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第35話 野党の重鎮、スケルトン長老との討論バトル 〜その反対意見、カルシウム不足ではありませんか?〜

 魔王城、大会議事堂。

 床下からの奇襲侵入により、なんとか定刻に間に合った俺たちは、そのまま泥だらけのスーツで議席に着いた。


 カーン!


 俺が木槌を鳴らすと、議場は水を打ったように静まり返った……わけではない。

 むしろ、保守派の議員たちからのブーイングの嵐だ。


「卑怯だぞ魔王!」

「床下から現れるなど、品位のかけらもない!」


「黙りたまえ。品位で飯は食えん」


 俺は冷徹に言い放ち、本日のメインイベントである「論戦」を開始した。

 物理的な壁は突破した。だが、ここからが本番だ。

 法案を通すには、過半数の賛成が必要。そして、反対派のボスを論破(あるいは懐柔)しなければならない。


「異議あり!」


 野党席の最前列から、重々しい声が響いた。

 立ち上がったのは、豪奢な法衣をまとった骸骨――スケルトン長老だ。

 魔界歴800年。生き字引と呼ばれる大賢者であり、保守派の精神的支柱。

 彼はコツコツと杖をつきながら、演壇に立った。


「魔王アルスよ。カジノ解禁など、愚の骨頂じゃ」


 長老の眼窩の奥で、赤い鬼火が揺らめく。


「賭博は、魔族の魂を腐らせる。汗水流して働く尊さを忘れ、一時の快楽に溺れる……。そんなものが魔界に溢れれば、治安は悪化し、青少年の育成に多大なる悪影響が出る!」

「金のために未来を捨てる気か! 恥を知れ!」


「「「そうだそうだ!」」」


 野党席から拍手が起こる。

 ……痛い。

 何が痛いって、彼の言っていることが「正論」だからだ。

 実際、勇者エミリアは廃人寸前までいったし、依存症のリスクは否定できない。


(くっ、さすが800年生きてるだけはある。道徳を持ち出されると弱い……!)


 中立派の議員たちも、「確かに長老の言う通りだ……」「子供の教育によくないな」と頷き始めている。

 このまま採決を取れば、否決される可能性が高い。


(正面から論破するのは無理だ。……なら、搦手からめてで行くしかない)


 俺は木槌を鳴らした。


「……議論が煮詰まったようだな。10分間の休憩とする」


          ◇


 休憩時間。

 俺は速攻で席を立ち、長老が向かった「喫煙所」へと先回りした。

 スケルトンに肺はないが、彼は生前の癖でパイプを燻らすのを好むのだ。


「……ふぅ」


 紫煙をくゆらせる長老の背中に、俺は声をかけた。


「やあ長老。相変わらず弁が立つな」


「ふん。若造め」


 長老は振り返りもせず鼻を鳴らした(鼻はないが)。


「わしを言いくるめようとしても無駄じゃよ。わしの意志はミスリルより硬い。カジノなどという不浄なもの、わしの目の黒いうちは認めん(目はないが)」


「そう固いことを言うな。……ところで長老」


 俺は世間話のように切り出した。


曾孫ひまごさんの『リトル・ボーン』君、今年から魔界小学校に入学だそうだな?」


 ピクリ。

 長老のパイプを持つ手が止まった。


「……なぜそれを? プライベートな情報は非公開のはずじゃが」


「可愛い盛りだろう? ランドセル(甲羅製)はもう買ったのか?」


「む、むぅ……。まあな。あやつは目元がわしに似て賢そうじゃろ? ほれ」


 長老は懐から魔導写真を取り出し、小さな骸骨の写真を自慢げに見せてきた。

 デレデレである。


「だが……聞いたぞ。最近の公立小学校は予算不足で、校舎の耐震補強もままならないとか」


「……うむ。嘆かわしいことじゃ」


「さらに、深刻なのは給食だ。予算削減のあおりを受けて、今月から『給食の牛乳』が廃止されたそうだな?」


 ガタッ。

 長老の骨が震えた。


「な、なんじゃと……!?」


「知らなかったのか? 成長期のスケルトンにとって、カルシウムは命綱だ。牛乳がなくなれば、リトル・ボーン君の骨はスカスカになり、ちょっと転んだだけで粉砕骨折……なんてことにもなりかねん」


