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第31話 勇者は去った、借金(修繕費)は残った 〜国家財政再建のカギは「インバウンド需要」にあり〜

 魔王城、仮設執務室。

 かつて豪華絢爛だった「玉座の間」は天井の大穴により封鎖され、俺たちは現在、窓もない地下倉庫を臨時のオフィスとして使っていた。


「……はぁ」


 俺――第13代魔王アルスは、パイプ椅子(キギ、と音がする)に座り、深く重いため息をついた。

 机の上に積み上がっているのは、世界を救った英雄へのファンレターではない。

 請求書の山だ。


「読み上げます」


 秘書官のリルが、感情の死んだ声で淡々と告げる。


「特注強化ガラスの緊急発注費、5億ゴールド。

 ヴォルカン将軍がへし折った柱の修復費、3億。

 演出用花火の火薬代、1億。

 勇者一行への接待費(カジノコイン・飲食代)、1億。

 その他、労組へのポテチ配給費、残業手当、おにぎりの米代……」


「もういい、やめてくれ」


 俺は手で制した。胃が痛い。昨日飲んだ「世界樹の胃薬」の効果がもう切れてきた。


「締めて、今年度国家予算の300%の赤字です」


「300%……。会社なら即倒産だぞ」


 勇者エミリアとの「接待防衛戦」は、確かに大成功だった。

 支持率は過去最高の68%を記録し、人間界との通商条約も結べた。

 だが、その代償として、魔王軍の金庫キャッシュは消滅したのだ。


『ピロリン♪』


 視界の端に、無慈悲なシステム警告が表示される。


【警告:国庫残高が危険水域です】

【あと30日で「債務不履行デフォルト」が発生します】

【※公務員の給与が未払いになると、支持率が暴落し、革命イベントが発生します】


「金で死ぬのかよ……! 勇者のビームを素手で止めたのに、借金で死ぬのかよ!」


 俺が頭を抱えていると、倉庫のドアが乱暴に蹴破られた。


「魔王様! どうなっておりますの!?」


 入ってきたのは、財務大臣のセレスティアだ。

 普段は優雅な彼女が、今は髪を振り乱し、鬼の形相で詰め寄ってくる。


「私の屋敷に届くはずの『プレミアム・トマトジュース定期便』が届きませんわ! 配送業者に問い合わせたら、『引き落としができませんでした』と言われましてよ!?」


「……すまん。口座が空なんだ」


「なんですって!?」


 セレスティアが悲鳴を上げる。

 彼女にとって、あのトマトジュースは美貌と魔力を維持する生命線だ。それが絶たれることは、死を意味する。


「な、なんとかしなさいませ! このままでは私の肌がカサカサになってしまいますわ!」


「そうは言ってもな……。無い袖は振れない」


「でしたら増税です! あの薄汚いゴブリンどもから、なけなしの金を搾り取るのです! 『空気税』でも『生存税』でも作りなさい!」


 セレスティアが極論を叫ぶ。

 典型的な悪徳貴族の発想だ。


「ダメだ。今の彼らはギリギリの生活だ。これ以上税を上げれば、一揆(暴動)が起きて俺の首が飛ぶ」


「でしたら、人間界を襲いましょう! せっかく国境が開いたのです、手近な街を略奪すれば……」


「それもダメだ。条約を結んだばかりだし、そんなことをすればエミリアが飛んでくる。今度こそ城が更地になるぞ」


「じゃあどうすればいいんですの! 座して干からびろとおっしゃいますの!?」


 セレスティアが泣き崩れる。

 内需(増税)もダメ、外征(略奪)もダメ。

 八方塞がりだ。


(……金が必要だ。それも、一過性の略奪ではなく、継続的に入ってくる太い収入源が)


 俺は請求書の山から目を逸らし、机の隅に置かれた「水晶玉」を見た。

 そこには、勇者エミリアが残していった配信アーカイブが再生されている。


『魔王城、超すごかったよ〜! 料理も美味しいし、黒騎士さんもイケメンだし!』


 その動画に流れる、無数のコメント。


『いいなー、行ってみたい』

『魔界って怖そうだけど、動画見る限り楽しそう』

『黒騎士グッズないの? 通販希望』

『聖地巡礼したい』


「…………これだ」


 俺の脳内で、電球がピカッと光った。

 前世の知識。

 資源のない国が、外貨を獲得するための最強の手段。


「金はあるところから取ればいい。……人間どもからな」


「えっ? ですから略奪は……」


「違う。略奪なんて野蛮で効率の悪いことはしない」


 俺は立ち上がり、ホワイトボードにマジックで大きく書き殴った。


観光立国インバウンド


「は? ……かんこう、ですか?」


「そうだ。今、人間たちは勇者の配信を見て、魔界に興味津々だ。彼らを『客』として招き入れるんだ」


 俺は熱弁を振るう。


「入場料を取り、グッズを売り、飯を食わせ、宿泊させる。剣ではなく『財布』を狙い撃ちにするんだ!」

「人間は『非日常』を求めて金を払う。我々にとっての日常ダンジョンやモンスターは、彼らにとって極上のエンターテインメントだ!」


 セレスティアがハッとする。


「人間を……客に? 殺さずに、生かしたまま金を吐き出させる……?」


 彼女の計算高い目が、チャリンチャリンと音を立てて回転し始めた。


「略奪は一度きりですが、商売なら何度でも搾り取れますわね……。それに、彼らが自分から喜んで金を置いていくなら、軍事費もかかりませんわ」


「その通りだ。これを『平和的な搾取』と呼ぶ」


「……なんと悪魔的で効率的な発想! さすが魔王様ですわ!」


 セレスティアが感嘆の声を上げる。

 リルも眼鏡を光らせて頷いた。


「確かに。試算してみましたが、入場料と物販だけで、現在の税収の10倍は見込めます」


「よし、善は急げだ。具体的なプランを立てるぞ」


 俺はホワイトボードに次々と案を書き込んでいく。


1.国営ダンジョンの「テーマパーク化」

 →「殺されるかもしれない恐怖」ではなく、「スリル」を提供する安全な迷宮への改装。


2.リベラル派の悲願「カジノ」の合法化

 →富裕層の人間をターゲットにした、高単価な集金システム。


3.グッズ開発と通販サイトの開設

 →「先代魔王饅頭」や「黒騎士抱き枕カバー」の販売。


「これを実現するための法案を、次回の議会に提出する」


 俺はペンを走らせ、法案のタイトルを書いた。


『特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律(通称:魔界IR法案)』


「……反対する『保守派』のジジイどもも多いだろうが、通さなければ明日はない!」


 俺は書類に、魔王の「決裁印」を力強く叩き押した。

 バンッ!!


「稼ぐぞ。俺たちのボーナスと、トマトジュースのために!」


「ついていきますわ、魔王様スポンサー! 人間どもの財布を軽くしてやりましょう!」


 セレスティアがやる気満々でドレスの袖をまくる。

 こうして、魔界の歴史を塗り替える一大プロジェクトが始動した。


 だが、俺はまだ知らなかった。

 「ダンジョンを安全にする」という改革が、現場のモンスターたちにとってどれほどの屈辱(マナー研修)を強いることになるかを。


【現在国庫残高:風前の灯火(あと30日で破綻)】

【目標:観光客数100万人】

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