第38話 グランドオープン! 最初の客は「招かれざる客」 〜未来予知 vs 現実改変ポーカー〜
魔界カジノ・ラスベガス。
そこは今、魔界で最も熱く、最も欲望が渦巻く場所となっていた。
「赤! 赤! よっしゃあああ!」
「ジャックポットだ! 鐘を鳴らせぇぇ!」
煌びやかな魔法ネオンの下、人間界の貴族や大富豪たちが、湯水のように金を落としていく。
バニーガール(サキュバス)が運ぶ高級酒が飛ぶように売れ、スロットマシンの回転音が絶え間なく響く。
VIPルームを見下ろす支配人室で、俺――魔王アルスは、積み上がる売上報告書を見て震えていた。
「す、すごい……。開始3時間で、今月の目標利益を達成だと……?」
「はい。人間たちの『非日常への餓え』は凄まじいですわ」
隣で電卓を叩くリルも、口元が緩んでいる。
「これなら、借金返済どころか……全職員への『特別ボーナス』も出せますね」
「よし! これで俺の老後資金も安泰だ! 平和万歳!」
俺がガッツポーズを決めた、その時だった。
バンッ!
支配人室のドアが開き、フロアマネージャーの上級悪魔が転がり込んできた。顔面蒼白だ。
「ま、魔王様! 大変です!」
「なんだ、チップが足りなくなったか?」
「いえ、逆です! 客に……『チップを奪い尽くされそう』なのです!」
「は?」
マネージャーは震える指で、VIPルームのモニターを指差した。
「あのお客様……『絶対に負けない』のです。すでに金庫の3割を持っていかれました」
モニターに映っていたのは、恰幅の良い人間の大富豪だった。
最高級のシルクハットに、金モール付きのコート。
彼はルーレットの前に座り、チップの山を「赤」の一点に積み上げている。
コロコロ……カシャン。
ボールは吸い込まれるように「赤」に入る。
「また当たりだ! これで30連勝……ありえません!」
「イカサマか?」
「いえ、魔法的な干渉は一切検知されません。ただ……」
俺は目を細めた。
モニター越しでもわかる。
その男の背後に、ドス黒い靄――先日逃げられた「黒い霧」が揺らめいているのを。
「……なるほど。ただの客じゃないな」
俺は立ち上がり、タキシードの上着を羽織った。
「俺が出る。……これ以上、店の売上(俺のボーナス)を減らされてたまるか」
◇
VIPルーム。
そこは異様な空気に包まれていた。
他の客たちは遠巻きにし、テーブルには大富豪の男が一人、不敵な笑みを浮かべて座っている。
「おや。やっとオーナーのお出ましかな?」
男が顔を上げる。
その瞳の奥で、赤い光が明滅していた。完全に「憑かれている」。
「お客様。随分とツキがおありのようだ」
俺は営業スマイルを貼り付け、対面の席に座った。
「私が直々にお相手しましょう。……レート(賭け金)は無制限で構いませんか?」
「ククク……いいだろう。魔王よ、貴様から全てを奪ってやる」
男の声に、ノイズのような二重音声が混じる。
間違いない。先代魔王ガルドノヴァの配下だ。
目的は、このカジノを破産させ、魔王軍の経済基盤を崩壊させること。
「種目は何にする?」
「シンプルに行こう。『ワン・ハンド・ポーカー』。一発勝負だ」
俺はディーラー(サキュバス)に合図し、新しいトランプを開封させた。
シャッフルされるカード。
「賭けるものは?」
「私は、この場のチップ全て(数億ゴールド相当)を賭ける」
富豪はチップの山を押し出した。
そして、挑発的に俺を見る。
「貴様は……そうだな。『カジノの権利書』でも賭けてもらおうか?」
「……大きく出たな」
負ければ、魔王軍の財布を奪われる。
だが、俺は不敵に笑って頷いた。
「乗った(コール)。……配れ」
カードが配られる。
互いに5枚。
その瞬間、富豪の男が喉の奥で笑った。
「(……ククク。勝った)」
俺はスキル【深淵鑑定】で、男の状態をスキャンした。
そこに見えたのは、一つのスキル名。
【未来視】。
数秒先の未来を確定的に視る能力。
なるほど、だから負けないわけだ。ルーレットの目も、カードの並びも、彼には「過去の映像」を見るように見えているのだ。
