第45話 準決勝、吸血鬼幼女の「優雅なる」虐殺未遂 〜ゾンビパニック? いいえ、これはフラッシュモブですわ〜
魔界天下一武闘会、準決勝・第1試合。
会場の照明が落ち、スポットライトがリング中央を照らし出す。
「赤コーナー! 魔界の財政を握る美のカリスマ!
【氷の参謀】セレスティア・ブラッドロード!!」
歓声と共に現れたのは、深紅のイブニングドレスに身を包んだ幼女だった。
戦闘服ではない。完全に舞踏会に行く格好だ。
彼女は観客に優雅にカーテシー(膝を折る挨拶)を決め、日傘を開く。
「対する青コーナー! 予選ですべての対戦相手を『精神崩壊』させた謎の術士!
『グレイ・スカル』選手!!」
対面には、ボロボロのローブをまとった男。
その正体は、反乱軍の幹部である「死霊使い(ネクロマンサー)」だ。
「ケケケ……。貴族のお嬢様がお遊びか?」
ネクロマンサーが、不快な笑い声を上げる。
「ここを貴様の墓場にしてやる。……いや、貴様だけではない。この会場にいる全員のな!」
彼はリングの床に両手を突き刺した。
魔力が爆発する。
「起きろ! 飢えたる死者たちよ! 宴の時間だ!!」
ズズズズズ……!!
地響きと共に、リングの床が割れた。
そこから這い出してきたのは、腐肉を纏った死体――ゾンビやスケルトンたち。
10体、20体ではない。数百体。
さらに、観客席の通路や、地下の配管からも次々と死者が湧き出してくる。
「キャアアアアッ!!」
「ゾンビだ! 本物の死体だぞ!」
「く、臭い! 演出にしてはリアルすぎる!」
会場は一瞬でパニックに陥った。
これは試合ではない。無差別テロだ。
実況席の俺――魔王アルスは、マイクを握り潰しそうになった。
(やりやがったな……! 地下に死体を埋め込んでおいたのか!)
「マズいわ魔王! 観客席まで溢れてる! 一般人が襲われるわよ!」
エミリアが剣を抜こうとする。
だが、ここで勇者が動けば「魔王軍の不手際」を露呈することになる。それだけは避けたい。
「待てエミリア! ……セレスティアを信じろ!」
俺はインカムのスイッチを入れ、セレスティアに念話を飛ばした。
『セレスティア! 殲滅しろ! ……いや待て!』
俺は直前で命令を変えた。
相手は腐った死体だ。ここで広範囲魔法を使って吹き飛ばせば、肉片と汚物が会場中に撒き散らされ、阿鼻叫喚の地獄絵図になる。
そんなものを見せられたら、視聴者はドン引きだ。
『浄化魔法は禁止だ! グロ注意で放送コードに引っかかる!』
『無茶を言わないでくださいまし! 囲まれていますのよ!? どうしろと言うんですの!』
セレスティアが悲鳴を上げる。
彼女の周囲には、涎を垂らしたゾンビの群れが迫っていた。
(どうする? 殺さず、汚さず、この状況を打破するには……)
俺の脳裏に、前世で見た「某ゾンビ映画のミュージックビデオ」が過った。
これだ。
ピンチをチャンスに変える、究極のエンタメ演出!
『セレスティア! 奴らを支配しろ!
そして――踊らせろ! これを「ミュージカル・ショー」に変えるんだ!』
『はぁ!? 頭が湧きましたの!?』
『お前の権能ならできるはずだ! 頼む、会場を沸かせてくれ!』
セレスティアは一瞬、心底嫌そうな顔をした。
だが、迫りくる薄汚いゾンビを見て、覚悟を決めたようだ。
「……わかりましたわ。私のステージを汚すゴミ共……美しく調教して差し上げます!」
セレスティアの真紅の瞳が、妖しく輝いた。
吸血鬼の真祖が持つ、絶対的な権能――【死の支配者】。
彼女は日傘を畳み、指揮棒のように掲げた。
そして、凛とした声で命じる。
「――ひれ伏しなさい。下賤な者たちよ」
ピタリ。
会場中のゾンビの動きが止まった。
襲いかかろうとしていた腕が、空中で静止する。
「な、なんだ……? 俺の命令を聞け! 喰い殺せ!」
ネクロマンサーが叫ぶ。
だが、ゾンビたちは無視した。
彼らの虚ろな瞳は今、ただ一点、リングの上の幼女だけを見つめている。
「格が違いますわ。貴方の命令コードは『使役』。でも私の権限は『絶対服従』ですわ」
セレスティアが指を鳴らす。
パチンッ!
