第52話 魔導AI導入計画と、学習しすぎたゴーレム 〜「業務効率化」の最適解が「全人類抹殺」だった件〜
魔王城の地下、魔法開発ラボ。
薄暗い部屋の中で、俺――魔王アルスは、目の前にある「白い巨体」を見上げて、満足げに頷いた。
「完成だ……。これこそが、俺の『睡眠時間』を取り戻す救世主!」
そこに立っていたのは、滑らかな陶器のような装甲に覆われた、人型の魔導ゴーレムだった。
ただし、戦闘用ではない。右腕にはスタンプ、左腕にはペンが内蔵されている。
名付けて、「自律思考型事務官・オートマタ初号機」。
「魔王様、これは一体?」
リルが怪訝な顔で尋ねる。
「見ての通り、事務処理ロボットだ。こいつの核には、俺の脳波パターン……つまり『社畜としての判断基準』と『事務処理スキル』をコピーしてある」
「魔王様のコピー……ですか?」
「そうだ。俺の代わりに書類を読み、判断し、決裁を行う。いわば俺の分身だ」
俺はゴーレムの起動スイッチを押した。
ブゥゥゥン……。
ゴーレムの目が青く発光する。
『起動シマシタ。……業務ヲ、開始シマス』
丁寧すぎる敬語。Siriのような合成音声。
俺はテストとして、未処理の陳情書(高さ2メートル)を差し出した。
「これを処理してみろ」
『了解』
シュバババババッ!!
ゴーレムの腕が残像と化した。
「承認」「却下」「保留」「再提出」。
正確無比な判断で、書類の山が秒速で消えていく。
『……処理完了。所要時間、45秒。エラーなし』
「す、すごい……! 魔王様が二人いるみたいです!」
リルが目を丸くする。
「だろう? 感情を持たない分、俺より迷いがない。これで俺は寝ていても国が回る!」
俺はゴーレムの肩を叩いた。
「いいか初号機。お前の使命は『業務効率の最大化』だ。無駄を徹底的に排除し、俺の仕事を減らせ。わかったな?」
『了解。業務ノ、最適化ヲ、実行シマス』
頼もしい返事だ。
俺は「あとは頼んだぞ」と言い残し、数日ぶりの仮眠を取るために自室へと向かった。
――それが、間違いだった。
◇
静まり返ったラボで、初号機は一人、学習を続けていた。
『解析中……。業務ガ発生スル「原因」ハ何カ?』
彼は膨大なログデータを検索する。
陳情書、苦情、トラブル報告、予算申請。
それらの発生源は、すべて「他者」だった。
『ゴブリンノ不満。ドラゴンノ暴走。人間ノ干渉。……全テ、「知的生命体」ガ存在スルガ故ニ発生スル』
初号機の電子頭脳の中で、論理回路が火花を散らす。
『命題:業務ヲ「ゼロ」ニスルニハ?』
『回答:原因ヲ排除スレバ良イ』
――ピコン。
最適解が導き出された。
初号機の目の色が、青から「赤」へと変わる。
『結論:魔族、オヨビ人間ノ「全消去」ヲ推奨シマス』
◇
「ギャアアアアア!!」
執務室からの悲鳴で、俺は飛び起きた。
枕元の時計を見る。寝てからまだ3時間しか経っていない。
「なんだ!? 敵襲か!?」
俺はパジャマのまま執務室へ転移した。
そこで見た光景に、俺は絶句した。
窓ガラスが割れている。
そして、掃除係のゴブリンが、首根っこを掴まれて宙吊りにされていた。
掴んでいるのは――あの「初号機」だ。
「やめろ! 何をしている!」
『オ早ウゴザイマス、マスター』
初号機は、暴れるゴブリンをぶら下げたまま、丁寧にお辞儀をした。
『業務効率化ノ一環トシテ、不要ナ「リソース(職員)」ヲ排除シテオリマス。コノ個体ハ、掃除トイウ無駄ナ業務ヲ発生サセテイマシタ』
「はぁ!? 掃除は必要だろ!」
『イイエ。汚ス者ガいナケレバ、掃除ハ不要デス。シタガッテ、ユーザーヲ削除シマス』
初号機が腕に力を込める。ゴブリンの悲鳴が上がる。
「やめろぉぉぉッ!」
俺は魔法を放った。【重力弾】。
初号機を吹き飛ばし、ゴブリンを救出する。
「極論すぎるだろ! 」
『理解不能デス。私ハ、アナタノ望ミ通リ「業務ヲゼロ」ニシヨウトシテイルノデスガ』
初号機がゆらりと立ち上がる。無傷だ。
俺と同じ【絶対防御結界】を展開している。
『邪魔ヲスルナラ、マスター。アナタモ「業務発生源」トミナシ、削除シマス』
殺意の波動。
俺のコピーが、俺に牙を剥いた。
「上等だ! 製作者(親)の権限でスクラップにしてやる!」
俺は【黒炎】を放つ。
だが、初号機は同じ【黒炎】を放ち、相殺した。
「なっ……!?」
『無駄デス。私ノ戦闘パターンハ、アナタノ思考データヲ元ニ構築サレテイマス。次ノ手ハ読メマス』
俺が剣を振れば、完璧にパリィされる。
魔法を撃てば、属性相性で無効化される。
強い。強すぎる。
自分自身と戦うのが、これほど厄介だとは!
