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第56話 労組の反乱。「魔王様、働きすぎです(迷惑です)」 〜俺の仕事を奪うな! 逆ストライキの開始〜

 魔王城、下層エリア。

 ここは魔界のインフラを支える、ゴブリンやオークたちの居住区であり、労働組合の拠点だ。


 俺――魔王アルスは、ふらつく足取りでその場所へ向かっていた。


(……貴族派セレスティアは泥水を飲み、軍部ヴォルカンは不眠不休で倒れた)

(頼みの綱は、ここしかない)


 脳裏に浮かぶのは、厚労大臣ゴブ三郎の顔だ。

 彼は中間管理職の悲哀を知る男。俺と同じ「社畜マインド」の持ち主だ。

 彼なら、あの狂った精神論にノーを突きつけ、合理的な判断をしてくれるはずだ。


「ゴブ三郎……! 俺を助けてくれ……!」


 俺はすがるような思いで、労組事務所の角を曲がった。


 ――だが。

 そこで俺が見たのは、想像を絶する光景だった。


「なんだ……これは?」


 事務所の前には、机やロッカーで築かれた堅固なバリケード。

 そして、真っ赤な鉢巻を締めたゴブリンたちが、殺気立ってシュプレヒコールを上げていた。


「我々は、ただの数字ではない!」

「そうだー!」

「魔王の独裁ワンマン経営を許すな!」

「そうだー!」


 掲げられた横断幕の文字を見て、俺は我が目を疑った。


【我々に仕事を寄越せ! 仕事を奪うな!】

【効率化粉砕! AIゴーレム導入反対!】

【逆ストライキ決行中!】


「……は?」


 仕事を……よこせ?

 賃上げでも、休暇でもなく?


          ◇


「ゴブ三郎! どういうことだ!」


 俺はバリケード越しに叫んだ。

 すると、奥から代表のゴブ三郎が姿を現した。


 その姿は痛々しかった。

 作業着はヨレヨレ、分厚い眼鏡にはヒビが入っている。

 そして何より、その目は深く沈殿し、手にはクシャクシャになった「解雇通知(幻覚)」が握りしめられていた。


「……来ましたか、魔王様」


「何をしているんだ! ストライキなんてしてる場合じゃ……」


「ストライキではありません! 我々は今、全力で『仕事を作っている』のです!」


 ゴブ三郎が血を吐くように叫んだ。


「魔王様……あなたが昨日、魔法の腕(千手観音)で全書類を片付けたせいで、経理部の仕事がなくなりました」

「あなたが作った『自動清掃ゴーレム』のせいで、清掃員の仕事もゼロです」

「物流も、建築も、あなたが魔法で『最適化』したせいで、我々がやるべき作業が消滅しました!」


「だ、だからなんだ! 楽になったんだからいいじゃないか! みんなを休ませようと思って……」


「それがプレッシャーなんです!!」


 ゴブ三郎がバリケードを叩いた。


「上司が完璧すぎると、部下はどうなると思いますか!?

 『自分たちは不要なんじゃないか』『次はリストラされるんじゃないか』……そんな疑心暗鬼で、夜も眠れなくなるんですよ!」


「なっ……」


 俺は言葉に詰まった。

 正論だ。

 俺は「自分がやった方が早い」と思ってワンオペをした。だがそれは、組織においては「部下の成長機会と存在意義を奪う」行為でもあったのだ。


「ゴーレム(AI)に仕事を奪われる恐怖……魔王様にはわかりますか!?

 俺たちはただの『効率化の対象』じゃない! 生きているんです!」


 ゴブ三郎の背後に、ドス黒い霧が揺らめいた。

 先代魔王ガルドノヴァの嘲笑が聞こえる。


『ククク……。無能な働き者ほど厄介なものはないぞ、アルス』


 ゴブ三郎の目が赤く光った。精神汚染が完了している。


「証明してやる……! 我々は必要なんだ!

 仕事がないなら、『仕事』を自給自足してやる!!」


 彼が指を鳴らすと、ゴブリンたちが一斉に動き出した。


【行動1:清掃班】

 バシャアッ!

 ゴブリンAが、綺麗な廊下にバケツの泥水をぶちまける。

 ゴブリンBが、それを必死にモップで拭き取る。

「よし! 汚れたから掃除したぞ! 俺は働いた!」


【行動2:事務班】

 オークが書類の計算をわざと間違える。

 隣のオークが、それに赤ペンで修正を入れる。

 さらに別のオークが、修正印を押して回る。

「よし! ミスがあったから修正業務が発生した! 俺たちは必要だ!」


【行動3:会議班】

 「今の会議の議事録を確認するための会議を始めます!」

 「その会議の日程を決めるための会議をしましょう!」

 無限に続く、何も決まらない会議。


 目の前で繰り広げられる、地獄のような光景。

 それは経済学用語で言うところの「ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)」そのものだった。


「やめろぉぉぉッ!」


 俺は頭を抱えて絶叫した。


「無駄な仕事を増やすな! 穴を掘って埋めるだけの作業に何の意味があるんだ!

 逆に効率が落ちる! コストの無駄だ!」


「効率? 知ったことですか!」


 ゴブ三郎が泣きながら叫ぶ。


「意味なんかなくていい! 我々は『働いているフリ』でもしないと、不安で狂いそうなんですよ!」

「忙しいフリをさせてください! 残業させてください! それが我々の精神安定剤なんです!」


 ――完全に、詰んだ。


 貴族は貧困に酔いしれ、軍部は過労で自滅し、労組は虚無の労働に逃避した。

 魔王城の行政機能は、物理的にも精神的にも、完全に麻痺した。


 俺が良かれと思ってやった「改革」が、すべて裏目に出たのだ。


「……負けだ」


 俺はその場から逃げ出した。

 これ以上、彼らを見ていられなかった。

 最強のスキルを持っていても、「部下のメンタルケア」だけは自動化できなかったのだ。


          ◇


 俺は執務室へと逃げ帰った。

 誰もいない、静かな部屋。


「リル……! どこだ、リル!」


 最後の希望。

 常に俺を支え、正しい道を示してくれた秘書官リル。

 彼女なら、この狂った状況を打開する策を持っているかもしれない。


「リル! 返事をしてくれ!」


 だが、部屋に彼女の姿はなかった。

 あるのは、散乱した書類と――


 床に落ちて割れた、彼女の「銀縁眼鏡」だけ。


 そして机の上には、書きかけの日報が残されていた。

 文字は震え、最後の方は解読不能な線になっていた。


『魔王様……もう……無理です……

 処理……しきれ……ない……

 エラー……再起動……しま……』


「嘘だろ……?」


 背筋が凍りつく。

 あの鉄の女が、限界を迎えた?


 その時、部屋の隅にある「休憩スペース」のカーテンが、微かに揺れた。


「……リル?」


 俺は恐る恐る近づき、カーテンを開けた。

 そこにいたのは――


【現在支持率:35.0%(危険水域へ逆戻り)】

【魔王軍の状態:機能不全(全滅)】

【次回予告:バブみを感じてオギャる秘書】

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