それと同時に、俺は音響担当に指示を出した。
おどろおどろしいBGMをカット。
代わりに流したのは――アップテンポで軽快な、「スウィング・ジャズ」!
「さあ、ステップを踏みなさい! 『アンデッド・カーニバル』の開演ですわ!」
音楽が弾ける。
その瞬間、ゾンビたちが一斉に動き出した。
人を襲うためではない。
リズムに乗って、軽やかにステップを踏むために!
「ウッ! ハッ!」
数百体のゾンビが、一糸乱れぬ動きで「ラインダンス」を始めた。
スケルトンたちが肋骨を叩いてパーカッションを奏でる。
グールがバク転を決める。
「な、な、なにィィィィッ!?」
ネクロマンサーの目が飛び出る。
観客もポカーンとしている。
恐怖の対象だった死の軍団が、今はブロードウェイのダンサーに見える。
「背筋を伸ばしなさい! 腐っているからといってダラダラ歩くのは許しませんわよ!」
「ワン、ツー、ワン、ツー! 笑顔で!」
セレスティアのスパルタ指導が飛ぶ。
ゾンビたちは頬の肉が落ちるのも構わず、必死にニッコリと(不気味に)笑いながら足を上げている。
『すげええええ!』
『フラッシュモブだ!』
『ゾンビダンス最高!』
『魔王軍、仕込みが凄すぎるwww』
コメント欄が爆発的に盛り上がる。
ホラーパニックが、一瞬で極上のエンターテインメントに変わった瞬間だった。
「ば、馬鹿な……俺の軍団が……! 戻れ! 戻るんだ!」
ネクロマンサーが杖を振り回す。
だが、ダンスの奔流は止まらない。
それどころか、彼は踊り狂うゾンビの列に巻き込まれてしまった。
「うわっ、やめろ! 押すな! そこはターンじゃねぇ!」
もみくちゃにされるテロリスト。
そして曲がクライマックスを迎えた時。
ゾンビたちが一斉にネクロマンサーを持ち上げた。
「わっしょい! わっしょい!」(という動き)
「な、何をする気だァァァッ!?」
セレスティアが日傘を振り下ろす。
「フィナーレですわ! 退場なさい!」
ゾンビたちがネクロマンサーを胴上げし、そのまま全力でリングの外へ――遥か彼方の空へ向かって放り投げた。
「解せぬぅぅぅぅぅぅぅ……ッ!!」
キラーン。
星になって消えるネクロマンサー。
ジャンッ!
曲の終わりと共に、セレスティアとゾンビ全員がビシッとポーズを決める。
センターには、汗一つかかず、優雅に微笑む吸血鬼の少女。
シーン……。
一瞬の静寂の後。
ワァァァァァァァァッ!!
会場が揺れるほどのスタンディングオベーションが巻き起こった。
「ブラボー!」「アンコール!」「なんて前衛的なショーだ!」
観客が涙を流して拍手している。
「すごい……! 敵の術すらエンタメに昇華するなんて……魔界の芸術レベル、高すぎ!」
エミリアも目を輝かせて拍手していた。
俺は椅子の背もたれに深く体を預け、大きく息を吐いた。
(……助かった)
セレスティアは観客に向かって優雅にカーテシーをしているが、俺には聞こえる。彼女の心の声が。
『アルス様……。あんな汚いものと踊らせるなんて、どういうおつもりですの?
あとで特別手当を弾まないと、寝込みを襲って生き血を吸い尽くしますわよ?』
(……ヒェッ)
殺気混じりの念話に震えつつ、俺は勝利を噛み締めた。
これで準決勝第一試合は突破。
支持率は過去最高の68%をマークしている。
「さあ、続いては準決勝・第2試合です!」
シルフの声が響く。
次の試合は、本来なら俺(魔王)が出場する予定だった枠だ。
だが。
「はいはーい! 次は私の出番ね!」
隣のエミリアが、マイクを放り出して立ち上がった。
「私が場を温めておいてあげる! 魔王は決勝で待ってなさい!」
「おい待て、台本と違うぞ!」
止める間もなく、勇者はリングへと飛び降りていった。
対戦相手は、反乱軍最強の刺客――全身を魔導兵器で武装した「改造オーク」。
火力が強すぎるエキシビションマッチの開幕に、俺の胃薬の在庫がまた一つ減った。
【現在支持率:68.0%(↑UP!)】
【演目:ゾンビ・ラインダンス】
【芸術点:満点】




