第42話 脚本会議は「深夜アニメの制作現場」より修羅場 〜予算がないのでドラゴンのブレスはCG(幻影)で代用します〜
深夜3時。
魔王城、作戦会議室。
そこは今、魔界の命運を決める戦略拠点というよりは、納期直前の「ブラックな制作会社」の様相を呈していた。
「……魔王様。第3試合の『オーク対ゴブリン』ですが、尺が5分余ります」
広報大臣シルフが、目の下にクマを作りながらタブレットを突き出してくる。
彼女の周りには、空になったエナジードリンク(魔力回復薬・カフェイン増量)の瓶が散乱している。
「あー……。じゃあ、CM入れろ。CM」
俺――魔王アルスも、机に突っ伏したまま力なく答えた。
「カジノの宣伝と……あとはセレスティアのトマト農園のPR映像を流しておけ。スポンサーへの配慮だ」
「了解ですぅ。……あ、第5試合のワイバーン、出演キャンセルです。『急な発熱』だそうで」
「代役を立てろ! その辺の野良ドラゴンを捕まえてこい!」
怒号が飛び交う。
明日は「第一回・魔界天下一武闘会」の開催日。
しかし、これはガチの殺し合いではない。民衆を熱狂させ、支持率を稼ぐための「完全台本あり」のエンターテインメント・ショーだ。
つまり、俺たちが今作っているのは、作戦計画書ではない。
「脚本」と「香盤表」だ。
「……キツイ。世界を滅ぼすより、イベント運営の方が100倍キツイ」
俺は天井を仰いだ。
だが、ここで手を抜けば「グダグダな学芸会」になり、支持率は暴落する。
やるしかない。
「よし、次はメインキャストの打ち合わせだ。……入れ」
◇
会議室に入ってきたのは、出場選手として選抜された四天王の二人。
ヴォルカンとセレスティアだ。
「うむ! 待っていたぞ魔王! 俺の出番はまだか!」
ヴォルカンが元気よく(筋肉を見せつけながら)入ってくる。
対照的に、セレスティアは眠そうに目をこすっている。
「こんな夜更けに呼び出しなんて……お肌に悪いですわ」
「すまんな。だが、お前たちの演技がショーの成否を握っているんだ」
俺はホワイトボードに書き殴られた「対戦表」を指差した。
「いいか。お前たちの役割は『ヒール(悪役)』だ」
「圧倒的な強さで挑戦者を絶望させ、しかし最後は僅差で勝つ。あるいは、華麗に技を受けてみせる。……わかるな?」
「ぬ? なぜだ!?」
ヴォルカンが不満げに鼻を鳴らす。
「俺の拳なら、挑戦者など一撃でミンチにできるぞ! 初撃で消し炭にすれば早かろう!」
「それじゃ『塩試合』だと言ってるだろ!」
俺は机を叩いた。
「客が求めているのは『ドラマ』なんだよ! ピンチからの逆転、拮抗した攻防、そしてカタルシス! 一撃で終わったら尺が持たん!」
「むぅ……。戦いとは、かくも難しいものなのか……」
「それに、予算の問題もある」
隣で電卓を叩いていたリルが、冷徹に告げる。
「ヴォルカン将軍。貴方の『極大ブレス』ですが……本番での使用は禁止します」
「な、なんだとォォォッ!?」
ヴォルカンが絶叫する。
「ブレスはドラゴンの魂だぞ! それを封じてどうやって戦えというのだ!」
「使えば会場のセットが燃えます。修繕費の予算はもうありません」
「そ、そんな……」
「ですので、本番では『口パク』だけしてください」
「は?」
「貴方が口を大きく開けて『グオオオ』と構えたタイミングに合わせて、シルフが【幻影魔法(CG)】で炎のエフェクトを合成します。効果音もスピーカーから出しますので」
ヴォルカンが石化した。
最強のドラゴン将軍に、「口パクで火を吐くフリをしろ」と言う屈辱。
「……くっ、殺せ! いっそ俺を殺してくれ!」
「サウナ」
俺がボソッと言うと、ヴォルカンはピクリと反応した。
「……最新鋭の、マグマ・サウナ。ロウリュ付き」
「……やります。俺の演技力、とくとご覧に入れましょう」
チョロい。
筋肉は裏切らないが、サウナへの欲望も裏切らないようだ。
◇
その時。
シルフのスマホが、けたたましい着信音を鳴らした。
「あ、魔王ちゃん! マズい! 『緊急オファー』来ちゃった!」
「なんだ、今度はどこのクレーマーだ」
「いえ、もっとヤバいところです。……『勇者エミリア事務所』からです」
俺は椅子から転げ落ちそうになった。
シルフが空中にウィンドウを展開する。そこには、ハイテンションなエミリアのビデオメッセージが映し出されていた。
『やっほーアルス! 武闘会やるんだって? 水臭いなぁ、呼んでよ!』
画面の中のエミリアは、なぜか「プロレスのマスク」を被っていた。
『私も出る! 「スペシャル・シークレット・ゲスト(正体バレバレ)」として乱入枠を作って!
