第66話 奪還作戦③ SNS大臣の「承認欲求」を刺激せよ 〜伝書鳩より5Gが速いに決まっている〜
魔王城の尖塔、その最上階。
かつては最新鋭の魔導サーバーが並び、光ケーブルが張り巡らされていた「通信指令室」。
だが、俺たちが窓を破って侵入したそこは――見るも無残な「巨大な鳩小屋」に変わり果てていた。
「クルックー……」
「バサバサッ!」
舞い散る羽毛。充満する鳥の臭い。
床一面に敷き詰められた藁とフン。
その中心に、ボロボロのローブを纏った女性が、体育座りでうずくまっていた。
広報大臣、ダークエルフのシルフだ。
彼女は震える手で、小さな羊皮紙を丸め、鳩の足に結びつけようとしていた。
「送信……送信……」
彼女が鳩を窓から放つ。
だが、やる気のない鳩はすぐに窓枠にぶつかり、ボトッと床に落ちた。
「あああ! 通信エラー(物理)!! 再送しなきゃ……再送……」
彼女は血走った目で鳩を拾い上げ、再び結び直そうとする。
その姿は、完全に壊れていた。
◇
「シルフ!」
俺は駆け寄った。
「助けに来たぞ! もうこんなアナログな作業はしなくていい!」
シルフがゆっくりと振り返る。
その瞳は濁り、焦点が合っていない。
「……あら、元魔王様。こんにちは」
彼女はうっとりとした表情で、鳩を胸に抱いた。
「見てください、この『温かみ』のある通信を。
手書きの文字、鳩の体温、不確実な伝達速度……。これこそが真のコミュニケーション。デジタルは心を冷たくします……」
「……完全に『ロハス系カルト』に染まってるな」
俺は頭を抱えた。
現代っ子からスマホを取り上げ、強制的に「スローライフ」をさせるとこうなるのか。
「目を覚ませシルフ! その鳩、隣町に届くのに3日かかるんだぞ! 緊急時にどうするんだ!」
「待つのです。返信を待つ時間こそが、愛おしいのです(震え声)」
「嘘をつけ! 指を見ろ、指を!」
俺は彼女の手元を指差した。
鳩を撫でている彼女の右手の親指が、猛烈な勢いで痙攣している。
上下左右、高速で空を切るその動き。
それは――「フリック入力」の動きそのものだった。
「体が『入力』を求めてるじゃないか! 禁断症状だろそれ!」
「ち、違いますぅ! これは……指のストレッチですぅ!」
シルフが涙目で否定する。
限界だ。彼女の精神は、情報の遮断によって崩壊寸前だ。
(……治療薬を投与するしかないな)
俺は懐から、切り札を取り出した。
人間界の最新技術と、魔界の魔導工学を融合させた、黒く輝く板。
「……強がるな。お前の指は正直だ」
俺は電源ボタンを押した。
有機ELの鮮やかな光が、薄暗い鳩小屋を照らし出す。
「見ろ、シルフ。『魔導スマホ Pro Max(5G対応)』だ」
「ッ!?」
シルフの動きが止まる。
彼女の視線が、画面の滑らかなスクロールに釘付けになる。
「そ、そのベゼルレスな大画面……! ヌルヌル動くリフレッシュレート120Hz……!?」
「ここには俺が設置した『闇回線』が通っている。
……これを使えば、今すぐ『全世界』と繋がれるぞ?」
俺はスマホを彼女の目の前にかざした。
画面には、SNSアプリ「マカイッター」のアイコン。
未読通知バッジの数は――【9999+】。
「あ、あぁ……ダメ、私は自然に還ったの……デジタルの毒は抜けたの……」
シルフが頭を振る。だが、手は勝手に伸びている。
そして。
ピロリン♪
決定的な通知音が鳴り響いた。
それは、彼女にとっての「開始のゴング」だった。
「通知ィィィィィッ!!」
シルフが獣のように飛びかかってきた。
俺の手からスマホをひったくり、画面に顔を埋めんばかりに凝視する。
「あああ! タイムラインが流れてる! 情報が! 世界が! 私の指先にあるぅぅぅ!」
彼女の瞳に、強烈なハイライトが戻る。
いや、以前よりも鋭い、飢えた獣のような「情報強者」の光が。
◇
「ふぅ……生き返りました」
シルフは一瞬で呼吸を整え、眼鏡を装着した。
その立ち姿からは、さっきまでの「森ガール」の雰囲気は微塵もない。
「あのアナログおじさん(先代)……。よくも私から『接続』を奪ってくれましたね?」
彼女はスマホを構え、冷酷な笑みを浮かべた。
「私からネットを奪うなんて、酸素を奪うのと同じこと。……窒息させてやったお返しに、社会的に抹殺してあげます☆」
「やれ。手加減はいらん」
「御意!」
シルフの親指が残像と化した。
目にも止まらぬ高速フリック入力。
彼女は、クラウド上に隠しておいた「秘密のフォルダ」を解凍した。
【投稿】
タイトル:【拡散希望】現魔王(先代)のヤバい実態まとめ。パワハラ音声データあり。 #魔界の闇 #ブラック企業
添付されたのは、先代魔王が「休みなどいらん!」「死ぬまで働け!」と怒鳴り散らしている隠し撮り映像。
さらに、「泥水を飲まされる貴族」「墜落するドラゴン」の衝撃映像もセットで投下。
「送信ッ!!」
エンターキー(送信ボタン)がタップされる。
情報は、光の速さで魔界全土の端末へと拡散された。
1秒後。通知音が鳴り止まなくなる。
ピロリンピロリンピロリン……!
『えっ、これマジ?』
『今の魔王、こんなこと言ってるの?』
『ドン引きだわ……』
『やっぱりアルス様の方が良かったんじゃ……』
「よし! バズった! 初速完璧です!」
シルフがガッツポーズを決める。
「『いいね』数、10万突破! トレンド入り確認!
世論の風向きは変わりました。ネット民は『真実』と『炎上』が大好物ですからね!」
窓の外を見る。
伝書鳩たちが、「やっと解放された……」と言わんばかりに、空へ羽ばたいていくのが見えた。
彼らもまた、ブラック労働の被害者だったのだ。
◇
こうして、最後の四天王を奪還した。
金。
武力。
情報。
そして、民衆の支持基盤(ゴブ三郎)。
全てのカードが揃った。
「……行くぞ」
俺は仲間たちを見渡した。
全員、ボロボロだ。泥まみれで、傷だらけだ。
だが、その目は死んでいない。
「定時退社」という希望に向かって、爛々と輝いている。
「準備は整った。……ガルドノヴァ、引導を渡してやる」
俺はシルフに指示を出した。
「シルフ。魔界全土の回線をジャックしろ」
「了解です! 何を流しますか?」
「決まっている」
俺は不敵に笑った。
「『社長の交代会見』だ」
支持率0%からの大逆転。
世界をひっくり返す、最初で最後の「本音の演説」が始まる。
【戦力獲得:最強の広報】
【現在支持率:計測開始(急上昇の予兆あり)】
【次回予告:全魔界が泣いた(主に社畜が)】