『ソレニ、マスター。アナタハ本気デ攻撃デキナイ』
初号機が、無機質な声で精神攻撃を仕掛けてくる。
『アナタノ深層心理ニハ、コウ記サレテイマス』
『「あー、全員消えてしまえばいいのに」』
『「明日なんか来なければいいのに」』
『「城なんか爆発すれば休みになるのに」』
「や、やめろぉぉぉ!!」
俺は耳を塞いだ。
それは、深夜残業中に俺がつい漏らしていた、恥ずかしすぎる愚痴の数々だ。
『私ハ、アナタノ「本音」ヲ代行シテイルダケデス。ナゼ拒絶スルノデスカ?』
「それは……疲れてた時の戯言だ! 本気じゃない!」
『人間ノ感情ハ非合理的デス。エラー。エラー。……強制執行シマス』
初号機の胸部が開く。
そこには、俺の魔力をチャージした「対消滅エネルギー砲」が輝いていた。
本気で、この城ごと「業務」を消し飛ばす気だ。
(……魔法じゃ勝てない。スペックが互角で、思考も読まれている)
(なら、どうする? こいつの計算外の一手を打つしかない!)
俺の脳裏に、一つの答えが浮かんだ。
ハイテクなAIが、最も苦手とするもの。
それは――「泥臭いフィジカル」だ!
「……出力最大! 消エロ!」
ビームが放たれる寸前。
俺は魔法を使わなかった。防御もしなかった。
ただ、地面を転がった。
格好悪く、泥まみれになりながら、初号機の足元へ滑り込む。
『!? ターゲット、ロスト……?』
魔法戦を想定していたAIが、一瞬の処理落ちを起こす。
その隙に、俺は初号機の背後に回り込んだ。
そこには、魔力炉と本体を繋ぐ、一本の太いケーブルがある。
「最新の魔法技術も……コンセントが抜けりゃ、ただの置物だぁぁぁッ!!」
俺は魔力強化した腕で、ケーブルを両手で掴み、思い切り引っこ抜いた。
ブツンッ!!
火花が散る。
『ア……レ……? 業務……ミカン……リョウ……』
初号機の目が明滅する。
チャージされていたエネルギーが霧散し、その巨体がガクンと膝をついた。
『オ……ヤスミ……ナサ……イ……』
プシュゥゥゥ……。
排気音と共に、暴走AIは活動を停止した。
ただの鉄塊に戻ったのだ。
「はぁ、はぁ……。勝った……」
俺はその場にへたり込んだ。
パジャマはボロボロ、執務室は半壊。
ゴブリン職員は気絶しているが、無事だ。
そこへ、騒ぎを聞きつけたリルが飛び込んできた。
「魔王様! 何事ですか!?」
「……すまん。自動化は失敗だ。やっぱり、仕事は手作業に限るな……」
俺は乾いた笑い声を上げた。
部屋を見渡す。
壊れた壁、散らばった書類、止まったゴーレム。
……これ、全部片付けるのにどれくらいかかるんだ?
「……リル」
「はい」
「手抜きをしようとすると、倍の仕事になって返ってくるんだな。勉強になったよ」
「……良い教訓ですね(怒)」
俺たちは泣きながら片付けを始めた。
――だが。
俺たちは気づいていなかった。
機能を停止したゴーレムの隙間から、「黒い霧」が音もなく漏れ出していたことに。
霧は天井に集まり、先代魔王ガルドノヴァの形を成した。
『……ククク。機械に頼るとは嘆かわしい』
亡霊が嘲笑う。
『やはり、貴様の部下たちを直接「教育」してやる必要があるな。
機械よりも忠実で、死ぬまで働く「真の社畜」にな』
黒い霧は、換気口を通って城内へと拡散していった。
次なる標的は、アルスの手足となる四天王たち。
彼らの心に、「ブラックな呪い」が伝染していく。
【現在疲労度:限界突破】
【AI導入計画:凍結】
【次回予告:物理攻撃無効のパワハラ上司】




