第44話 ゲスト解説・勇者の「鋭すぎる」考察 〜その呪いの剣は「小道具」です、たぶん〜
魔界天下一武闘会、貴賓席に設けられた実況ブース。
そこは、リング上の熱気とは裏腹に、氷のような緊張感に包まれていた(主に俺の周囲だけ)。
「……すごいわね。この大会、レベル高いわ」
ゲスト解説の勇者エミリアが、真剣な眼差しでリングを見つめている。
第2試合、第3試合と進むにつれ、乱入してくる「一般参加者(という名のテロリスト)」たちの装備は、明らかに殺傷能力が高いものへと変わっていた。
現在、リング上では魔王軍のオーク兵士が、挑戦者の「死神(フードの男)」と戦っている。
死神が振り回しているのは、禍々しい紫色のオーラを放つ鎖鎌だ。
「ねえ魔王。あの鎖から出ているオーラ……どう見ても『即死級の呪い(デス・カース)』の波長よね?」
エミリアが、マイクに乗らない小声で尋ねてくる。
俺――魔王アルスは、冷や汗が噴き出るのを必死に抑えながら、ミネラルウォーターを口に含んだ。
(バレたか!? さすが勇者、目が良すぎる!)
「……ククク。よく気づいたな」
俺は水を飲み込むと、余裕の笑み(営業スマイル)で誤魔化しにかかる。
「あれこそ我が軍の特殊効果班(VFXチーム)の最高傑作だ。最新の【幻影魔法】と【精神感応石】を組み合わせて、見る者に『本能的な恐怖』を与える演出を施している」
「へぇ……! すごい! どうやってあの『禍々しさ』を再現してるのかと思ったけど、メンタルに干渉する波長を使ってるのね!」
エミリアが感心してメモを取る。
チョロい。いや、彼女の「エンタメ脳」に助けられている。
実際は、あれにかすっただけでオークは即死する。
「見て! 相手が動いたわ!」
シルフの実況が熱を帯びる中、試合が動く。
死神(暗殺者)が、オークの背後に音もなく回り込んだ。
逆手に持ったナイフが、オークの首筋を狙う。
完全に、殺しに来ている動きだ。
「――素晴らしいわ」
エミリアが身を乗り出す。
「見て、あのアプローチ。足音を消すステップ、呼吸の読み方……。完全に『対象を殺す』ための最適解をなぞっているわ。
彼、『役』に入り込んでるわね!」
「(いや、本物の殺し屋だからね……!)」
俺は心の中でツッコミを入れる。
ナイフが振り下ろされる。
狙いは頸動脈。ガチだ。オークは反応できていない。
このままでは、リングに鮮血の噴水ができる。放送事故だ。
(させるかッ!)
俺はテーブルの下で、指を弾いた。
解説席に座ったまま、無詠唱で魔法を行使する超高等技術。
スキル発動――【風魔法・偏向】。
ヒュッ。
ごく小さな空気の塊を弾き出し、暗殺者の手首に当てる。
ミリ単位の軌道修正。
ズボッ!
ナイフはオークの首を逸れ、分厚い肩パッド(スポンジ入り)に深々と突き刺さった。
「ぐわぁぁぁぁッ!!(台本通り)」
オークが絶叫し、のたうち回る。
血糊カプセルが破裂し、派手な赤色が飛び散る。
「うまいッ!!」
エミリアがパンと手を叩いた。
「今のナイフ、首の皮一枚のギリギリを攻めたわね!
少しでも手元が狂えば大事故よ? 互いの力量を信じ切った、究極の『信頼関係』がないとできない芸当だわ!」
俺はハンカチで額の汗を拭った。
解説席というのは、戦場よりも心拍数が上がる場所らしい。
◇
だが、暗殺者は諦めていなかった。
決定的な一撃を入れたはずなのに、オークが倒れない(演技を続けている)ことに焦りを感じ始めたのだ。
「ええい、しぶとい豚め!」
暗殺者が距離を取り、懐から一本の「巻物」を取り出した。
禍々しい魔力が渦巻く。
「こうなれば、会場ごと吹き飛ばしてやる! 禁呪『獄炎爆』!!」
彼は巻物を広げ、詠唱を始めた。
それは、広範囲を焼き尽くす無差別テロの宣言。
ワァァァァッ!!
