第62話 地下レジスタンス「ホワイト同盟」結成 〜革命の合言葉は『定時退社』だ〜
下水道の奥深く。
隠し扉を抜けた先に、その空間はあった。
かつては備蓄倉庫として使われていた広場。
今は、ボロボロのテントと木箱が並ぶ、敗残兵たちのキャンプ地と化していた。
「うぅ……痛ぇ……」
「腹減った……もう動けねぇ……」
怪我をしたオークが呻き、痩せこけたゴブリンが身を寄せ合って震えている。
彼らの目には光がない。
「もう終わりだ」「一生奴隷なんだ」という諦めの色が、澱んだ空気のように充満していた。
(……ひどいな)
俺――アルス(Lv.1)は、幼児化したリルを背負いながら、その光景を睨みつけた。
これは「軍隊」ではない。
ブラック企業で心を壊され、使い捨てられた「被害者の会」だ。
広場の中心。
作戦卓代わりの木箱に向かい、頭を抱えている小柄な背中があった。
「……ゴブ三郎か?」
俺が声をかけると、その背中がビクリと跳ねた。
振り返った彼の姿に、俺は言葉を失った。
トレードマークだった作業着は油と泥で汚れ、分厚い眼鏡は片方のレンズが割れている。
そして何より、その顔は十年くらい老け込んだようにやつれていた。
「……ま、魔王様……?」
ゴブ三郎は、幻を見るような目で俺を見つめた。
そして次の瞬間、崩れ落ちるように地面に膝をついた。
「魔王様ぁぁぁッ!!」
土下座。
地面に額を擦り付け、彼は号泣した。
「申し訳ありません! 申し訳ありません!
私が……私が『仕事をよこせ』なんて馬鹿なことを言ったせいで!
あんなストライキさえしなければ、貴方様の足を引っ張ることはなかったのに!」
「……顔を上げろ、ゴブ三郎」
「殺してください! 俺には合わせる顔がありません!」
「顔を上げろと言っている」
俺は彼の肩を掴み、無理やり立たせた。
俺の握力(Lv.1)でも持ち上がるほど、彼は軽くなっていた。
「反省文は後で読む。今は現状報告だ。……地上はどうなっている?」
ゴブ三郎はしゃくり上げながら、震える声で語り始めた。
彼が語る地上の様子は、まさに「地獄」だった。
「……先代魔王ガルドノヴァは、全魔族に『隷属の首輪』を装着させました」
「首輪?」
「はい。思考を強制し、命令に逆らえば激痛が走る呪いのアイテムです。
現在、工場も軍部も『24時間稼働』。睡眠時間はポーションで無理やり目を覚まさせて、一日たったの2時間です」
「無茶苦茶だ。生産性が落ちるだけだろ」
「その通りです。ミスが多発し、事故も増えています。
ですが先代は『気合いが足りん!』とノルマを倍にするばかりで……。このままでは、魔界の経済は一ヶ月で崩壊します」
俺は奥歯を噛み締めた。
典型的な「潰れる寸前の会社」の末路だ。
精神論だけで数字を無視した経営は、必ず破綻する。だが、破綻する前に、従業員(国民)が死に絶えてしまう。
「……魔王様」
近くにいたオークが、包帯だらけの体を引きずって近づいてきた。
「でも、どうやって戦うんですか?
噂じゃ、魔王様は力を失っちまったって……」
その言葉に、周囲のレジスタンスたちも視線を向けてくる。
期待と、それ以上の不安。
「ああ。事実だ」
俺は隠さずに答えた。
「今の俺はレベル1。魔法も使えない。そこらのスライムにすら勝てない一般人だ」
「そ、そんな……」
「じゃあ、終わりじゃないか……」
絶望が広がる。
ゴブ三郎も力なく項垂れた。
だが、俺は木箱の上に飛び乗り、彼らを見下ろして言った。
「勘違いするな。
俺は『戦えない』とは言ったが、『勝てない』とは言っていない」
「え?」
「先代の支配は『力技』だ。恐怖と暴力で無理やり従わせている。
そういう組織には、必ず致命的な『歪み(ボトルネック)』がある」
俺は、前世の記憶を呼び覚ます。
ブラック企業の倒し方。
理不尽な経営陣を追い詰める方法。
「物流を止めろ。連絡網を遮断しろ。サボタージュで生産性を落とせ。
真正面から殴り合う必要はない。組織の『血流』を止めて、壊死させるんだ」
俺はニヤリと笑った。
それは、かつての「最強の魔王」の顔ではなく、幾多の修羅場をくぐり抜けた「ベテラン社会人」の顔だった。
「俺はもう魔王ではない。
これより貴様らの『労働環境改善コンサルタント』として、現経営陣(先代)に敵対的買収を仕掛ける!」
「こ、こんさる……?」
聞き慣れない単語に、ゴブリンたちが顔を見合わせる。
「よくわからんが……つまり、どういうことだ?」
「俺たちを……『休ませてくれる』プロってことか!?」
その解釈で合っている。
彼らの目に、微かな光が戻った。
「勝ちたい」ではない。「休みたい」。その切実な願いこそが、最強の原動力になる。
「ついていきます! 社長!」
「俺たちの有給を取り戻すんだ!」
バラバラだった敗残兵たちが、一つの「組織」としてまとまり始めた。
「よし。まずは旗印を決めるぞ」
俺が言うと、背負っていたリルが「あい!」と手を挙げた。
彼女は画用紙とクレヨンを取り出し、何かを描き始める。
幼児化していても、仕事の早さは変わらないらしい。
「できたー!」
リルが掲げたのは、白い旗。
その中央には、赤いクレヨンで描かれた、下手くそな「太陽」のマーク。
「……太陽?」
「ちがうもん! 『おひさまがでてるうちに、かえる』の!」
俺たちはハッとした。
それは、ただの太陽ではない。
「定時退社」の象徴だ。
「……いいデザインだ。これを我々の軍旗にする」
俺はリルの頭を撫で、宣言した。
「組織名は、『魔界ホワイト同盟』。
我々の目的はただ一つ。先代魔王を倒し、ホワイトな職場環境を取り戻すことだ!」
「おおおおおおおッ!!」
地下室に、熱い歓声が響き渡った。
まだ戦力は微々たるものだ。
俺(Lv.1)、ゴブリンの群れ、そして幼児。
だが、ここから始まるのだ。
「最初の目標は、参謀の奪還だ」
俺はリルの頭を見つめた。
「彼女の知能を取り戻さないと、俺のスケジュール管理ができない(切実)。
……行くぞ、野郎ども! 治療法の探索だ!」
どん底からのリスタート。
元魔王の、泥臭くて世知辛い革命戦争が、幕を開けた。
【組織結成:魔界ホワイト同盟】
【戦力:微弱】
【士気:最高(休みたい一心で)】




