第59話 システム障害発生! 支持率表示が『バグ』り始める 〜警告:あなたの存在権限(アカウント)は削除されました〜
先代魔王ガルドノヴァの影が、床へと吸い込まれるように消えた直後だった。
『Bzzzt…… Gzzt……!!』
脳髄を直接やすりで削られるような、不快なノイズ音が響いた。
耳鳴りではない。俺の視界にある「システムウィンドウ」から発せられている音だ。
「ぐっ……!?」
俺は胸を押さえて膝をついた。
心臓が、早鐘を打ったかと思えば、一瞬止まる。
ドクン……ドクン、ドクン、ド……。
不整脈。
魔王の生命力はシステムと直結している。システムへの攻撃は、そのまま俺の心臓への負荷となるのだ。
「な、なにをした……ガルドノヴァ……!」
脂汗を流しながら視界を上げる。
そこには、信じがたい光景が広がっていた。
【警告:不正なあクセスを検知】
【警コ:システm領域への侵入を確■■】
【WARNING... WArNiNg...】
文字がバグっている。
いつもは整然とした青色のウィンドウが、ドス黒い赤色に変色し、ノイズ交じりの警告を垂れ流していた。
◇
「う、わぁぁぁぁ!?」
さらに異変は続く。
目の前に表示されているステータスの数値が、壊れたスロットマシンのように高速回転し始めたのだ。
【HP:999999】
↓
【HP:1】
↓
【HP:-530000】
↓
【HP:NaN(非数)】
「力が……抜けたり、溢れたり……制御できない!」
体の感覚がおかしい。
指先が燃えるように熱くなったかと思えば、次は凍りつくように冷たくなる。
俺はよろめき、壁に手をつこうとした。
だが、俺の手は壁をすり抜けた。
「……え?」
見れば、俺の腕が半透明になったり、モザイクがかかったように明滅したりを繰り返している。
まるで、処理落ちしたゲームキャラの「テクスチャバグ」だ。
「俺の体が……バグっているのか……?」
『いかにも。アルスよ』
部屋のスピーカーから――いや、空間そのものから、ガルドノヴァの声が響いた。
だが、さっきまでの「頑固オヤジ」のような人間味のある声ではない。
感情の一切ない、合成音声のような響き。
『貴様はOS(基本ソフト)としては優秀だった。だが、アプリケーション(思想)が腐っていた』
『よって、「初期化」を実行する』
◇
ウゥゥゥゥゥゥゥン!!
城内に、敵襲警報とは異なる、低く重いサイレンが鳴り響いた。
執務室の天井が開き、そこから数門の「魔導砲台」が出現する。
それは本来、外部からの侵入者を撃退するための防衛システムだ。
だが、その砲口は今――あろうことか、主である俺に向けられていた。
【Target Locked: Intruder (ARS)】
「なっ……俺を『侵入者』と認識しているのか!?」
ガシュッ!
問答無用で魔弾が発射される。
俺は反射的に手をかざした。
「くっ、防御結界……!」
しかし、結界は展開されなかった。
代わりに表示されたのは、無慈悲なエラーメッセージ。
【Error 403: Forbidden(権限がありません)】
「権限が……ない……!?」
ドガァァン!!
「がはっ……!!」
魔弾が直撃し、俺は吹き飛ばされた。
自分の城の兵器に、生身で撃たれる屈辱と痛み。
俺は床を転がり、血を吐いた。
「ハァ、ハァ……。俺の城だぞ……俺が魔王だぞ……!」
『過去形だ』
執務室の中央。
床板が黒く染まり、そこから禍々しい「黒い渦」が巻き起こる。
城の地下にある魔力炉から、膨大な魔力が逆流し、噴出しているのだ。
渦の中心から、一つの人型がせり上がってくる。
◇
「……ダウンロード、完了」
黒い渦が霧散すると、そこに「彼」は立っていた。
先代魔王ガルドノヴァ。
だが、肖像画にあるような威厳ある姿ではない。
全身が荒いノイズと、文字化けしたオーラで構成された、異形の怪物。
顔の部分には目も口もなく、ただ【ERROR】という文字だけが浮かんでいる。
バグの集合体。悪意のデータ化。
『実体化したぞ、若造』
ノイズまみれの腕が伸びる。
俺は避けようとしたが、ステータス異常(麻痺)で体が動かない。
ガシッ。
首を掴まれ、軽々と持ち上げられる。
「ぐ、ぅ……!」
『……軽いな。これが平和ボケした王の重さか』
首を絞め上げる力は圧倒的だった。
俺のHPバーが、赤色に点滅しながら削れていく。
『貴様はただの「ユーザー」に過ぎん。だが私は、今や「システムの一部」だ。勝負にならんな』
ガルドノヴァ(バグ)が、空いている手で虚空を操作する。
俺の視界に、最後通告とも言えるウィンドウが表示された。
【システム通知:魔王アルスの管理者権限を剥奪しました】
【新管理者(New Admin):ガルドノヴァを認証します】
「う、そだろ……」
俺の意識が遠のく。
力が抜けていく。
それは単なる敗北ではない。
この世界における俺の「存在意義」そのものが、削除されようとしているのだ。
『消えろ。……強制ログアウトだ』
視界がブラックアウトする。
最後に聞こえたのは、ガラスが割れるような、俺のステータスが崩壊する音だった。
【System Down】