観客が沸く。
「おおー! 派手なのが来るぞ!」「魔法合戦だ!」
彼らはまだ、これがショーの一部だと信じている。
「あら?」
エミリアが眉をひそめた。
「あれ、『第4種禁止魔法』の構成よね?
屋内使用は消防法で禁止されてるはずだけど……。魔王、アレの許可出したの?」
鋭い。
現代知識を持つ勇者は、コンプライアンスにも敏感だ。
「(出してない! バカ野郎、ここで爆発したら死人が出る!)」
詠唱完了まで、あと数秒。
止めるには、魔法で撃ち抜くか? いや、それでは観客に「魔王が介入した」とバレる。
どうする? どうやって自然に止める?
俺は――マイクのボリュームを最大にした。
「待てェェェェいッ!!!」
会場中のスピーカーがハウリングを起こすほどの大喝。
暗殺者がビクッとして動きを止める。
「な、なんだ!?」
俺は立ち上がり、さらに声を張り上げた。
「その技は!! 『決勝戦』まで取っておく約束だろうがァァァ!!」
「は?」
暗殺者がポカンとする。
その一瞬の隙を見逃さず、俺は言葉に【魔法無効化】の波動を乗せて叩きつけた。
ボッ。
暗殺者の手の中で、禁呪の巻物が自然発火し、灰になって崩れ落ちた。
「あ……あぁっ!?」
暗殺者が灰になった巻物を呆然と見つめる。
不発。
最強の切り札が、ただの紙屑と化した。
「……フン。気が早い選手だ」
俺はマイクの音量を戻し、座り直した。
あくまで「演出上のトラブル」として振る舞う。
「観客の諸君、すまない。彼は気合いが入りすぎて、段取りを間違えたようだ。
……審判! 『フライング』による反則負けだ! つまみ出せ!」
俺の合図で、警備のオークたちがリングになだれ込む。
「退場! 退場!」
暗殺者は「違う! 魔法が消されたんだ! 陰謀だぁぁ!」と叫びながら、舞台袖へと引きずり込まれていった。
◇
「……なるほどね」
エミリアが感心したように頷き、手元のノートにメモを走らせた。
「『強力な技を不発に終わらせる』という演出。
あえてカタルシスを外すことで、観客の『見たい!』という欲求を極限まで高めるテクニック……。
勉強になるわ。今度私の配信でも使ってみよう(メモメモ)」
「……そうだな。高度な心理戦だ(疲れた……)」
俺は水を一気飲みした。
なんとか誤魔化せた。
彼は「世界を震撼させるテロリスト」になるはずが、俺のアドリブによって「段取りを間違えたドジっ子レスラー」として処理されたのだ。
「シルフ、CMだ。……長いので頼む」
「了解です! 5分間の休憩入りまーす!」
カメラがオフになった瞬間、俺は椅子に沈み込んだ。
まだ予選が終わったばかりだぞ? 決勝まで俺の心臓が持つのか?
「次は準決勝ね! 楽しみ!」
エミリアが無邪気に笑う。
「次はセレスティアちゃんでしょ? 彼女なら、きっと優雅で美しいバトルを見せてくれるはずよね!」
「……ああ。彼女は一番の常識人だからな。安心して見ていられる……はずだ」
俺は自分に言い聞かせるように呟いた。
だが、対戦カードを見る俺の目は笑っていなかった。
【準決勝・第1試合】
セレスティア(財務大臣) vs ネクロマンサー(反乱軍幹部)
ネクロマンサー。死体を操る禁忌の術士。
奴がこの会場で「死者蘇生」なんて使い始めたら、会場はパニック映画になる。
「……頼むぞ、セレスティア。お前の美学で、このホラー展開をどうにかしてくれ」
俺の願いに応えるように、リング上にフリフリのドレスを着た幼女が降り立った。
しかしその足元からは、既に無数の「ゾンビの手」が這い出し始めていた。
【現在支持率:63.0%(熱狂中)】
【放送事故回避数:3回】
【次回予告:ゾンビ・ダンス・ナイト】




