表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/75

第64話 奪還作戦① ドラゴン将軍を「健康診断」で倒せ 〜貴様の肝臓は、もう限界だ!〜

 魔王城から西へ数キロ。

 国境付近に広がる荒野、国防省管轄の「大演習場」。


 そこは今、この世の地獄と化していた。


「止まるなぁぁぁ! 止まった奴から置いていくぞォォォ!」

「飛べ! 翼が折れても気合いで羽ばたけ! 根性ォォッ!」


 怒号。爆発音。そして悲鳴。

 上空を飛ぶドラゴン部隊は、まるで糸の切れた凧のようにフラフラと蛇行している。

 彼らの目は落ちくぼみ、顔色は土気色。

 着地に失敗して地面に激突する者もいるが、誰も助け起こさない。「立て! 甘えるな!」という罵声が飛ぶだけだ。


「……ひどいな」


 岩陰からその光景を覗き見ていた俺――元魔王アルス(Lv.1)は、言葉を失った。

 これは訓練ではない。「死の行軍デスマーチ」だ。


「医学的に見て、異常事態です」


 隣で秘書官のリルが、タブレットの解析画面を見て眉をひそめる。


「彼らの心拍数は通常の3倍。先代の洗脳魔法により脳内麻薬アドレナリンが過剰分泌され、痛覚と疲労が麻痺しています」

「つまり、どういうことだ?」

「全員、いつ心停止ポックリしてもおかしくない状態です」


「……止めなきゃな」


 俺は覚悟を決めた。

 戦力差は絶望的だ。俺はスライムに負ける一般人。相手は魔界最強の軍団。

 だが、今の彼らには致命的な「弱点」がある。


「行くぞ、リル、ゴブ三郎。……俺の背中は任せた」


          ◇


 俺は岩陰から飛び出し、演習場の中央へと堂々と歩み出た。


「そこまでだ、ヴォルカン!!」


 砂煙の中、指揮官席に仁王立ちしていた巨漢が振り返る。

 ヴォルカンだ。

 だが、その姿は以前とは別人のようだった。

 筋肉は異常にパンプアップしているが、肌艶はなく、目は血走って真っ赤だ。口からは荒い息と共に、白い蒸気を吐いている。


「あぁ? ……誰だ、貴様は」


 ヴォルカンが虚ろな目で俺を見る。

 認識できていない。疲労と洗脳で、思考能力が低下しているのだ。


「おお……! 貴様は、逃亡した元魔王か!」


 数秒後、ようやく俺を敵と認識したヴォルカンが、凶悪な笑みを浮かべた。


「ちょうどいい! 訓練の『的』が欲しかったところだ!

 その首を置いていけぇぇぇ!!」


 問答無用。

 ヴォルカンが地面を蹴る。

 戦車のような突進。今の俺が食らえば、肉片すら残らない。


(ヒィィッ! 怖い! 顔がマジだ!)


 本能が「逃げろ」と叫ぶが、俺は足を踏ん張った。

 逃げれば終わる。ここで勝負を決める!


「リル、展開デプロイッ!!」


「はいッ!」


 リルの操作により、魔導プロジェクターが起動する。

 ブォン!

 俺とヴォルカンの間に、巨大なホログラムウィンドウが出現した。


 そこに映し出されたのは、魔法陣でも防壁でもない。

 ただの「数値の羅列」だった。


「ぬぉっ!? なんだこれは!?」


 視界を塞がれたヴォルカンが、急ブレーキをかける。

 その隙に、俺は叫んだ。


「見ろヴォルカン! これが今の、貴様のステータスだ!」


 映し出されているのは、リルが遠隔スキャンで解析した、ヴォルカンの【直近のバイタルデータ推移(健康診断書)】だ。


「血圧、上220の下140! いつ血管が切れてもおかしくない!」

「尿酸値、12.0オーバー! 足の親指に激痛が走る5秒前だ!」

「そして極めつけはここだ! 肝機能(γ-GTP)、E判定(要再検査)!!」


 真っ赤な文字で【DANGER】と点滅する数値。

 それを突きつけられ、ヴォルカンがたじろぐ。


「か、肝機能……Eだと……!?」


「酒の飲みすぎと、過度なストレス。そして何より『睡眠不足』だ!

