第65話 奪還作戦② 吸血鬼を「高級トマト」で買収せよ 〜その泥水は「デトックス」ではありません〜
魔都の高級住宅街。その一等地に、財務大臣セレスティアの屋敷はある。
かつては真紅の薔薇が咲き乱れ、夜な夜な舞踏会が開かれていた絢爛豪華な館だ。
だが、今の姿は見る影もなかった。
「……酷いな。空き家か?」
俺たちが庭に忍び込むと、そこは「荒野」だった。
薔薇は全て引き抜かれ、代わりに植えられているのは――芋だ。
泥だらけの畑が広がり、大理石の彫刻は打ち砕かれて漬物石の代わりにされている。
「戦時中の食糧難ですか……。あの美意識の塊のような彼女が、ここまで……」
リルが絶句する。
テラスの方から、話し声が聞こえた。
「お嬢様……もう限界です……血を……せめてトマトを……」
「お黙りなさい! 『欲しがりません勝つまでは』ですわ!」
俺たちは茂みから顔を出した。
そこにいたのは、痩せこけた執事たちと、テーブルにつくセレスティアだった。
だが、その姿は衝撃的だった。
最高級のドレスはどこへやら。彼女が着ているのは、麻袋に穴を開けただけの「貫頭衣」だ。
金髪はボサボサ、肌はガサガサ。
そしてテーブルの上に置かれているのは、豪勢なティーセットではなく――
茶色く濁った水が入った、ブリキのバケツだった。
◇
「セレスティア!」
俺はたまらず飛び出した。
「迎えに来たぞ! こんな生活はもう終わりだ!」
セレスティアがゆっくりと顔を上げる。
その瞳は虚ろだが、芯には狂信的な光が宿っている。
「……あら、元魔王様。みすぼらしい格好ですわね(特大ブーメラン)」
彼女は麻袋を優雅に着こなし(きれてないが)、胸を張った。
「見てくださいまし、この生活を。
無駄な装飾を極限まで削ぎ落とし、魂を研ぎ澄ます……。これこそが、貴族の真の姿。究極の『ミニマリスト』ですわ」
「いや、ただの極貧生活だろ。見ろ、肌ボロボロだぞ」
俺が指差すと、セレスティアはビクリと震えた。
一瞬、動揺が走る。だがすぐに、彼女は震える手で頬を隠した。
「こ、これは……『好転反応』ですわ! 体内の毒素が出ている証拠! 今、私は生まれ変わっているのです!」
「泥水飲んでデトックスになるか! 毒素を摂取してるだけだ!」
俺はバケツの中身を指差した。
「それはなんだ。泥だろ?」
「失礼な。『大地のスープ(ミネラル豊富)』とお呼びなさい」
「横にある乾燥した草は?」
「『太陽の恵みチップス(無添加)』です」
ダメだ。完全に「意識高い系カルト」に染まっている。
言葉での説得は不可能だ。先代魔王の呪いは、彼女のプライドを人質にして、思考をロックしている。
(……なら、本能に訴えるしかない)
俺はアイテムボックスを開いた。
なけなしの金で、人間界のデパートから取り寄せた最終兵器を取り出す。
「強がるな、セレスティア。身体は正直だぞ」
コトッ。
俺はテーブルの上に、小さなガラスの器を置いた。
「……なんですの、それは?」
「毒見してみろ」
俺は蓋を開けた。
プルンッ。
瑞々しい音と共に、甘酸っぱい香りが爆発的に広がる。
そこに鎮座していたのは、真っ赤な宝石のような――
『期間限定・完熟果肉入りプレミアムトマトゼリー』。
(※一個800円)
「ッ……!?」
セレスティアの視線が釘付けになる。
泥水と乾いた草ばかり見てきた目に、その鮮烈な「赤」はあまりに刺激的すぎた。
「こ、こんな……軟弱なプルプルした物体など……!」
「このゼリーは、朝摘みの最高級トマトのみを使用している。
見てみろ、この果肉の輝きを。一口含めば、完熟の甘みと爽やかな酸味が口いっぱいに広がる……」
俺は悪魔の囁きを続ける。
「リコピンは通常の5倍。コラーゲンも配合だ。
……これを食べれば、ガサガサのお肌も、一瞬で潤うんだがなぁ(チラッ)」
「お、お肌……!」
セレスティアが身を乗り出した。
喉がゴクリと鳴る音が、静かな庭に響く。
周りの執事たちも、涎を垂らしてゼリーを凝視している。
本能(食欲と美意識) vs 理性(洗脳)。
勝負は一瞬だった。
「くっ……! 敵の毒見をしてあげるだけですわよ! 勘違いなさいませんように!」
彼女は叫びながらスプーンを奪い取り、震える手でゼリーを掬った。
そして、口へと運ぶ。
パクッ。
◇
「んんっ……❤」
セレスティアの目が大きく見開かれた。
口に入れた瞬間、ゼリーが解け、濃厚なトマトのジュースが溢れ出す。
乾ききった喉に染み渡る、冷たくて甘い命の水。
脳内でファンファーレが鳴る。
泥水で麻痺していた味蕾が、歓喜の悲鳴を上げて復活していく。
(美味しい……! 何ですのこれ……! 泥とは違う! これが……味!?)
彼女の耳から、プシューッと黒い煙(洗脳)が抜けていく。
幸福感が、呪いを浄化したのだ。
「はっ……!?」
セレスティアが椅子から立ち上がった。
その瞳に、理性の光が戻る。
「私、何を……? こんなボロ雑巾を着て、泥水を飲んで……?」
彼女は自分の手を見て、そして鏡(手鏡)を覗き込んだ。
そこに映っていたのは、肌荒れし、髪がパサパサになった、みすぼらしい自分の姿。
「きゃああああああッ!!」
悲鳴が屋敷に響き渡る。
「私の髪が! 肌が! キューティクルが死んでますわぁぁぁ!!」
「正気に戻ったか」
「アルス様! これはどういうことですの!?」
セレスティアは俺に詰め寄った。その目には涙が浮かんでいる。
「あのおっさん(先代)……! よくも乙女の美貌を台無しにしてくれましたわね!
思想はともかく、肌荒れだけは万死に値しますわ!!」
「(……怒るポイントそこか)」
まあいい。彼女のモチベーションは回復した。
セレスティアはスプーンを投げ捨て、執事たちに叫んだ。
「総員、着替えなさい! エステの予約を入れなさい!
そして倉庫から『隠し財産』を出しなさい! 復讐の資金にしますわよ!」
「おおお! お嬢様が戻られた!」
「トマトだ! トマトを持ってこい!」
屋敷に活気が戻る。
これで、魔王軍の「財力」は確保した。
「アルス様。協力しますわ。あの亡霊を地獄の底まで追い詰め、慰謝料として最高級美容液を請求してやります!」
「頼もしい限りだ。……だが、まだ足りない」
俺は屋敷の外を見た。
金と武力は揃った。あとは「情報」と「拡散力」だ。
「次はシルフだ」
「あら、あのスマホ中毒の?」
「ああ。彼女は今、現代っ子にとって最も過酷な拷問を受けているはずだ」
魔王城の尖塔、通信室。
そこでは広報大臣シルフが、スマホを取り上げられ、強制的に「伝書鳩」の世話をさせられているという。
「ネットを奪われたインフルエンサー……。想像するだけで恐ろしいな」
俺は最後の仲間を救うべく、通信室へと向かった。
反撃の準備は、着々と整いつつある。
【戦力獲得:魔界一の資産家】
【現在資金:潤沢(ただしアルス個人の借金は別)】
【次回予告:スマホをよこせぇぇぇ!】




