第49話 フィニッシュ・ホールドは『予算承認パンチ』 〜民意(支持率)が俺を無敵にする〜
魔界天下一武闘会、決勝のリング。
そこは今、黄金の光に包まれていた。
『ピロリン♪』
『ピロリン♪』
俺の脳内で、システム音が連打される。
視界のウィンドウが、見たことのない数値を示していた。
【現在支持率:120%(OVER FLOW)】
【状態:国民の熱狂】
【システム権限:限定解除】
【全ステータス補正:規格外(EX)】
「……なるほど。これが『ボーナスタイム』か」
俺――魔王アルスは、自分の掌を見つめた。
全身から溢れ出る黄金のオーラ。それは演出用の幻影魔法ではない。
数万の観衆、そして画面の向こうの数億の民衆が、「魔王頑張れ!」と願った想いの結晶。
すなわち、純度100%の「民意」だ。
(体が軽い……。35連勤明けに泥のように眠って、昼過ぎに起きた時くらい軽い!)
「な、なんだその力は……!?」
対峙するガインが、恐怖に顔を歪めて後ずさる。
さっきまでボロボロだった俺が、突如として神のごとき圧力を放ち始めたのだ。歴戦の戦士としての本能が、「勝てない」と警鐘を鳴らしているのだろう。
「バカな……! 貴様はただの『お飾り』のはずだ!
恐怖も与えず、ただヘラヘラと媚びるだけの王に、なぜこれほどの力が宿る!」
「……一人では勝てないからさ」
俺は静かに答えた。
「俺は弱い。書類仕事ですぐ肩が凝るし、勇者は怖いし、胃薬が手放せない。
だがな、ガイン。俺の後ろには、数百万の『納税者』がついているんだよ!」
「納税者だと……!? 貴様ッ、神聖な決闘を愚弄するか!」
ガインが激昂する。
彼のプライドが、敗北を認めることを拒絶した。
「認めん……! 認めんぞ! 先代の威光こそが至高!
貴様のような軟弱な王など、この一撃で消し炭にしてくれるわァァァッ!!」
ガインが剣を構える。
刀身に塗られた「神殺しの毒」が沸騰し、彼の全身の魔力と混ざり合って、巨大な毒竜の形を成す。
「奥義・『毒竜穿孔』!!」
空間ごとねじ切るような、必殺の突き。
これまでの俺なら、防御結界ごと貫かれていただろう。
だが。
「……遅い」
俺は一歩も動かなかった。
ただ、左手をスッと前に出す。
パシィッ。
乾いた音が響いた。
俺は、ガインの必殺の剣先を――人差し指と親指の二本だけで、つまんで止めていた。
「な……っ!?」
ガインの目が飛び出る。
ドリルのように回転していた毒の魔力が、俺の指先で霧散していく。
衝撃波が周囲に広がり、リングの床が砕けるが、俺は髪の毛一本揺らさない。
「重いな」
俺は剣をつまんだまま、淡々と言った。
「……これは、お前の『過去への執着』の重さか」
「貴様に……貴様に何がわかる!」
ガインが剣を押し込もうとするが、ビクともしない。
「わかるさ。俺も前世では、古い体質の会社で『昔は良かった』と嘆く上司に付き合わされたからな」
俺は指先に力を込めた。
ミシミシッ……と、神殺しの魔剣が悲鳴を上げる。
「その忠誠心は立派だ、ガイン。嫌いじゃない。
だが、向ける方向が間違っている。
忠誠とは、死んだ過去(先代)に捧げるものではない。これから生きる未来(組織)に捧げるべきだ!」
パァァァァン!!
俺が指を弾くと、魔剣が粉々に砕け散った。
破片がキラキラと舞う中、ガインが呆然と立ち尽くす。
「お、俺の剣が……俺の正義が……」
「引導を渡してやる」
俺は右手を高く掲げた。
黄金のオーラが頭上に集束し、巨大な魔法陣を描く。
だが、そこから現れたのは、剣でも槍でもない。
それは、巨大な円柱形の――「ハンコ」だった。
「な、なんだそれは……!?」
「これは『決裁印』。王が王たる証。
議会の承認を得て、民意の後押しを受け、今ここに執行する!」
俺は右手を振りかぶった。
質量を持ったハンコ型のエネルギー弾が、ガインをロックオンする。
逃げ場はない。
これは物理攻撃ではない。
「お前の存在(反乱)は却下された」という、逃れられない行政処分だ。
「合体奥義・『行政執行』ォォォッ!!」
俺は正拳突きを放つ。
それに呼応して、巨大なハンコがガインに叩きつけられた。
ドゴォォォォォォォォンッ!!!!
会場を揺るがす轟音。
ガインの体に、深紅の光で描かれた【承認(APPROVED)】の文字が刻まれる。
「がはっ……!! こ、これが……組織の力……社会の重みかぁぁぁぁッ!!」
ガインは断末魔と共に、遥か彼方の空へと吹き飛ばされた。
キラーン。
星になって消える……ように見せかけて、城外に待機させていたヴォルカンたちが「ナイスキャッチ!」と捕獲網で回収したのが見えた。
よし、確保完了。
◇
シーン……。
圧倒的なフィニッシュに、会場が一瞬静まり返る。
そして――
ワァァァァァァァァッ!!!
爆発。
歓声の爆発だ。
「魔王様最強!」「すげええ! ハンコで勝った!」「一生ついていきます!」
紙吹雪が舞い、指笛が鳴り響く。
俺はゆっくりと息を吐き、拳を天に突き上げた。
「……勝者、魔王アルス!!」
エミリアがマイクで叫ぶと、会場のボルテージは最高潮に達した。
俺は民衆に手を振りながら(営業スマイル)、内心でどっと崩れ落ちていた。
(ふぅ……終わった。マジで終わった……)
支持率はカンスト。
テロリストのリーダーは確保。
勇者との関係も良好。
(これでやっと、平和な日常が戻ってくる……はずだ)
俺はマントを翻し、退場ゲートへと歩き出す。
華やかな表彰式の裏で、俺にはまだやるべき「戦後処理」が残っている。
「……さて。捕まえた『新入社員』の教育に行くとしようか」
殺しはしない。
あいつには、これからたっぷりと、死ぬより辛い「ブラック労働」で償ってもらう。
魔王アルスの戦いは、リングの上から、地下牢の面接室へと移るのだった。
【現在支持率:75.0%(圧倒的カリスマ)】
【優勝賞品:自分への願い(有給休暇の申請)】
【次回予告:地獄の採用面接】