 お前の内臓はボロボロだ! これが『最強の戦士』の中身か!?」


          ◇


 痛烈な指摘。

 しかし、洗脳された脳筋のプライドは、まだ折れない。


「黙れェェェッ!!」


 ヴォルカンがホログラムを殴り飛ばす(すり抜けるが)。


「数値がなんだ! 俺の肝臓はオリハルコン製だ!

 気合いだ! 気合いがあれば、数値などねじ伏せられるわぁぁぁ!!」


「バカ者!!」


 俺は一喝した。

 ここだ。ここでトドメのロジックを突き刺す。


「お前は今、戦士として最大の禁忌を犯しているぞ!」


「なんだと……?」


「お前は、『筋肉』を裏切っている!!」


 その単語が出た瞬間、ヴォルカンの動きがピタリと止まる。


「いいか、よく聞け。

 筋肉とは、破壊と再生のサイクルで成長する。

 だが、休息と栄養を与えず、極限まで酷使し続けたらどうなる?」


 俺は冷酷な事実を告げる。


「体はエネルギー不足を補うために、『自分自身の筋肉を分解カタボリック』し始めるんだよ!!」


「カ、カタボリック……!?」


 ヴォルカンの顔色が、赤から青、そして土気色へと変わる。

 ボディビルダーにとって、それは「死」よりも恐ろしい言葉。


「嘘だと思うなら、自分の腕を見てみろ!

 先月の測定値より、上腕二頭筋が2センチも細くなっているぞ!!」


「なっ……!?」


 ヴォルカンが慌てて自分の腕を見る。

 パンプアップしているように見えたが、それは疲労物質によるむくみだ。

 よく見れば、以前のような「ハリ」がない。萎んでいる。


「そ、そんな……。俺が……俺自身の筋肉を……食いつぶしているだと……?」


 ヴォルカンが震え出す。

 先代魔王への忠誠心? 国への義務?

 そんなものは、彼にとって二の次だ。

 彼にとっての神は「筋肉」。その神を、自らの手で殺そうとしていたのだ。


「あ、あぁぁぁ……! 筋肉の神よ……! 俺はなんてことを……!」


 ガガガ……。

 ヴォルカンの脳内で、洗脳の鎖が砕け散る音がした。

 「戦え」という命令よりも、「筋肉を守れ」という本能が上回った瞬間だ。


 そして――。


「……眠い」


 緊張の糸が切れた瞬間、数週間分の疲労が、津波のように押し寄せた。

 アドレナリンが切れ、強制シャットダウンが始まる。


「プロテイン……飲んで……寝なきゃ……」


 ズシィィィィィン!!


 巨木が倒れるような音と共に、ヴォルカンが地面に突っ伏した。

 ピクリとも動かない。

 死んだか?

 いや。


「グガァ……スピィ……ムニャ……」


 大音量のイビキが聞こえてきた。

 爆睡だ。


 それを見た周囲のドラゴンたちも、連鎖反応を起こす。

 「あ、将軍が寝た……」「じゃあ俺も……」

 バタ、バタ、バタ……。

 次々と兵士たちが倒れ、演習場は一瞬にして「巨大な野宿会場」へと変わった。


          ◇


「……ふぅ。口先だけで勝てた」


 俺はその場にへたり込んだ。

 心臓がバクバク言っている。


「お見事です、(元)魔王様」


 リルが近寄ってきて、手際よくヴォルカンをロープで縛り上げる。

 ゴブ三郎たちは、倒れた兵士たちに毛布を掛けて回っている。


「これで軍部は無力化できました。……というか、あと3日は起きないでしょう」


「ああ。ゆっくり寝かせてやれ」


 俺は眠るヴォルカンの顔を見た。

 その顔は、憑き物が落ちたように安らかだった。


「さて……次は『金』だ」


 俺は立ち上がる。

 軍事力は奪還した。次は財源。

 財務大臣セレスティアの屋敷へ向かう。


「彼女は今、極端な『清貧思想』に洗脳され、泥水をすすっていると聞きます」


「泥水か……。あのグルメな彼女がな」


 俺はアイテムボックスを確認した。

 そこには、なけなしの金で買った「最高級の貢物」が入っている。


「彼女の弱点は『美意識』だ。

 ……泥の味なんかより、もっと美味いものを思い出させてやる」


【ミッション達成:ヴォルカンの無力化】

【戦力獲得:ドラゴン軍団(現在、全員睡眠中)】

【次回予告:泥水 vs トマトゼリー】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