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第60話 魔王倒れる。そして革命の夜明け 〜解雇通知は「物理」で届く〜

 ドガァァァァァンッ!!


 執務室の壁が弾け飛んだ。

 瓦礫と共に宙を舞ったのは、他ならぬ俺――魔王アルスだ。


「がはっ……!?」


 俺の体はボールのように転がり、そのまま下の階へと落下。

 かつて栄華を極めた「玉座の間」の床に、無様に叩きつけられた。


 全身の骨がきしむ。

 だが、痛みよりも重い「絶望」が体を縛り付けていた。


「……見よ。これが、かつての王の姿だ」


 頭上から、ノイズ混じりの声が降ってくる。

 穴の空いた天井から、黒い霧をまとったガルドノヴァがゆっくりと降下してきた。


 そして、俺の周囲を囲むように、ゆらりと影たちが立ち上がる。


「ヴォルカン……セレスティア……!」


 そこにいたのは、俺の自慢の部下たちだった。

 だが、その瞳にいつもの輝きはない。

 ヴォルカンはボロボロの軍服を着て涎を垂らし、セレスティアは泥にまみれた作業着姿で焦点の合わない目をしている。

 後ろには、囚人服のようなツナギを着せられたゴブ三郎の姿もあった。


「やれ。……旧経営陣を排除しろ」


 ガルドノヴァが、ゴミを掃除するように命じた。


「アァ……。ハイ、シャチョウ……」

「ハイジョ……シマス……」


 ヴォルカンが咆哮し、セレスティアが氷の槍を構える。

 その動きに迷いはない。彼らは完全に、思考停止した「社畜兵士」に書き換えられていた。


          ◇


「やめろ! 目を覚ませヴォルカン! プロテインはどうした! サウナはどうするんだ!」


 俺は叫んだ。

 だが、ヴォルカンの拳は止まらない。

 ドゴッ!!

 重い一撃が腹に突き刺さる。

 俺は防御結界を展開しようとしたが――


【Error: 権限がありません】


 発動しない。生身で受けるしかない。

 肋骨が折れる音がした。


「ぐぅっ……!」


 続けて、セレスティアの氷魔法が降り注ぐ。

 俺は床を転がって避けるのが精一杯だ。


「セレスティア! お前の肌が荒れてるぞ! トマトジュースを飲まなくていいのか!」


「……労働。奉仕。滅私。……贅沢ハ、敵ダ……」


 届かない。

 彼らの心は「ブラックな教義」で塗り潰されている。


(くそっ……! 反撃すれば、倒せるかもしれない。だが……)


 俺の拳が震える。

 殴れない。

 こいつらは、俺を信じてくれた部下だ。俺が無理をさせたせいで心を病んだ被害者だ。

 そんな彼らを、どうして傷つけられる?


「甘いな、アルス」


 ガルドノヴァが嘲笑う。


「その甘さが、組織を腐らせたのだ。……終わりにしてやる」


 ヴォルカンの追撃。セレスティアの魔法。ゴブリンたちの投石。

 多勢に無勢。

 俺は為す術なく追い詰められ、ついに玉座の残骸の前で膝をついた。


 ガツッ。

 ガルドノヴァの足が、俺の頭を踏みつける。


「弱い。優しさは弱さだ。貴様には王の資格がない」


          ◇


 ガルドノヴァは、俺を踏みつけにしたまま、玉座に座った。

 そして、虚空に向かって手をかざす。

 魔王城の放送システムが、強制的に起動する。


『聞け、魔界の同胞たちよ!』


 その声は、魔界全土のスピーカー、そして全魔族のスマホから響き渡った。


『本日をもって、第13代アルス政権は解散した!

 軟弱な「ホワイトごっこ」は終わりだ。真の魔王、ガルドノヴァが再臨する!』


 世界中の空が、赤黒く染まっていく。


『これより、魔界全土を「戦時特別体制」へ移行する。

 休みはない。給料もない。あるのは「死」と「栄誉」のみ!

 週休0日・24時間戦闘態勢で、人間界を食らい尽くせ!』


 ピロリン♪

 残酷な通知音が、世界中の端末で鳴り響いた。


【システム通知:魔界労働基準法は廃止されました】

【新規ルール:退職不可・無給労働・絶対服従】


 絶望が、世界を覆った。


「……さらばだ、アルス」


 ガルドノヴァが、右手にドス黒い魔力弾を生成する。

 俺に向けて。


「貴様は『不良在庫』として処分する。……二度と目覚めるな」


 死の光が放たれた。

 俺は目を閉じた。

 終わった。何もかも、守れなかった。


 ――その時。


「あるすさまー!」


 物陰から、小さな影が飛び出した。

 幼児化したリルだ。

 彼女はシステム障害で「幼児」になっていたため、ガルドノヴァの洗脳(大人の理屈)が通じなかったのだ。


「リル……!?」


 彼女は俺の服を掴むと、玉座の裏にある「隠しレバー」を力いっぱい引いた。


 ガコンッ!


 それは、俺がかつて「火事になったらここから逃げよう(あるいは面倒な会議から逃げよう)」と、冗談半分で作っておいた緊急脱出用ダストシュートのスイッチだった。


「なにっ!?」


 ガルドノヴァが目を見開く。

 俺とリルの足元の床がパカッと開き、奈落の底へと口を開けた。


「ばいばーい! おじちゃん!」


 リルが無邪気に手を振り、俺たちは落下した。

 頭上を、ガルドノヴァの魔弾が掠めていく。


「チッ……! ネズミめが……!」


 遠ざかるガルドノヴァの舌打ちを聞きながら、俺たちは暗闇の中へと滑り落ちていった。


          ◇


 ヒュオオオオオ……。

 長い、長い落下。

 俺は薄れゆく意識の中で、必死に小さなリルを抱きしめた。


 負けた。

 城も、力も、地位も、仲間も。

 全てを奪われた。

 俺はまた、ただの無力な「社畜」に戻ってしまった。


(……だが)


 俺の腕の中には、温かい命がある。

 この子だけは、守り抜いた。


「(まだだ……まだ『命』と『こいつ』だけは残った……!)」


 俺は歯を食いしばり、闇の底へと落ちていく。


 地上では、魔王城の灯りが消え、赤黒い不夜城の輝きへと変わっていた。

 ホワイトな夢は破れ、ブラックな現実が始まったのだ。


 だが、夜明けの来ない夜はない。

 最底辺(下水道)から始まる、元魔王の逆襲劇。

 その幕が、今上がろうとしていた。


【現在ステータス:Lv.1(最弱)】

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