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第27話 玉座の間へ。黒騎士の「名誉ある死(リタイア)」 〜着替え完了まで残り45秒〜

 魔王城、最深部。

 足音だけが響く、長く、広い廊下。

 床には深紅の絨毯が敷かれ、その先には、天井まで届くほどの巨大な「最後の扉」がそびえ立っている。


 あそこが、魔王の玉座。

 俺――アルスの、本来の職場だ。


「いよいよだね……」


 勇者エミリアが、ゴクリと唾を飲み込む。

 配信用のカメラも、緊張感を煽るようにブレている。

 コメント欄も『ラスボス戦キター!』『緊張してきた』と盛り上がっている。


 だが、一番緊張しているのは俺だ。


(……やばい。ここまで来てしまった)


 俺は「黒騎士」の仮面の下で、冷や汗を流していた。

 このまま進めば、玉座には「誰もいない」ことがバレる。

 そうなれば、「魔王は逃げた」と拡散され、支持率は暴落、俺は社会的に死ぬ。


(ここで黒騎士は退場リタイアし、俺は魔王として玉座に座っていなきゃならない)

(つまり……ここから先は、「早着替えRTAリアルタイムアタック」だ!)


 俺は立ち止まり、鋭い声を上げた。


「……待て、勇者よ」


「えっ? どうしたの?」


「殺気だ。……魔王のどす黒い殺気を感じる。何かが来るぞ!」


 俺は天井を見上げた。

 もちろん、殺気などない。

 あるのは、俺がたった今、無詠唱で天井に設置した【土魔法・崩落】のトリガーだけだ。


「危ないッ!!」


 俺は叫ぶと同時に、魔法を発動させた。


 ズゴゴゴゴゴ……ッ!!


 轟音と共に、廊下の天井が崩落した。

 巨大な岩石が、俺とエミリアたちの間を分断するように降り注ぐ。


「きゃあっ!?」


 エミリアたちが後方へ飛び退く。

 俺は――逃げなかった。あえて瓦礫の下敷きになる位置に留まる。


「ぐっ……! 罠か……!」


 ドガァァァン!!


 土煙が舞い上がり、通路が岩で完全に塞がれた。

 俺は瓦礫の隙間で、結界を使って身を守りつつ、「挟まれたフリ」をする。


「黒騎士さん!?」


 岩の向こうから、エミリアの悲鳴が聞こえる。


「いけない! 今助けるわ!」


 ガガガッ!

 エミリアが聖剣で岩を砕こうとする音がする。

 やめろ! 助けられたら着替えられない!


「来るなッ!!」


 俺は声を張り上げた。

 悲壮感を漂わせ、喉から血が出るほどの迫真の演技で。


「こ、これは魔王の結界だ……! 触れれば君たちも巻き込まれる!」

「ここは私に任せて、君は先に行け!」


「嫌よ! あなたを置いていけない!」


 エミリアが泣き叫ぶ。

 なんていい子なんだ。でも、今はその優しさが一番の邪魔だ!


