第64話 奪還作戦① ドラゴン将軍を「健康診断」で倒せ 〜貴様の肝臓は、もう限界だ!〜
魔王城から西へ数キロ。
国境付近に広がる荒野、国防省管轄の「大演習場」。
そこは今、この世の地獄と化していた。
「止まるなぁぁぁ! 止まった奴から置いていくぞォォォ!」
「飛べ! 翼が折れても気合いで羽ばたけ! 根性ォォッ!」
怒号。爆発音。そして悲鳴。
上空を飛ぶドラゴン部隊は、まるで糸の切れた凧のようにフラフラと蛇行している。
彼らの目は落ちくぼみ、顔色は土気色。
着地に失敗して地面に激突する者もいるが、誰も助け起こさない。「立て! 甘えるな!」という罵声が飛ぶだけだ。
「……ひどいな」
岩陰からその光景を覗き見ていた俺――元魔王アルス(Lv.1)は、言葉を失った。
これは訓練ではない。「死の行軍」だ。
「医学的に見て、異常事態です」
隣で秘書官のリルが、タブレットの解析画面を見て眉をひそめる。
「彼らの心拍数は通常の3倍。先代の洗脳魔法により脳内麻薬が過剰分泌され、痛覚と疲労が麻痺しています」
「つまり、どういうことだ?」
「全員、いつ心停止してもおかしくない状態です」
「……止めなきゃな」
俺は覚悟を決めた。
戦力差は絶望的だ。俺はスライムに負ける一般人。相手は魔界最強の軍団。
だが、今の彼らには致命的な「弱点」がある。
「行くぞ、リル、ゴブ三郎。……俺の背中は任せた」
◇
俺は岩陰から飛び出し、演習場の中央へと堂々と歩み出た。
「そこまでだ、ヴォルカン!!」
砂煙の中、指揮官席に仁王立ちしていた巨漢が振り返る。
ヴォルカンだ。
だが、その姿は以前とは別人のようだった。
筋肉は異常にパンプアップしているが、肌艶はなく、目は血走って真っ赤だ。口からは荒い息と共に、白い蒸気を吐いている。
「あぁ? ……誰だ、貴様は」
ヴォルカンが虚ろな目で俺を見る。
認識できていない。疲労と洗脳で、思考能力が低下しているのだ。
「おお……! 貴様は、逃亡した元魔王か!」
数秒後、ようやく俺を敵と認識したヴォルカンが、凶悪な笑みを浮かべた。
「ちょうどいい! 訓練の『的』が欲しかったところだ!
その首を置いていけぇぇぇ!!」
問答無用。
ヴォルカンが地面を蹴る。
戦車のような突進。今の俺が食らえば、肉片すら残らない。
(ヒィィッ! 怖い! 顔がマジだ!)
本能が「逃げろ」と叫ぶが、俺は足を踏ん張った。
逃げれば終わる。ここで勝負を決める!
「リル、展開ッ!!」
「はいッ!」
リルの操作により、魔導プロジェクターが起動する。
ブォン!
俺とヴォルカンの間に、巨大なホログラムウィンドウが出現した。
そこに映し出されたのは、魔法陣でも防壁でもない。
ただの「数値の羅列」だった。
「ぬぉっ!? なんだこれは!?」
視界を塞がれたヴォルカンが、急ブレーキをかける。
その隙に、俺は叫んだ。
「見ろヴォルカン! これが今の、貴様のステータスだ!」
映し出されているのは、リルが遠隔スキャンで解析した、ヴォルカンの【直近のバイタルデータ推移(健康診断書)】だ。
「血圧、上220の下140! いつ血管が切れてもおかしくない!」
「尿酸値、12.0オーバー! 足の親指に激痛が走る5秒前だ!」
「そして極めつけはここだ! 肝機能(γ-GTP)、E判定(要再検査)!!」
真っ赤な文字で【DANGER】と点滅する数値。
それを突きつけられ、ヴォルカンがたじろぐ。
「か、肝機能……Eだと……!?」
「酒の飲みすぎと、過度なストレス。そして何より『睡眠不足』だ!
