第28話 ラストバトル開幕。魔王アルス、名優となる 〜その聖剣、マッサージ棒より効かんな〜
魔王城、玉座の間。
天井の高さは30メートル。深紅の絨毯が敷き詰められ、壁には歴代魔王の肖像画が並ぶ、威圧感たっぷりの空間だ。
その最奥で、俺――魔王アルスは、玉座から優雅に立ち上がった。
(……足が痺れた。着替えRTAの反動か)
内心で悲鳴を上げつつ、表面上は不敵な笑みを崩さない。
目の前には、聖剣を構えた勇者エミリア。
その瞳は、怒りに燃えている。
「覚悟しなさい魔王! 黒騎士さんの仇、ここで討たせてもらうわ!」
「ククク……よくぞ来た、勇者よ。だが、ここが貴様の墓場となるだろう(カンペ棒読み)」
俺は視界の隅に表示した「悪役セリフ集」を読み上げながら、マントをバサリと翻した。
さあ、開演だ。
世界中の視聴者が見守る中、最高の「プロレス」を見せてやる!
「問答無用ッ!」
エミリアがいきなり動いた。
聖剣の切っ先から、閃光のようなビームが放たれる。
挨拶代わりのジャブだ。
(おっと、速いな。……だが、避けるのも大人げないか。ここは「王の余裕」を見せて受け止める!)
俺は一歩も動かず、片手で払う仕草をした。
ビームが俺の体に直撃する。
パシュン。
……え?
気の抜けた音がして、ビームは俺の皮膚から数センチ浮いた場所で、線香花火のように儚く消滅した。
俺のオートスキル【自動防御障壁】が、勇者の攻撃を「そよ風」レベルだと判断して、最低出力で無効化してしまったのだ。
「…………」
静寂。
エミリアがポカンとしている。
空中のコメント欄が凍りつく。
『え? 今当たった?』
『魔王、ノーダメじゃん』
『勇者ちゃん、火力不足では?』
『これ無理ゲーだろ。解散』
(マズい!! 塩試合(つまらない試合)判定された!!)
俺は冷や汗をかいた。
強すぎるのも考えものだ。視聴者が求めているのは「一方的な虐殺」ではなく「手に汗握る攻防」なのだから!
『魔王様! 何涼しい顔で防いでるんですか!』
インカムから、リルのお叱りが飛んでくる。
『「効いてるフリ」をしてください! 苦悶の表情! よろめく動作! 視聴者が冷めます!』
(無茶言うな! 蚊に刺されたより痛くないんだぞ!? どうリアクションしろと!?)
だが、リルの言う通りだ。
俺はすぐに「演技プラン」を修正した。
「くっ、硬い……! でも、これなら!」
エミリアが肉薄する。
連続斬撃。
キン! キン! キン!
聖剣が俺の障壁を叩くたびに、硬質な音が響く。
もちろん、俺には衝撃ひとつ伝わっていない。マッサージ機の方がまだ振動があるレベルだ。
だが、俺はタイミングを計った。
三撃目。右から左への薙ぎ払い。
(よし、ここだ!)
俺は剣が当たるのと同時に、自らの脚力でバックステップを踏み、わざと体勢を崩して床を転がった。
「ぐ、ぐわぁぁぁぁ! な、なんて重い一撃だぁぁぁ!」
ズザザザッ!
無駄に派手に転がり、マントで顔を隠して苦しげな声を上げる。
「魔王様、声が嘘くさいです。もっと腹から出してください」
リルのダメ出しがキツイ。うるさい、これが精一杯だ!
だが、エミリアには効果てきめんだった。
彼女の目が輝く。
「(手応えなかったけど……)やった! 通じてる! 私の剣が、魔王を切り裂いているわ!」
「おのれ勇者……! 小癪な真似を……!」
俺はよろよろと立ち上がる(演技)。
コメント欄が息を吹き返す。
『おお! 入った!』
『勇者いけるぞ!』
『魔王も結構ギリギリじゃんw』
(ふぅ……危なかった。だが、まだ絵面が地味だ)
俺はプロデューサーとしての視点で戦況を分析した。
エミリアの剣技は美しいが、エフェクトが足りない。
予算不足の深夜アニメみたいだ。もっとこう、劇場版のような迫力が欲しい。
その時、エミリアが大きく剣を振りかぶった。
「いくわよ! 必殺! 『スターライト・ブレイカー』!」
聖剣から星屑のような光の刃が飛んでくる。
……うん、綺麗だけど、威力が弱そうだ。あれじゃ障壁に当たっても「パリン」で終わってしまう。
(ダメだ! これじゃサムネ映えしない!)