「行ってくれ! ……頼む、行ってくれぇぇぇ!」


 俺の本音(早く行ってくれないと間に合わない)が、悲痛な叫びとして響く。


「君には、やるべきことがあるはずだ。……世界を救うという使命が!」

「私の屍を越えていけ! 振り返るな、勇者エミリア!」


『うわああああん! 黒騎士ーーッ!』

『ここで退場かよ……泣いた』

『神脚本だわ』

『死亡フラグ回収早すぎんだろ!』


 コメント欄が涙の嵐になる。

 エミリアは数秒の沈黙の後、涙を拭って頷いた気配がした。


「……わかった。あなたの犠牲、無駄にしない!」

「魔王……! よくも私の大切な仲間(コラボ相手)を!!」


 ダッ、ダッ、ダッ……。

 足音が遠ざかっていく。彼女たちは、玉座の扉へと向かった。


          ◇


「……ふぅ。行ったか」


 足音が聞こえなくなった瞬間、俺は瓦礫を重力魔法で軽々と吹き飛ばした。

 埃を払い、姿勢を正す。

 感傷に浸っている暇はない。ここからが本当の戦いだ。


「リル! 時間は!?」


「スタンバイ完了しています!」


 物陰から、秘書官リルが飛び出してきた。

 その手にはストップウォッチと、魔王の衣装、そしてメイク道具一式。

 彼女の目は、F1のピットクルーのように真剣だ。


「エミリアたちが『封印の扉(解錠に時間がかかるやつ)』を開けて中に入ってくるまで、およそ45秒です! 急いで!」


「やるぞ!」


 【残り時間:45秒】


 俺はスキル【装着解除】を発動。

 ガシャンッ!

 黒騎士の鎧が弾け飛び、下着姿になる。


洗浄クリーン!」


 リルが生活魔法を放つ。俺の体についた汗と埃が一瞬で浄化される。


 【残り時間:35秒】


「腕を通して!」


 リルが差し出した「魔王のローブ(最高級シルク製)」に袖を通す。

 ボタンを留める暇はない。魔法で留める。

 マントを羽織る。


 【残り時間:25秒】


「顔、作ります!」


 リルが俺の顔にパフを叩きつける。

 黒騎士の兜で蒸れた肌を隠し、目の周りに「威厳が出るシャドウ」を入れ、髪をワックスで逆立てる。

 角を磨く。ツヤを出す。


「よし、イケメンです!」


 【残り時間:15秒】


「転移!」


 俺とリルは、壁一枚隔てた向こう側――「玉座の間」へとショートワープする。

 着地。

 玉座の前。


 【残り時間:10秒】


 俺は玉座に深々と腰掛けた。

 足を組む。

 右肘をつき、気だるげに頬杖をつく。

 左手には、サイドテーブルにあったワイングラス(中身は100%ぶどうジュース)を持つ。


「呼吸を整えて! 心拍数下げて! ……はい、表情筋を緩めて『余裕の笑み』!」


 リルの指示が飛ぶ。

 俺は必死に荒い息を抑え込み、ラスボスの顔を作った。


「……完璧です、魔王様」


 リルが親指を立て、物陰(黒子用のスペース)へと隠れる。


 【残り時間:0秒】


 ギギギギギギ……ッ!


 重厚な扉が、悲鳴のような音を立てて開いた。

 逆光の中、聖剣を構えた勇者エミリアが飛び込んでくる。


「魔王アルスッ!!」


 彼女の目は真っ赤に充血し、怒りと悲しみで潤んでいる。


「よくも……よくも黒騎士さんを!」


(よし! 完全に「魔王の仕業」だと思ってる! 作戦成功だ!)


 俺は内心でガッツポーズを決めつつ、表面上は冷酷な笑みを浮かべた。

 グラスを軽く揺らす。


「……ククク。ようこそ勇者よ」


 喉がカラカラだが、頑張って低音ボイスを出す。


「余興(黒騎士いじめ)は楽しんでもらえたかな? あの程度の雑魚、崩落の瓦礫一つで潰れるとはな。期待外れもいいところだ」


 自分の悪口を自分で言うのは、地味に心が痛む。

 だが、このヘイト(敵対心)こそが、最高のバトルのスパイスになる。


「許さない……! 絶対に許さない!」


 エミリアの全身から、凄まじい魔力が立ち上る。

 本気の殺意。

 配信のコメント欄も『魔王許すまじ』『黒騎士の敵討ちだ!』一色に染まっている。


 俺はグラスを置き、ゆっくりと立ち上がった。

 マントをバサリと翻す。


「いい目だ。……さあ、かかってくるがいい!」


(お手柔らかに頼むぞ……!)


 こうして、世界中の視聴者が見守る中、魔王と勇者のラストバトル(という名の世紀の茶番)の幕が上がった。


【現在支持率:56.0%(黒騎士への同情票が魔王への関心に転化)】

【着替えタイム:44.8秒(新記録)】

【魔王のHP(精神):疲労困憊】

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