第34話 議会紛糾! 保守派議員の「物理フィリバスター」 〜絶対防壁を「床下」から攻略せよ〜
魔王城の敷地内にある、大会議事堂。
ここは魔界の法律や予算を決める神聖な場所であり、魔王といえども議会の承認なしに独裁は許されない――というのが、この国の建前だ。
その神聖な議事堂の正門前で、俺は呆然と立ち尽くしていた。
「……なんだ、あれは」
目の前には、半透明の巨大なドーム状の「壁」がそびえ立っていた。
議事堂の入り口を完全に封鎖している。
「ぬんっ!!」
隣でヴォルカン将軍が、丸太のような腕で壁を殴りつけた。
バヂィィィッ!!
凄まじい火花が散り、ヴォルカンが「熱っ! 硬っ!」と手を振る。
「無駄です、ヴォルカン様」
リルが冷静にタブレットを操作しながら解説する。
「あれは古代魔法『絶対拒絶結界』。物理、魔法、精神干渉、あらゆる外部アクセスを遮断する、引きこもり専用の最強魔法です」
「引きこもりて……」
そして、その結界の内側に陣取っているのは、豪奢な椅子に座り、優雅に茶を飲んでいる老人たちだった。
石像の翼を持つガーゴイル男爵。
全身包帯のミイラ公爵。
そして、古参の悪魔貴族たち。
彼らは「魔界貴族院」の保守派議員たちだ。
手にはプラカードを持っている。
『カジノ反対!』
『魔界の風紀を守れ!』
『若造魔王に国は任せられん!』
「……ピケ張り(通せんぼ)かよ」
俺は頭を抱えた。
今日は、カジノ運営を合法化するための「IR法案」の採決日だ。
正午までに本会議を開き、過半数の賛成を得なければ、法案は廃案となる。
そうなれば、カジノの収益は没収。国庫は破産し、俺の給料も消える。
「おい! そこを退け! 議論の場にすら立たないとは卑怯だぞ!」
俺は拡声魔法で叫んだ。
結界の中の老人――保守派代表のガーゴイル男爵が、鼻で笑うのが見えた。
「ふん! 退くものか! 我々はテコでも動かんぞ!」
彼らの体表が灰色に変わっていく。種族スキル【石化】だ。
文字通り、物理的に「石」になって座り込んでいる。
「これぞ『物理的議事進行妨害』!
我々はここから一歩も動かん! 貴様らが諦めるか、正午の鐘が鳴るまでな!」
「くっ……厄介な!」
「魔王様、俺がブレスで焼き払いましょうか? 最大出力ならあるいは……」
ヴォルカンが喉を鳴らす。
「バカ! それが奴らの狙いだ!」
俺は慌てて止めた。
「議員には『不逮捕特権』と『身体の不可侵』がある。もし俺たちが力ずくで結界を壊し、彼らに傷一つでも負わせれば……」
「……『魔王による議会への暴力』として弾劾裁判にかけられ、支持率は地に落ちるでしょうね」
リルが冷たく補足する。
手出し無用。しかし、放置すれば時間切れ。
完璧な詰み盤面だ。
◇
刻一刻と時間が過ぎる。
現在時刻、11時45分。
あと15分で正午だ。
議事堂の周りにはマスコミ(シルフの配信ドローン)や野次馬が集まり、「魔王様、どうするんだ?」「このままじゃ廃案だぞ」と囁き合っている。
(クソッ……! 奴らは俺の足を引っ張るためだけに、全魔力を防御に回している!)
(正面突破は不可能。説得も不可能。……なら、どうする?)
俺は焦りの中で、結界の構造を観察した。
半球状のドーム。地面に半円を描くように設置されている。
地面との接地面は、魔力で溶接されたように隙間がない。
「……待てよ」
俺の脳裏に、ある発想が閃いた。
半球。つまり、上は完璧だ。横も完璧だ。
だが――「下」はどうだ?
