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第32話 ダンジョンは「狩り場」ではなく「テーマパーク」だ 〜ミノタウロスに「笑顔の練習」をさせたら子供が泣いた件〜

 魔都から少し離れた山岳地帯。

 そこに、魔界で最も古い歴史を持つ第一国営ダンジョン『嘆きの洞窟』がある。


 かつては数多の冒険者を葬ってきた難攻不落の迷宮。

 だが、作業服(ヘルメット着用)姿で視察に訪れた俺の感想は、たった一言だった。


「……暗い。汚い。臭い」


 俺はハンカチで鼻を覆った。

 照明はほとんどなく、足元はヘドロで滑る。壁には正体不明の粘液が垂れ、換気設備がないため空気が澱んでいる。

 いわゆる、典型的な「3K(きつい・汚い・危険)職場」だ。


「これじゃあ、客(冒険者)は来ないよ」


 俺がダメ出しをすると、案内役のダンジョン管理長――巨体のミノタウロスが、不満げに鼻息を荒げた。


「ブモォ? 何をおっしゃいます、魔王様。ダンジョンとは恐怖を与える場所。不潔で陰湿であるほど、人間どもは恐れおののくのです!」


「それが古いと言っているんだ」


 俺は懐中電灯(魔道具)で骸骨の山を照らした。


「今のトレンドは『映え』と『適度なスリル』だ。こんなジメジメした場所、女子高生冒険者が寄り付くと思うか? インスタ(魔界版)に上げても『閲覧注意』扱いで終わりだぞ」


「じょ、女子高生……? なぜ我々が、そんな軟弱な層に配慮せねばならんのですか! 我々のターゲットは歴戦の勇者でしょうが!」


「ターゲット層が狭すぎる!」


 俺はビシッと言い放った。


「いいか。ガチ勢(勇者)なんてのは全体の1%もいない。金を持っているのは、圧倒的大多数のライト層だ。

 彼らが週末に『ちょっと冒険行こうぜ』と気軽に立ち寄れる場所。……それが、これからのダンジョンには求められているんだ!」


          ◇


 俺は即座に、ダンジョン改装計画――プロジェクト名『ドリーム・ラビリンス化計画』を発動した。


 まず手をつけたのは、ハード面の改善だ。


1.照明のLED化

 暗くて足元が見えない通路に、自生する「光ゴケ」を品種改良した「高輝度ヒカリゴケ」を等間隔に配置。

 フットライト完備で、転倒事故(労災)を防止する。


2.水回りのリフォーム

 「冒険中にトイレに行きたくなったらどうするの?」という永遠の課題を解決するため、各階層のセーフティエリアに「公衆トイレ」を設置。

 もちろん、スライム式浄化槽による水洗式だ。ウォシュレットも完備予定。


3.フードコートの設置

 中ボス部屋の手前に、屋台村を作った。

 メニューは「地獄ラーメン(激辛)」や「暗黒タピオカドリンク」。冒険の合間に糖分補給ができる。


 次々と運び込まれる資材を見て、ミノタウロスが震えている。


「ま、魔王様……これでは、ただの観光地ではないですか……! 魔物のプライドはどうなるのです!」


「プライドで飯が食えるか。……ここからはソフト面、つまり『意識改革』だ」


 俺は、ダンジョンに勤務する全モンスターを集めて朝礼を行った。

 スケルトン、スライム、ゴブリン、そしてふてくされたミノタウロス。


「よく聞け。本日より、人間に遭遇しても『殺す』のは禁止とする」


 ザワザワ……!

 モンスターたちが動揺する。


「その代わり、『殺しそうになる』のは推奨する。ギリギリまで追い詰め、恐怖させ、しかし最後は『あと一歩で勝てそうだったのに!』と思わせて逃がすのだ」


「な、なぜですか!? 逃がしたら経験値が入らないじゃないですか!」


「バカ者。殺してしまえば、そいつは二度と金を落とさない」


 俺は黒板に図を描いた。


【殺害=客単価:所持金のみ(1回限り)】

【敗走=客単価:入場料 + 回復アイテム代 + リベンジ代(無限)】


「生かして帰せば、彼らは『次は勝てる!』と信じて、装備を整えてまた来る。そのたびに入場料を払う。……これを『農耕型経営(リピーター戦略)』と呼ぶ!」


 モンスターたちがゴクリと唾を飲む。


「つまり、貴様らの仕事は『殺戮』ではない。『お客様(冒険者)に、命がけのスリルという非日常を提供する接客業』なのだ!」


「せ、接客……!?」


 ミノタウロスが斧を取り落とした。


「俺は……誇り高き牛頭の戦士だぞ……! 人間に向かって『いらっしゃいませ』なんて言えるかァァァ!」


「ふっ……浅いな、牛よ」


 俺は不敵に笑う。


「斧で首を刎ねるのは、一瞬の快楽に過ぎん。だが、満面の笑みで人間を迎え入れ、油断させ、財布の紐を緩めさせ、骨の髄まで金をしゃぶり尽くす……。

 これこそが、肉体的な死よりも深い、『経済的支配』ではないか?」


「ッ……!!」


 ミノタウロスの目に、雷に打たれたような衝撃が走った。


「ぶ、武力で殺すのは二流……。経済的に搾取し、飼い殺しにするのが一流……!

