止まる。


「痛いのは嫌だ! 寒いのも嫌だ! 腹が減るのも嫌だ!

 俺たちは生物だ! 『英雄』や『英霊』になるために生きてるんじゃない!

 『今日よりちょっといい明日』を迎えるために生きてるんだろ!!」


 俺は自分の胸を叩いた。


「思い出してくれ!

 仕事終わりに飲む、冷えた麦酒ビールの旨さを!」


 酒場のモニターを見ていたオークが、ハッとして手元の空瓶を見た。


「休日の朝、目覚まし時計をかけずに二度寝する、あの背徳感を!」


 兵舎のドラゴンが、自分の枕を思い出した。


「家族と囲む食卓の温かさを! 新作の絵物語マンガの発売日を待つワクワクを!」


 俺はカメラを指差した。


「それを『軟弱』と切り捨てるなら、この世界ごと消えればいい。

 ……だが、俺は嫌だ! 俺はまだ、来週発売の週刊誌の続きが読みたいんだよォォッ!」


 あまりに俗物的な、あまりに個人的な叫び。

 だがそれは、魔界に生きる全ての者が、心の奥底に封じ込めていた「願い」そのものだった。


『……くっ、くだらん! 貴様はそれでも魔王か!』


「うるさい!

 貴様は『死に様(誇り)』を説くが、俺は『生き様(生活)』を説く!」


 俺は息を吸い込んだ。


「『休みたい』と叫ぶことは、恥ずかしいことじゃない!

 それは、生きている者の当然の『権利』だ!!」


          ◇


 その瞬間。

 世界が変わった。


 工場の片隅で、一人のゴブリンが、持っていたスパナを床に落とした。

 カラン。


「……休みてぇ」


 その小さなつぶやきは、波紋のように広がった。


「俺も……帰りたい」

「腹減った……美味いもんが食いたい……」

「死にたくない……生きたい……!」


 恐怖で塗り固められたダムが決壊した。

 彼らが求めていたのは、高尚な理想ではない。

 自分たちの「弱さ」と「欲望」を肯定してくれる言葉だったのだ。


「魔王様……! 俺たちの魔王様だ!」

「アルス! アルス! アルス!」


 各地で歓声が上がる。

 それは、恐怖政治を内側から突き破るエネルギーの奔流。


『ピロリン♪』


 俺の脳内で、懐かしい音がした。

 視界の隅、ずっと「Error」と表示されていたウィンドウが、光を取り戻す。


【支持率システム:再接続(RECONNECT)】


 0%。

 そこから、数字が動き出す。


 1%……5%……15%……25%……!


 スロットマシンのように、数字が加速していく。


『な、なんだこの数値は!? 貴様ら、誇りはないのか! 武勲はいらんのか!』


 ガルドノヴァが狼狽する。

 俺は、上昇する数字を見つめながら、勝利を確信した。


「いらないね。俺たちが欲しいのは『平穏』だ!」


 俺はカメラに向かって、手を差し伸べた。

 命令ではない。懇願だ。


「頼む! 俺を助けてくれ!

 そして明日、みんなで笑って定時退社しよう!」


 その言葉が、最後のトリガーとなった。


「さあ、選んでくれ!

 死ぬまで働く『誇り』か! 明日も生きていたい『軟弱』か!

 俺についてくるという者は……今その場で、仕事を放棄しろ(ストライキしろ)!!」


 俺の号令と共に。

 魔界全土で、何かが動き出す音がした。


 工場が止まる音。

 軍隊が足を止める音。

 そして、数百万の魔族が、一斉に武器と道具を捨てる音。


【現在支持率:35.0%(V字回復・急上昇中)】

【状態:革命の開始】

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