(勇者の技が「手持ち花火」なら、俺がそこにガソリンを撒いて「ナパーム弾」に見せてやる!)
俺は防御の構えを取りつつ、足元でこっそりと術式を組んだ。
隠し魔法――【幻影爆破】。
殺傷能力ゼロ。ただ「爆音」と「閃光」と「黒煙」を撒き散らすだけの、特撮用魔法だ。
「受けてみよ!!」
光の刃が俺に着弾した、その瞬間。
俺は魔法を発動させた。
ドォォォォォォォンッ!!!!!
城全体が揺れるほどの大爆発。
紅蓮の炎と黒煙が巻き上がり、俺の姿を完全に飲み込んだ。
「えっ!?」
撃った本人であるエミリアが、あまりの威力(見た目)にのけぞる。
もうもうと立ち込める煙。
その中から、俺は自分の服を少し破り、髪を乱して、ゆらりと姿を現した。
「ゴホッ……! み、見事だ……。この私が、膝をつくとは……」
口元から血(トマトケチャップ入りカプセル)を垂らす。
完璧だ。
我ながらアカデミー賞モノの名演技。
『うおおおおおお!』
『すげええええ! 神作画きた!』
『勇者ちゃんマジ最強!』
『魔王ついにダウンか!?』
同接数がカウンターを回し、ついに15万人を突破した。
スパチャの雨が降る。
大成功だ。このまま「激闘の末、魔王が僅差で敗れる(あるいは逃げる)」というシナリオに持ち込めば、すべてが丸く収まる。
――だが。
ここで一つの誤算が生じた。
エミリアが、調子に乗りすぎたのだ。
「……いける! 今日の私、絶好調かも!」
彼女の脳内でドーパミンが溢れ出す。
高評価、称賛のコメント、増え続ける視聴者数。
承認欲求モンスターの彼女にとって、それは最強の「バフ」であり、同時に理性を飛ばす「毒」でもあった。
「みんな、ありがと! もっとイイモノ、見たいよね?」
エミリアがカメラに向かってウインクする。
嫌な予感がした。
「いっちゃおうかな……『禁断の奥義』!」
彼女が聖剣を逆手に持ち、自らの左手に刃を当てる。
そして、聖剣が禍々しい赤色に発光し始めた。
「なっ……!?」
俺は目を見開いた。
あれは、勇者のHP(寿命)を削って放つ、ガチの自爆特攻技じゃないか!
『魔王様! アレはマズいです!』
リルの悲鳴がインカムから響く。
『エネルギー係数が測定不能! 直撃すれば城が半壊、避ければ勇者の寿命が尽きて死にます! 完全に放送事故です!』
(バカ野郎! 接待プレイで客が死んだら店の責任になるだろ!)
俺は演技をかなぐり捨てた。
「やられ役」の仮面を外し、本気の「魔王(管理者)」の顔になる。
「ま、待て勇者よ! 貴様の力は十分わかった! それ以上は……!」
俺は手を伸ばして制止しようとする。
だが、トランス状態に入ったエミリアには届かない。
「問答無用! 全てを貫け! 『ファイナル・ギガ・ブレイク』!!」
極太の赤いレーザーが、俺の顔面めがけて放たれた。
それは演出ではない。
触れたものを原子レベルで崩壊させる、本物の「死の光」だ。
「くっ……!」
避ければ、後ろにある玉座と、その先の城下町が消える。
受け止めれば、加減を間違えて勇者を殺してしまうかもしれない。
(……やるしかない。最高難易度の「あやとり」を!)
俺は迫りくる破滅の光に向かって、素手を突き出した。
【現在支持率:58.0%(魔王のピンチに国民が熱狂中)】
【状況:シナリオ崩壊(アドリブへ移行)】