 な、なるほど……! なんと悪魔的で、残酷な所業……!」


「わかればいい。さあ、練習だ。鏡の前で笑ってみろ」


 ミノタウロスは、巨大な体を鏡に向けた。

 引きつった顔筋。充血した目。巨大な牙。


「い、いらっさ……いませぇ……(ニチャア)」


「ヒィッ!?」


 近くにいた掃除係のゴブリン(子供)が、あまりの恐怖に泣き出した。

 笑っているはずなのに、どう見ても「今からお前を喰うぞ」という捕食者の顔だ。


「……まあ、いいか。『キモカワ』枠で売れるかもしれない」


 俺はGOサインを出した。


          ◇


 数日後。

 リニューアルオープンした『嘆きの洞窟(改め、ドリーム・ラビリンス)』に、最初の冒険者パーティが入った。

 俺たちが雇ったサクラではなく、一般の冒険者だ。


 俺たちはモニター室で様子を伺う。


「うわっ、なんだここ! 明るい!」

「おい見ろよ、トイレがあるぞ! しかも水洗だ!」

「マジか! 俺、ダンジョンで野○ソするの嫌だったんだよなぁ!」


 つかみは上々だ。清潔なトイレは、文明人の心を掴む最強の武器である。

 そして、第1層のボス部屋。

 そこには、蝶ネクタイをつけたミノタウロスが待っていた。


「ブモォ……。ヨウコソ……ボウケンシャ、サマ……(満面の笑み)」


「うわあああああああ!!!」


 冒険者たちが悲鳴を上げる。


「なんだあの顔! 笑ってる!? 逆に怖い!!」

「目が笑ってない! 絶対に殺すマンの目だ!」

「逃げろ! ……あれ? でも襲ってこないぞ?」


 恐怖と困惑。

 しかし、ミノタウロスはマニュアル通り、適度に斧を振り回し、適度に攻撃を食らい、最後は「グオォォ! 惜しい、あと少しだったのにィ!」と叫んでわざと道を空けた。


 命からがら脱出した冒険者たちは、出口で興奮気味に語り合っていた。


「いやー、怖かったけど面白かったな!」

「あのミノタウロスの笑顔、夢に出そうだけど……なんかクセになるわ」

「また行こうぜ! 次は勝てる気がする!」


 ――大成功だ。

 SNSには『魔王軍のダンジョンが快適すぎる件』『ミノタウロスの接客が神対応(物理的に怖い)』という口コミが溢れた。


「やりましたね、魔王様!」


 リルが興奮して報告してくる。


「入場者数、前月比500%アップです! ミノタウロスとのツーショット撮影会も予約殺到です!」


「ブモォ! 俺は今、戦場ホールのアイドルだ!」


 ミノタウロスもまんざらでもなさそうだ。


 だが。

 俺は収益レポートを見ながら、眉をひそめていた。


「……足りない」


「えっ?」


「入場料と飲食代だけじゃ、この巨額の借金(修理費)を返すのに100年かかる」


 薄利多売の限界だ。

 もっと、短期間で、爆発的に金を巻き上げるシステムが必要だ。

 冒険者が、理性を失って全財産を突っ込みたくなるような、悪魔の集金システムが。


 俺の脳裏に、前世で給料の大半を吸い取られた「あの邪悪な文明」がフラッシュバックする。


「……リル。宝箱の仕様を変更するぞ」


「は?」


「ダンジョンの宝箱から、直接アイテムが出るのを廃止しろ。代わりに『魔石トークン』をドロップさせるんだ」


「はぁ。それで?」


「その魔石10個で、出口にある『ランダム宝箱ガチャ』を一回引けるようにする」


 俺はニヤリと笑った。


「中身は9割がゴミ(薬草)。だが、0.1%の確率で『SSR(勇者の直筆サイン入りブロマイド)』が出るように設定しろ」


 リルが戦慄する。


「魔王様……。それは、剣や魔法よりも恐ろしい……人の心の弱みにつけ込む『毒』ではありませんか?」


「その通りだ。さあ、実装を急げ。人間どもを『廃課金沼』に沈めてやる!」


 次週、魔界にソシャゲの闇が降り注ぐ。


【現在国庫:微増(リフォーム代でまだ赤字)】

【ミノタウロスのスマイル:0プライスレス

【次回予告:ガチャは悪い文明】

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