第43話 開幕! ドラゴン将軍の「大根役者」問題 〜猛毒を食らっても「痛い(棒読み)」しか言わない件〜
魔都パンデモニウムの中央に位置する、巨大コロッセオ。
かつては血で血を洗う殺戮の舞台だったこの場所は、今、極彩色の魔法ネオンとレーザー光線に彩られた、一大エンターテインメント会場へと変貌を遂げていた。
「レディース・エンド・ジェントルメン! 魔族も人間も!
お待たせしました、『第一回・魔界天下一武闘会』の開幕ですっ!!」
ワァァァァァァァァッ!!
数万の観衆の歓声が、空気をビリビリと震わせる。
空には無数のドローンカメラ(使い魔)が飛び交い、その映像は世界中へ生配信されている。
貴賓席に設けられた実況ブース。
そこに座るのは、この茶番劇の仕掛け人たちだ。
「実況は私、広報大臣シルフ!
そして解説には、大会主催者である魔王アルス様!
さらにゲスト解説として、人間界の勇者・エミリアちゃんをお迎えしています!」
「よろしくね〜! 今日は特等席で見られてラッキー!」
エミリアがアイドルスマイルで手を振る。
その隣で、俺――魔王アルスは、マイクのスイッチを確認しながら胃の辺りをさすっていた。
(……頼むぞ。台本通りに進んでくれよ……!)
現在支持率、62%。
このイベントが成功すれば、政権は盤石になる。
逆に失敗すれば、俺は「テロリストを招き入れた無能」として糾弾され、支持率は地に落ちる。
「では早速、第1試合の選手入場です!
赤コーナー! 我らが魔王軍の重鎮、燃える筋肉ダルマ! 【炎の将軍】ヴォルカァァン!!」
ド派手なスモークが焚かれ、入場ゲートが開く。
テーマ曲が大音量で流れる中、最強のドラゴン将軍が姿を現した。
……現れた、のだが。
「…………」
ヴォルカンは、直立不動で歩いていた。
右足と右手を同時に出し、次は左足と左手を出す。
完全に「ロボット歩き」だ。
表情は能面のように固まり、視線は虚空の一点を凝視している。
(ガチガチじゃねーか!!)
俺は頭を抱えそうになるのを堪えた。
無理もない。彼は根っからの戦士だ。「観客に見せるために戦う」なんて経験は、数百年生きてきて一度もないのだから。
「あ、あれ? 将軍、動きが硬くないですか?」
シルフが小声でフォローを入れる。
「……い、いや。あれは『気合い』が入っている証拠だ。筋肉を極限まで硬直させ、防御力を高めているのだ(適当)」
俺が苦しい解説を入れると、エミリアが「へぇ〜、さすが魔界の将軍!」と素直に感心してくれた。助かる。
「対する青コーナー! 予選を勝ち抜いた謎の覆面戦士!
その名も……『キラー・マスク』選手です!」
反対側のゲートから、全身黒ずくめの小柄な男が現れる。
その身にまとう殺気は本物だ。
俺は【鑑定】スキルで正体を見抜く。
【種族:ダークエルフ(暗殺者)】
【所属:憂国騎士団】
【装備:神殺しの毒短剣(※致死性・即効)】
(ビンゴだ。ガチの暗殺者が来やがった)
奴の狙いは、試合のどさくさに紛れてヴォルカンを殺害し、魔王軍の戦力を削ぐことだろう。
だが、甘い。
ヴォルカンは腐っても最強種だ。正面からの殴り合いなら負ける要素はない。
問題は――
「両者、リングイン! レディー……ファイッ!」
カーン!
ゴングが鳴った瞬間、キラー・マスクが疾走した。
速い。残像を残してヴォルカンの懐に潜り込む。
「死ねぇ! 魔王の犬め!」
鋭いナイフがヴォルカンの喉元に迫る。
ヴォルカンはそれを、紙一重でかわし――そして、言った。
「……おっと。……あぶないなー。(棒)」
会場の時が止まった。
抑揚ゼロ。感情ゼロ。
完全に「カンペを読んでいるだけ」の声だった。
実際、ヴォルカンの持っている巨大な斧の裏側には、びっしりとセリフが書かれた紙が貼られているのが、ここからでも見える。
「……くっ、やるなー。……さすがは、なぞのせんしだー。(棒)」
ザワザワ……。
観客席から困惑の声が上がる。
「え? なにこれ?」「将軍、やる気ある?」
(マズい……! 大根すぎる!)
俺はインカムのスイッチを入れた。
『ヴォルカン! 感情を込めろ! 語尾を上げろ!』
だが、ヴォルカンにそんな余裕はない。
彼は必死に次のセリフを目で追っている。
その隙を、プロの暗殺者が見逃すはずがなかった。
「隙ありィィッ!」
キラー・マスクが、死角からヴォルカンの脇腹を突く。
そこには、俺たちが「適度に攻撃を受けるように」と指定した、鎧の隙間があった。
ブスリッ!!