「そ、そんな……! わしの可愛い曾孫が、骨粗鬆症に……!?」


 長老が頭(頭蓋骨)を抱える。

 ここだ。ここが攻め時だ。


 俺は懐から、一枚の書類――「裏予算案」を取り出した。


「長老。もしカジノ法案が通れば、その莫大な税収の20%を、特別枠として『教育・福祉』に回すことができる」


「……なに?」


「具体的には、全公立学校の校舎建て替え。そして給食には、人間界から直輸入した『特濃プレミアム・カルシウム牛乳(乳脂肪分4.5%)』を、毎日一本つけることを約束しよう」


「と、特濃……!?」


 長老の眼窩の赤い光が、カッ! と激しく明滅した。

 骨にとっての牛乳は、人間にとっての不老不死の薬にも等しい。


「法案を廃案にして、曾孫の骨を脆くするか」

「法案を通して、曾孫をオリハルコンのように頑丈なギガ・スケルトンに育てるか」


 俺は長老の耳元(穴)で囁いた。


「……選ぶのは貴殿だ。魔界の未来(孫)を守れるのは、貴殿の一票だけだぞ」


 長老の顎が、カタカタと音を立てて震える。

 道徳か、カルシウムか。

 800年の叡智と、曾孫への溺愛がせめぎ合う。


「……くっ、魔王め。わしの最大の弱点(孫)を的確に突きおって……!」


 長老はパイプをへし折った。


「わかった。……取引に応じよう」


          ◇


 休憩明け。

 再び演壇に立った長老を、野党議員たちは期待の眼差しで見つめていた。


「長老! さあ、トドメの一撃を!」

「若造魔王に、年亀の甲羅より厚い正論を!」


 長老は重々しく咳払いをし、宣言した。


「……熟考した結果。わしは、カジノ法案に『賛成』する!」


「「「はぁぁぁぁぁぁ!?」」」


 議場がどよめきで揺れた。

 野党議員たちが椅子から転げ落ちる。


「ちょ、長老!? 何を言っているのですか! 風紀は! 道徳は!」


「黙らっしゃい!」


 長老が杖で床を叩く。


「確かに賭博は悪かもしれん! ……じゃがな! カルシウム不足はもっと悪なのじゃよ!!」


「は?」


「これからの魔界を背負う子供たちの骨を守るため、大人が多少の泥をかぶる……。それこそが真の『道徳』ではないか!」


 長老は涙ながらに(涙腺はないが)力説した。


「若者の新しい挑戦を見守るのも、老人の役目じゃよ(キリッ)」


「裏切り者ーーーッ!!」

「さっきと言ってることが違うぞーー!」

「その骨、犬に食わせてやるーー!」


 野党の怒号が飛ぶが、時すでに遅し。

 最大派閥の長老が寝返ったことで、中立派も雪崩を打って賛成に回った。


 カーン!


 俺はすかさず木槌を叩いた。


「採決終了! 賛成多数により、魔界IR法案は可決された!」


 ――勝った。

 俺は議長席で、心の中でガッツポーズをした。

 これでカジノは合法化され、収益は国庫に入る。破産は免れた!


(ふぅ……。政治とは、正論をぶつけ合うことじゃない。互いの『欲しいもの』を交換することだ)


 俺は安堵のため息をつき、リルの持ってきた胃薬を飲んだ。

 長老はと言えば、早速スマホを取り出し、「おーい、リトル・ボーンや。じいちゃんが牛乳をたくさん送ってやるからな〜」とテレビ電話をしている。

 ……まあ、結果オーライだ。


 こうして、魔界に新たな金脈が生まれた。

 魔都は建設ラッシュに沸き、景気は上向いていく。


 ――だが。

 俺たちは気づいていなかった。

 その建設現場の影で、不穏な「黒い霧」が蔓延し始めていることに。


「……魔王様」


 建設予定地の現場監督を務めるオークの目が、怪しく赤く光ったのを、俺は見逃していた。


【現在支持率:60.0%(議会運営の手腕を評価)】

【法案成立:カジノ建設開始】

【次回予告:労災か、それとも呪いか?】

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