「ゴブ三郎!」
「は、はいっ!」
俺は控えていた厚労大臣を呼びつけた。彼は元・現場監督だ。
「議事堂の設計図はあるか? 特に、地下の配管ルートと基礎構造を知りたい」
「ありますけど……まさか?」
ゴブ三郎が俺の意図を察し、ニヤリと笑った。
「魔王様、アンタまさか……『モグラ』になる気ですか?」
「人聞きが悪いな。……『地下視察』だ」
俺は改革派の議員たち(ゴブリンや若手悪魔)を手招きした。
「全員、ついてこい。……スーツが汚れるのを気にするなよ?」
◇
議事堂から少し離れた庭園。
その茂みに隠れたマンホールの蓋を、俺たちは開けた。
「うっ……狭いな」
俺は高級なスーツのまま、地下の下水道へと降り立った。
かつて第4話で掃除した場所だ。ピカピカで助かった。
「現在地はここです。議事堂の真下まで、あと50メートル」
ゴブ三郎が図面を広げる。
しかし、そこには分厚い岩盤とコンクリートの基礎がある。
「普通に掘れば振動でバレます。それに、時間がない」
「問題ない。俺を誰だと思っている」
俺は右手を岩盤に当てた。
世界を滅ぼすための魔力を、極限まで細く、静かに練り上げる。
スキル発動――【土魔法・静音掘削】 + 【物質透過】。
ズズズズズ……。
岩盤が、まるで水飴のように左右に分かれていく。
音もしない。振動もない。
ただ、人間一人が通れるだけのトンネルが、猛スピードで開通していく。
(……虚しい! 俺の最強魔力を、こんな土木工事に使うなんて!)
だが、今はこれしかない。
俺たちは泥まみれになりながら、暗闇の中を匍匐前進で進んだ。
「魔王様、頭上に配管あり! 右に迂回!」
「了解!」
最強の魔王と大臣たちが、地面の下を這いずり回る。
この姿を国民に見られたら、威厳もへったくれもない。
だが、不思議と嫌ではなかった。
泥臭く、汗をかいて、理不尽に立ち向かう。……これこそが「仕事」だ。
「……到着しました。真上は『大会議室』の床下です」
ゴブ三郎がGPS(魔導コンパス)を見て告げた。
時計を見る。
11時58分。ギリギリだ。
「よし。……行くぞ」
◇
結界の内部、議事堂の入り口ホール。
保守派の議員たちは、勝利を確信して茶をすすっていた。
「ふふふ。あと2分で正午だ」
「若造め、諦めて帰ったようだな」
「伝統の勝利だ。カジノなどという下品なものは……」
彼らは円卓を囲み、談笑していた。
その時。
カチャリ。
微かな音が、足元から聞こえた。
「ん?」
ガーゴイル男爵が下を向く。
彼が座っている椅子の下の床タイルが、不自然に浮き上がっていた。
「な、なんだ……?」
次の瞬間。
タイルがスッと横にスライドし、暗闇の中から「ぬっ」と――泥だらけの男が顔を出した。
魔王アルスだ。
「――おはよう諸君。席、空いてるか?」
「!!??」
老人たちの目が飛び出る。
悲鳴を上げる間もなく、床のあちこちからタイルが外れ、ゴブ三郎や改革派の議員たちが「失礼しまーす」と次々に這い出してきた。
「な、なな、貴様ら!? どこから……!?」
「結界は完璧だったはず!?」
パニックになる保守派を他所に、俺は服についた土埃をパンパンと払った。
「結界は完璧だったよ。……『地上』はな」
俺はニヤリと笑った。
「だが、基礎工事が甘かったようだ。地面の下までは結界を張っていなかったようだな?」
「ひ、卑怯だぞ! 魔王が床下から侵入など……!」
「卑怯? 『裏口入学』ならぬ『裏口入室』だ。……さて」
俺は懐中時計を見た。
秒針が、ちょうど12時を指す。
ゴーン、ゴーン、ゴーン……。
正午の鐘が鳴り響く。
俺は悠然と歩き、議長席に座った。
そして、木槌を手に取り、高らかに打ち鳴らす。
カーン!!
「定刻だ。これより、本会議を始める」
俺は、呆然とする老人たちを見下ろし、不敵に告げた。
「さあ、議論の時間だぞ、老害ども。
……たっぷりと『審議』してやろうじゃないか」
最大の物理障壁は突破した。
ここからは、言葉と論理の殴り合いだ。
【現在支持率:57.0%(↑UP!)】
【評価:柔軟な対応力(と泥臭さ)】
【クリーニング代:経費で落とします】




