第53話 亡霊出現! その名は「先代魔王ガルドノヴァ」 〜物理攻撃無効の「おっさんの説教」が一番効く〜
深夜2時。
魔王城、執務室。
ゴーレム暴走事件の後始末を終え、俺――魔王アルスは、泥のように椅子に沈み込んでいた。
机の上には、空になったポーション(栄養ドリンク味)の瓶が転がっている。
「……疲れた」
誰もいない部屋で、独り言が虚しく響く。
リルは帰した。四天王も寝ているはずだ。
世界で一番偉い魔王が、世界で一番孤独に、残業をしている。
(これでいいのか……? 俺がやりたかったのは、こんな生活か?)
ふと、そんな弱音が頭をもたげる。
その時だった。
スゥッ……。
部屋の空気が変わった。
空調が壊れたわけでもないのに、肌を刺すような冷気が漂う。
背筋がゾクリとする、生理的な嫌悪感。
ギシッ。
背後にある、来客用の革張りソファが、誰もいないのに軋む音がした。
重い何かが、そこに腰掛けたような音。
「……誰だ」
俺はゆっくりと椅子を回転させた。
そこに――「奴」はいた。
半透明の、巨体。
古臭いダブルのスーツ(魔界の礼服)を着崩し、太い首には金のネックレス。
そして、紫色の煙を吐く葉巻(霊体)をくゆらせている。
その顔は、城の廊下に飾られている肖像画と瓜二つだった。
『……挨拶もなしか。最近の若者は礼儀を知らんな』
男がニヤリと笑う。
圧倒的な威圧感。そして、隠しきれない「おっさん臭さ(加齢臭ではなく、精神的な意味での)」。
「第12代魔王……ガルドノヴァ」
俺は呻いた。
カジノで見た黒い霧の本体。
ついに、俺のテリトリー(執務室)にまで入ってきたか。
『精が出るな、13代目。見ていたぞ』
ガルドノヴァは、葉巻の灰を床に落とした(実体がないので床をすり抜けるが)。
『貴様の統治は、ままごとだ。「遊び」だ』
『なぜ人間を殺さん? なぜ部下に休暇を与える? 魔王とは、恐怖で世界を統べる存在であるべきだ』
「……時代が違いますよ、先代」
俺は努めて冷静に返した。
「今は『信頼』と『契約』の時代です。持続可能な社会には、ホワイトな環境が必要なんです」
『ホワイト? サステナ? はっ、軟弱な!』
ガルドノヴァが鼻で笑う。
『わしの若い頃はな、腕一本もがれても戦場に立ったわ! 風邪? 気合いで熱を下げろ。骨折? 唾をつけておけば治る』
『魔族に必要なのは「HP」ではない。「根性」だ!』
出た。
精神論。ド根性理論。
俺が前世で一番嫌いだった、「昭和のモーレツ社員」の理屈だ。
「それは生存バイアスだ! あんたがタフだっただけで、部下は死んでたんだろ!」
『部下は「資源」だ。使い潰してこそ利益が出る』
ガルドノヴァは悪びれもせずに言い放つ。
『お前は資源を磨いて棚に飾っているだけだ。それでは何も生み出さん。
もっと「恐怖」を使え。部下が震え上がるほどの圧力をかければ、彼らは死ぬ気で働くぞ? そうすれば、貴様は楽ができる』
甘美な誘惑だった。
そして、それは俺の心の隙間――「楽をしたい」という本音に、ねっとりと入り込んでくる。
「……断る。俺は、俺のやり方で……」
『口ではそう言っても、体は正直なようだな』
ガルドノヴァが立ち上がり、俺に近づいてくる。
俺は反射的に、右手に聖属性の魔力を込めた。
「消えろ! 【聖なる光】!」
魔王が聖魔法を使うという矛盾。だが、対アンデッドには最強のはずだ。
光の矢がガルドノヴァを貫く。
しかし――光は、ただ彼をすり抜けただけだった。
『無駄だ。わしは概念。貴様の心の「迷い」や「焦り」がある限り、物理干渉は受けん』
「なっ……!?」
『教育してやろう』
ガルドノヴァが、大きく煙を吐き出した。
紫色の煙は、換気扇には向かわず、生き物のように部屋中に拡散していく。
ドアの隙間から廊下へ。そして、空調ダクトの中へ。
『わしのやり方が正しいと証明してやる。
貴様の自慢の部下たちも、本能では「闘争」と「強制」を求めているのだからな』
「待て……! あいつらに手を出すな!」
俺は立ち上がろうとして、よろめいた。
煙を吸いすぎた。
頭がガンガンする。吐き気がする。
これは毒ではない。もっとタチの悪い、「精神汚染」だ。
『寝るがいい、若造。
目覚めた時、貴様の作ったホワイトな城は……血と汗のブラック企業に変わっているだろう』
高笑いと共に、亡霊は消えた。
俺は机に突っ伏し、意識を手放した。
◇
チュンチュン……。
小鳥のさえずりで、俺は目を覚ました。
時計を見る。朝の8時。
最悪の目覚めだ。頭が重い。
「……夢、か?」
いや、違う。
部屋に残るタバコの臭い。そして、廊下から聞こえる異様な物音。
いつもの「おはようございます」という挨拶ではない。
怒号と、何かが破壊される音が聞こえる。
「なんだ……?」
俺が顔を上げた、その時。
バンッ!!
執務室のドアが、蹴破られるように開いた。
「おはようございます、魔王様!」
入ってきたのは、財務大臣セレスティアだ。
だが、俺は我が目を疑った。
いつものフリフリのドレスではない。
飾り気のない、カーキ色の「軍服(国民服)」。
美しい金髪はひっつめにされ、化粧っ気もない。
そして何より、その目にはハイライトがなく、瞳孔がカッと開いていた。
「セ、セレスティア? その格好は……」
「魔王様! 本日より『魔王庁・構造改革プラン(超・緊縮財政)』を施行します!」
彼女は部屋を見回し、鼻を鳴らした。
「この部屋は贅沢すぎますわ。ソファー? 絨毯? 軟弱です!
まずはこの豪華な執務机を叩き割って、薪にしますわ!」
「はぁ!?」
彼女の手には、巨大な斧が握られていた。
いや待て、お前魔法職だろ。
「ちょ、俺の腰痛対策クッションがぁぁぁ!!」
ガシャアアン!!
俺の悲鳴は、斧の風切り音と破壊音にかき消された。
恐怖のブラック企業化計画。
その第一歩は、まさかの「意識高い系・貧困強要」から始まった。
【現在支持率:ERROR(システム障害の前兆)】
【状態異常:精神汚染発生】




