第50話 祭りの後、そして牢獄での「採用面接」 〜死刑より重い刑罰、それは「ワンオペ残業」です〜
魔王城、正門前広場。
空は茜色に染まり、祭りの終わりの寂しさと安堵感が漂っていた。
「じゃあねアルス! 楽しかったわ!」
勇者エミリアが、大きく手を振る。
その後ろでは、カメラマン(魔法使い)やタンク(重戦士)といったパーティメンバーたちが、大量の荷物を抱えていた。
俺――魔王アルスが渡した「手土産」だ。
「これ、本当に貰っていいの? 『魔界カジノ・一年間ドリンク無料&優先入場パス』なんて……」
「構わん。その代わり、人間界での宣伝を頼むぞ。『魔界観光大使』としてな」
「任せて! 動画の概要欄にリンク貼っとくね!」
エミリアは満面の笑みでパスを懐にしまう。
さらに、セレスティアが用意した特産品「完熟トマトゼリー(高級桐箱入り)」も受け取り、彼女はホクホク顔だ。
これでいい。
勇者は「敵」から「ビジネスパートナー」へとクラスチェンジした。
俺は肩の荷が下りるのを感じていた。
「それじゃ、また来るね! ……あ、そうだ」
エミリアは数歩歩き出してから、ふと足を止めて振り返った。
カメラが回っていないことを確認し、少し頬を染めて、もじもじと口を開く。
「あのね。……『黒騎士』さんによろしくね」
「ッ!?」
俺の心臓が跳ねる。
まだその設定生きてたのか。
「彼、最後は瓦礫の下敷きになっちゃったけど……私、信じてるの。彼ならきっと、ピンピンして生きてるって」
「だから伝えて。『次はコラボじゃなくて、プライベートでご飯行こ』って!」
「……あ、ああ。伝えておく」
俺は引きつった笑顔で頷くしかなかった。
エミリアは「えへへ」と笑い、今度こそ背を向けて歩き出した。
「(……マズいな。二度とあの鎧は着たくないんだが)」
勇者の好感度が、俺本体ではなく「架空の黒騎士」に向いてしまった。
これは後々、修羅場の火種になりそうだが……まあ、今は忘れることにしよう。
◇
勇者を見送った後。
俺はヴォルカンとリルを連れて、城の地下へと向かった。
湿った冷気が漂う、地下牢獄エリアだ。
カツ、カツ、カツ……。
足音が響く。
最奥の独房の前で、俺は足を止めた。
「……様にならんな、かつての英雄が」
鉄格子の向こう。
全身包帯姿の男――ガインが、魔封じの手錠をかけられて座り込んでいた。
俺の「行政執行」パンチで吹き飛ばされた後、城外で待機していたヴォルカンたちに回収されたのだ。
「……殺せ」
ガインは顔も上げずに呟いた。
「敗者に生きる資格はない。ましてや、貴様のような『軟弱な王』に情けをかけられるなど、屈辱でしかない」
「魔王様、こいつは危険です」
ヴォルカンが斧に手をかける。
「腐っても先代の側近。生かしておけば、必ずまた牙を剥きます。即刻処刑しましょう」
「……待て」
俺はヴォルカンを制し、鉄格子の前にパイプ椅子を置いて座った。
そして、淡々と告げた。
「殺すのは簡単だ。だが、それでは『コスト(人材育成費)』が無駄になる」
「コスト……だと?」
ガインが顔を上げる。
「ガイン。貴様の実力と忠誠心、腐らせるには惜しい。
我が社(魔王軍)に再就職しないか?」
「……正気か? 敵に仕えろと言うのか!」
ガインが激昂し、鎖をジャラつかせて立ち上がる。
「俺の忠誠は、先代魔王ガルドノヴァ様だけのものだ! 貴様のような、人間に媚びる裏切り者になど……!」
「媚びているわけではない。『利用』しているだけだ」
俺は冷徹に言い放つ。
「先代は『魔族の繁栄』を願っていたはずだ。……今の魔界を見ろ。カジノで笑い、飯を食い、明日の生活に不安を抱いていない」
「やり方は違うが、目的は果たしている。……お前が守りたかったのは『先代個人』か? それとも『魔界そのもの』か?」
「ぐっ……!」
ガインが言葉に詰まる。
彼は狂信者だが、馬鹿ではない。今の魔界が、かつてないほど豊かになっている事実は否定できないのだ。
「それに、処刑など生ぬるい」
俺はニヤリと、悪魔的な笑みを浮かべた。
「お前には、死ぬより辛い刑罰を与えてやる」
「……なんだと?」
「お前には、『特務機関(裏の汚れ仕事)』を任せる」
俺はリルから受け取った「雇用契約書(奴隷契約に近い)」を格子の隙間から差し出した。
「諜報、暗殺、クレーム処理、ドブさらい。
給料は最低賃金。休みは週1あるかないか。福利厚生なし。24時間365日、俺のために影として働き続けろ」
それは、俺が一番やりたくない「ブラック業務」の押し付けだった。
「どうだ? 誇り高き騎士には耐えられまい? 嫌ならここで首をはねてやる」
挑発。
ガインは契約書を睨みつけ、そして――喉の奥でクックッと笑った。
「……フッ。甘いな、若造め」
彼は契約書をひったくると、噛み破った指先で血判を押した。
「その程度の地獄、俺が生きてきた戦場に比べれば天国だ。
いいだろう。俺という劇薬、飲み干せるものなら飲み干してみろ」
ガインの目に、狂気とは違う、新たな光が宿る。
それは「生きる目的(仕事)」を見つけた男の目だった。
「歓迎しよう。……明日から馬車馬のように働いてもらうぞ」
【SSR人材:ガイン(暗黒騎士)を獲得しました】
【役職:特務室長(兼・雑用係)】
◇
地上に戻った頃には、すっかり夜になっていた。
心地よい夜風が吹いている。
「ふぅ……。これで全部片付いたな」
俺は大きく伸びをした。
支持率は75%。国庫も潤い、勇者とも和解し、頼れる(使い潰せる)部下も増えた。
完璧だ。
「魔王様、お疲れ様でした」
リルがホットミルクを差し出してくれる。
「これなら、しばらく安泰ですね。明日はゆっくり休まれますか?」
「ああ。明日は久しぶりに、目覚ましをかけずに寝るぞ……。泥のように眠るんだ」
俺は最高の気分で、城を見上げた。
これからは、ホワイトで優雅な魔王ライフが待っているはずだ。
――しかし。
俺は気づいていなかった。
光が強くなればなるほど、影もまた、濃くなるということを。
◇
深夜。
誰もいないはずの、半壊した「玉座の間」。
月明かりの下、壊れた玉座に座る「半透明の影」があった。
ねじれた角。巨大な体躯。
かつて世界を恐怖で震え上がらせた、最悪の暴君。
『……増長したな、小僧』
影――先代魔王ガルドノヴァの亡霊が、低く呻く。
『民に媚び、金に溺れ、牙を抜かれた魔王など……見るに耐えん』
影がふうっと息を吐く。
すると、口から「ドス黒い霧」が吐き出された。
霧は生き物のように蠢き、城の空調ダクトへと吸い込まれていく。
それは、眠っているヴォルカンの部屋へ。
セレスティアの寝室へ。
そして、ゴブ三郎の事務所へ。
『思い出させてやろう。魔族の本能を。
……働き、戦い、死ぬことこそが至上の喜びであることを』
亡霊が嗤う。
第2章の「お祭り騒ぎ」は終わった。
明日から始まるのは、地獄のような「日常」。
魔王城ブラック企業化計画の、幕開けである。