富豪は手札を確認すらせず、全てのチップを中央に押し出した。
「オール・イン(全賭け)だ」
周囲の客がどよめく。
富豪は確信していた。
自分の手札には、既に4枚の「10、J、Q、K」が揃っている。
そして、次に配られる(交換する)カードが「スペードのエース」である未来が見えている。
最強の役、ロイヤル・ストレート・フラッシュの完成だ。
「受けて立つかね? 魔王」
「……いいだろう。私もオール・インだ」
俺もまた、カジノの権利書をテーブルに置いた。
富豪がカードを1枚交換する。
俺はカード交換なし(スタンド)。
「勝負だ!」
富豪が叫び、カードを叩きつけるようにオープンしようとする。
その手には、確かに「スペードのエース」が握られている……はずだった。
「(未来予知か……。厄介な能力だ)」
俺は心の中で呟く。
普通にやれば、絶対に勝てない。
だが。
「(ここは俺の城、俺のテリトリーだ。……物理法則ごとハウスルールに従ってもらおうか)」
俺はテーブルの下で、指を弾いた。
スキル発動――【物質変換】。
魔力をミクロの単位まで圧縮し、対象の原子配列を直接書き換える。
干渉対象は、富豪が今まさにめくろうとしているカードの「インク」。
「ロイヤル・ストレート・フラッシュだぁぁぁッ!!」
富豪が勝利の確信と共にカードを表にする。
10、J、Q、K。
そして、最後の一枚は――
「…………は?」
富豪の声が裏返った。
そこに描かれていたのは、スペードのエースではなかった。
マジックで描いたような、下手くそな手書きの『2(クラブ)』だった。
「な、なんだこれは!? さっきまでエースが見えていたはずだ!」
「見えていた? 幻覚でも見たんじゃないか?」
俺は冷ややかに告げる。
「残念だったな。役なし(ブタ)だ」
「ば、馬鹿な! 私の予知は絶対だ! 貴様、すり替えたな!?」
「すり替え? 誰も触れていないぞ。カメラ判定してもいい」
俺は肩をすくめた。
すり替えてなどいない。
ただ、カードの表面のインクを、予知された未来から、現在進行系で『2』に書き換えただけだ。
「未来が見えていたそうだが……残念だったな」
俺は自分のカードをオープンする。
「お前が見ていたのは『変更前の古いデータ』だ。
俺は、『今この瞬間(現在)』を書き換えたんだよ」
俺の手札は――ジョーカーを含めた、ファイブ・カード。
カジノ最強の役だ。
「勝者、魔王アルス!!」
ディーラーの声が響き、チップの山が俺の元へと移動してくる。
「うおおおお!」「すげええ!」「あの無敵の男が負けたぞ!」
「イカサマを見抜いて逆転したのか!?」
観客が熱狂する。
富豪は、信じられないものを見る目で自分の手を見た。
「ありえん……! あの御方の力が……金ごときに負けるなど……!」
その時。
富豪の口が大きく開き、中から「黒い霧」が噴き出した。
『おのれ……! 覚えていろアルス……!』
霧は天井を突き破り、空調ダクトへと逃げ込んでいく。
「逃がしたか……。だが、尻尾は掴んだ」
俺は、チップの山(売上)を確保しながら、逃げていく霧を睨みつけた。
カジノの利益は守られた。
だが、これは宣戦布告だ。
「あ、あれ? 私、なんでこんな大金を?」
正気に戻った富豪が、キョロキョロしている。
俺はニッコリと笑って、ポケットティッシュ(カジノロゴ入り)を渡した。
「お客様、素晴らしい勝負でした。これは記念品です」
「は、はあ……」
「チップは頂きますがね。……またのご来店をお待ちしております」
俺は彼を丁重に送り出し、リルに目配せをした。
「……追うぞ、リル。あの霧が向かった先が、敵の本拠地だ」
「はい。……地下深層、ですね」
煌びやかなカジノの光の裏で、物語は核心へと動き出す。
俺のボーナスを脅かす黒幕を、絶対に許しはしない。
【現在国庫:大幅黒字(カジノ大成功)】
【第2章の黒幕:確定(先代魔王)】
【獲得スキル:絶対勝利(物理的イカサマ)】