鈍い音が響き、緑色の毒液が塗られた刃が、ドラゴンの強靭な肉体に突き刺さる。
「手応えあり! 『神殺しの毒』だ、3秒で全身が腐り落ちるぞ!」
暗殺者が勝利を確信して叫ぶ。
これは台本にはない。ガチの攻撃だ。
普通なら、ここでヴォルカンが激痛にのたうち回り、会場がパニックになるところだ。
しかし。
「…………」
ヴォルカンは、無言で棒立ちになっていた。
痛がらない。倒れない。
ただ、虚空を見つめて固まっている。
(――痛っ! ……あ、ここ、やられたフリをするシーンか。えっと、台本は……次のセリフはなんだっけ……?)
俺には聞こえる。彼の心の声が。
彼は毒のダメージよりも、「セリフを忘れた」という恐怖でフリーズしていたのだ!
だが、観客にはそれは伝わらない。
旗から見れば、「毒を受けても全く動じない無敵の巨人」にしか見えない。
暗殺者が狼狽える。
「な、なぜだ!? なぜ倒れない!? 致死量のはずだぞ!」
ヴォルカンは答えない(思い出せないから)。
このままでは、ただの「放送事故」だ。無言の時間が長すぎる。
(くそっ! やるしかない!)
俺は実況席の下で指を動かした。
スキル発動――【幻聴付与】。
俺の声を加工し、ヴォルカンの口元から発せられたように見せかけて、会場全体に響かせる!
『グオオオオォォォッ!!』
突然、スピーカーが割れんばかりの絶叫が響き渡った。
野太く、苦痛と怒りに満ちた、迫真の演技ボイスだ。
『な、なんという強烈な一撃だぁぁぁ! 貴様、ただ者ではないなァァァッ!!』
俺(裏声)が叫ぶ。
ヴォルカンの口は動いていない(パクパクしているだけ)。
だが、遠目の観客には「腹の底から声を絞り出している」ように見えたらしい。
「うおおおお!」「効いてるぞ!」「すごい声量だ!」
会場がドッと沸く。
暗殺者だけが、恐怖に顔を引きつらせていた。
「(ひぃぃッ!? なんだこいつ……声は苦しそうなのに、顔が真顔だ……! 毒が効いてないのか!? 化け物か!!)」
未知の恐怖に、暗殺者が後ずさる。
その時、ようやくヴォルカンの脳内検索がヒットした。
(――思い出した! ここは「怒りの反撃」だ!)
ヴォルカンがカッ目を見開く。
そして、毒のズキズキする痛みに、素でイラッとした感情を爆発させた。
「……ええい、面倒くせぇ!」
台本無視。
彼は斧を放り捨て、丸太のような右腕を振りかぶった。
「吹っ飛べぇぇぇぇッ!!」
ドゴォォォォン!!
剛腕ラリアットが、暗殺者の首元にクリーンヒットする。
演出ではない。ドラゴン族の本気の暴力だ。
「がはっ……!?」
暗殺者は、ゴムまりのように弾き飛ばされた。
リングロープを引きちぎり、空の彼方へと星になって消えていく。
「あ、ありえねぇぇぇぇ……!」
キラーン。
空の彼方で光が瞬く。
カーン! カーン! カーン!
終了のゴングが鳴り響く。
あまりに唐突な幕切れ。
だが、俺はすかさずマイクを掴んだ。
「しょ、勝負ありぃぃ!
見事な『逆転劇』でしたね! 毒を受けてからの怒りの一撃、計算された演出でした!」
俺が無理やりまとめると、エミリアも目を輝かせて拍手した。
「すごい! 最初の棒読みも、敵を油断させるための演技だったのね!
さすが将軍! プロ根性を感じたわ!」
会場は大歓声に包まれた。
「ヴォルカン! ヴォルカン!」のコールが起きる。
リングの上で、ヴォルカンが勝どきを上げる――ポーズを取りながら、小声でインカムに囁いてきた。
『……魔王様。脇腹が紫色に変色して、感覚がないんですが、これ演出ですか?』
『バカ者! それガチの猛毒だ!』
俺は机の下で、解毒班(ポーション部隊)に緊急出動のサインを送った。
『すぐに裏に引っ込め! 倒れるなら舞台裏で倒れろ!』
『了解……です……ガクッ』
ヴォルカンは、ファンの声援に手を振りながら退場し、通路の角を曲がった瞬間に白目をむいて倒れたらしい。
担架で運ばれていく彼を見送りながら、俺は額の汗を拭った。
(……なんとか誤魔化せたか。寿命が縮むわ)
「さあ、続いては第2試合です! どんどんいきましょう!」
シルフが明るく進行する。
支持率は62%まで回復した。
だが、俺の「アフレコ魔法」の魔力消費もバカにならない。
そして、次の試合の挑戦者は――さらにタチの悪い「爆弾魔」だった。
魔王アルスの胃痛と、アドリブ地獄の武闘会は、まだ始まったばかりである。