人間界のファンも巻き込んで、視聴率爆上げ間違いなしだよっ☆』
「……断れ。あいつが来たら台本が崩壊する」
俺は即答した。
だが、シルフが首を振る。
「でも魔王ちゃん、条件見てください」
『あ、もちろん私のチャンネルでの「独占生配信」が条件ね!
あと出演料として、カジノコイン10万枚よろしく!』
「……金取るのかよ!!」
俺は頭を抱えた。
正義の味方とは思えないビジネスライクな提案。
こいつ、美味しいところだけ持っていく気満々だ。
「ですが魔王様……」
リルが眼鏡を光らせる。
「勇者が出れば、人間界からの注目度は桁違いになります。支持率回復の切り札としては、これ以上のものはありません。それに、テロリストへの強烈な牽制にもなります」
「……毒を食らわば皿まで、か」
俺は重い溜息をついた。
ハイリスク・ハイリターン。だが、今の俺には支持率が必要だ。
「……採用だ。ただし、『台本』は厳守させろ。アドリブで城を壊したら、出演料から天引きすると伝えろ」
◇
夜が白み始めた頃。
俺は最後の仕事――「決勝戦」の脚本を書き上げていた。
「よし……できた」
俺は書き上げた原稿をリルに見せる。
決勝カードは、【魔王アルス vs 謎の反乱軍リーダー(想定)】。
1.序盤、敵の卑怯な攻撃(隠し武器など)で魔王がピンチに陥る。
2.民衆から自然発生的に「魔王コール」が巻き起こる。
3.声援を受けた魔王が復活。最後は慈愛に満ちた「愛と平和の拳」で制裁する。
リルが原稿を読み、微妙な顔をする。
「魔王様、これ……」
「どうだ? 完璧だろ?」
「……少々、臭すぎませんか? 『愛と平和の拳』って……昭和の特撮ヒーローでも言いませんよ?」
「ベタでいいんだよ! 大衆はベタな展開(王道)にこそ涙するんだ!」
俺は徹夜テンションで力説した。
睡眠不足で羞恥心が麻痺している。今の俺には、これがシェイクスピアも裸足で逃げ出す名作に見えているのだ。
「……わかりました。魔王様がそこまで仰るなら」
リルは呆れつつも、印刷魔法で台本を複製し始めた。
「よし、印刷! 製本! 全スタッフに配布!」
朝日が差し込む会議室。
俺たちはボロボロになりながらも、達成感に包まれていた。
「勝てる……。この完璧な脚本があれば、どんなテロリストが来ようとも、俺たちの掌の上だ!」
俺は確信していた。
このイベントは成功する。支持率は回復し、再び平穏な日々が戻ってくるはずだ。
――しかし。
俺は忘れていた。
「事実は小説よりも奇なり」という言葉を。
そして、反乱軍の連中が、「台本なんて読む気がない(ガチ勢)」であることを。
彼らは今頃、懐に「神殺しの猛毒」や「自爆魔法石」といった、放送コードに引っかかる凶器を忍ばせて、会場へと向かっているのだった。
【現在支持率:58.0%(大会への期待感で下げ止まり)】
【完成した台本:厚さ5センチ】
【魔王の睡眠時間:0】