お前の内臓はボロボロだ! これが『最強の戦士』の中身か!?」
◇
痛烈な指摘。
しかし、洗脳された脳筋のプライドは、まだ折れない。
「黙れェェェッ!!」
ヴォルカンがホログラムを殴り飛ばす(すり抜けるが)。
「数値がなんだ! 俺の肝臓はオリハルコン製だ!
気合いだ! 気合いがあれば、数値などねじ伏せられるわぁぁぁ!!」
「バカ者!!」
俺は一喝した。
ここだ。ここでトドメのロジックを突き刺す。
「お前は今、戦士として最大の禁忌を犯しているぞ!」
「なんだと……?」
「お前は、『筋肉』を裏切っている!!」
その単語が出た瞬間、ヴォルカンの動きがピタリと止まる。
「いいか、よく聞け。
筋肉とは、破壊と再生のサイクルで成長する。
だが、休息と栄養を与えず、極限まで酷使し続けたらどうなる?」
俺は冷酷な事実を告げる。
「体はエネルギー不足を補うために、『自分自身の筋肉を分解』し始めるんだよ!!」
「カ、カタボリック……!?」
ヴォルカンの顔色が、赤から青、そして土気色へと変わる。
ボディビルダーにとって、それは「死」よりも恐ろしい言葉。
「嘘だと思うなら、自分の腕を見てみろ!
先月の測定値より、上腕二頭筋が2センチも細くなっているぞ!!」
「なっ……!?」
ヴォルカンが慌てて自分の腕を見る。
パンプアップしているように見えたが、それは疲労物質によるむくみだ。
よく見れば、以前のような「ハリ」がない。萎んでいる。
「そ、そんな……。俺が……俺自身の筋肉を……食いつぶしているだと……?」
ヴォルカンが震え出す。
先代魔王への忠誠心? 国への義務?
そんなものは、彼にとって二の次だ。
彼にとっての神は「筋肉」。その神を、自らの手で殺そうとしていたのだ。
「あ、あぁぁぁ……! 筋肉の神よ……! 俺はなんてことを……!」
ガガガ……。
ヴォルカンの脳内で、洗脳の鎖が砕け散る音がした。
「戦え」という命令よりも、「筋肉を守れ」という本能が上回った瞬間だ。
そして――。
「……眠い」
緊張の糸が切れた瞬間、数週間分の疲労が、津波のように押し寄せた。
アドレナリンが切れ、強制シャットダウンが始まる。
「プロテイン……飲んで……寝なきゃ……」
ズシィィィィィン!!
巨木が倒れるような音と共に、ヴォルカンが地面に突っ伏した。
ピクリとも動かない。
死んだか?
いや。
「グガァ……スピィ……ムニャ……」
大音量のイビキが聞こえてきた。
爆睡だ。
それを見た周囲のドラゴンたちも、連鎖反応を起こす。
「あ、将軍が寝た……」「じゃあ俺も……」
バタ、バタ、バタ……。
次々と兵士たちが倒れ、演習場は一瞬にして「巨大な野宿会場」へと変わった。
◇
「……ふぅ。口先だけで勝てた」
俺はその場にへたり込んだ。
心臓がバクバク言っている。
「お見事です、(元)魔王様」
リルが近寄ってきて、手際よくヴォルカンをロープで縛り上げる。
ゴブ三郎たちは、倒れた兵士たちに毛布を掛けて回っている。
「これで軍部は無力化できました。……というか、あと3日は起きないでしょう」
「ああ。ゆっくり寝かせてやれ」
俺は眠るヴォルカンの顔を見た。
その顔は、憑き物が落ちたように安らかだった。
「さて……次は『金』だ」
俺は立ち上がる。
軍事力は奪還した。次は財源。
財務大臣セレスティアの屋敷へ向かう。
「彼女は今、極端な『清貧思想』に洗脳され、泥水をすすっていると聞きます」
「泥水か……。あのグルメな彼女がな」
俺はアイテムボックスを確認した。
そこには、なけなしの金で買った「最高級の貢物」が入っている。
「彼女の弱点は『美意識』だ。
……泥の味なんかより、もっと美味いものを思い出させてやる」
【ミッション達成:ヴォルカンの無力化】
【戦力獲得:ドラゴン軍団(現在、全員睡眠中)】
【次回予告:泥水 vs トマトゼリー】




