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第25話 魔王城でキャンプ! 焚き火を囲んで 〜勇者の悩みは「世界平和」より「再生数」でした〜

 魔王城・深層エリアへと続く長い回廊。

 窓の外は完全に夜の闇に包まれていた。


「ふあぁ……。じゃあ、今日はこの辺でキャンプしよっか」


 勇者エミリアが、配信用の魔導カメラに向かって手を振る。


「みんな、今日も長時間見てくれてありがと!

 明日はついに魔王との決戦だよ! 絶対に見逃さないでね! おやすみ〜☆」


 プツン。

 配信終了の魔法が解除され、カメラの光が消える。


 その瞬間だった。


「――はぁぁぁぁ〜〜〜〜……。しっんど」


 エミリアから、「勇者」としての覇気が完全に消え失せた。

 彼女は重たそうに聖剣を壁に立てかけ、ドサッとその場に座り込む。

 髪を縛っていたリボンを解き、ガシガシと頭をかく。


「肩凝ったぁ……。笑顔キープするのマジで顔の筋肉攣るんですけど」

「魔法使いちゃん、メイク落とし貸して。肌が呼吸できてない感じするわ」


 そこにいるのは、世界を救う聖女ではない。

 残業を終えて帰宅し、ジャージに着替えた瞬間のOLそのものだった。


「……切り替えが早いな」


 俺――黒騎士アルスは、仮面の下で苦笑した。


「ん? ああ、黒騎士さんは仮面付けっぱなしで平気なの? 蒸れない?」


「武人にとって、鎧は皮膚も同然だ(脱ぐと正体がバレるからな)」


 俺は適当にごまかしつつ、彼女たちの寝床の準備を見守る。

 彼女たちが広げようとしているのは、冒険者用の薄っぺらい寝袋だ。

 床は冷たい石畳。隙間風も吹く。


(……いくら敵とはいえ、こんな硬い床で寝かせるわけにはいかないな)

(万が一風邪でも引かれて「体調不良で決戦延期」なんてことになったら、俺のスケジュールが崩壊する)


 俺はアイテムボックスを開いた。


「……これを使え」


 俺が取り出したのは、魔界の最高級魔獣「フェンリル・シルク」で作られた極厚の毛皮マットと、自動温度調節機能付きのダウンブランケット。

 さらに、安眠効果のあるアロマキャンドルも添える。


「えっ……?」


 エミリアが目を丸くする。


「なにこれ、すっごい手触り……! 王宮のベッドよりフカフカじゃない!」

「黒騎士さん、何者? もしかして執事か何かなの?」


「た、旅の備えだ。戦士には休息が必要だからな」


 俺は動揺を隠してそっぽを向く。

 少々、サービスしすぎただろうか。


          ◇


 焚き火(魔法による無煙火)を囲んでの夕食タイム。

 俺が提供したのは、人間界から密輸した「カップ麺(シーフード味)」だ。


 ズズズッ……。

 静かな廊下に、麺をすする音が響く。


「ん〜、染みるぅ……。ジャンクな味って、疲れた時に最高よね」


 エミリアが汁まで飲み干し、幸福そうに息を吐く。

 その横顔を見ながら、俺はなんとなく尋ねてみた。


「……勇者稼業も、楽ではないようだな」


 すると、エミリアは焚き火を見つめたまま、ポツリと言った。


「楽なわけないじゃない。……みんな勝手なことばっかり言うんだもん」


 彼女は膝を抱える。


「『勇者なんだから清廉潔白でいろ』とか、『期待してるぞ』とか。

 王様なんて最悪よ。支援金を出してくれるのはいいけど、その代わりに『今月の視聴率が低いぞ』とか『もっと派手な魔法を使え』とか、数字のことばっかり」


「……」


「私が命がけで戦ってても、コメント欄で『飽きた』とか『オワコン』とか書かれると……時々、全部投げ出したくなるの」


 その言葉は、魔王アルスの胸に痛いほど刺さった。


 わかる。痛いほどわかる。

 俺もそうだ。

 支持率という数字に追われ、四天王という部下に突き上げられ、国民の期待という重圧に押しつぶされそうになっている。


 俺たちは、敵同士だ。

 けれど、その本質は同じ。

 「世界」という巨大なシステムの中で、期待と責任を背負わされた「中間管理職」同士なのだ。


(……頑張ってるんだな、こいつも)


 俺は懐から、携帯用ポットを取り出した。

 注ぐのは酒ではない。

 温めたミルクに、ハチミツをたっぷり溶かしたものだ。


「……飲みな。よく眠れる」


 カップを差し出す。

 エミリアは驚いたように顔を上げ、それから小さく笑って受け取った。


「ありがと。……黒騎士さんって、不思議ね」


 彼女はミルクを両手で包み込み、温かさを楽しむように一口飲んだ。


「魔族の城にいるのに、敵って感じがしない。なんだか……すごく安心する」


「……そうか」


「ねえ。私、魔王を倒したら……有給取っていいかな?」


 世界を救う英雄の口から出た言葉は、あまりに切実な願いだった。


 俺は、仮面の奥で優しく目を細めた。

 敵に対する言葉ではない。

 同じブラック環境で戦う、同僚への労いの言葉として。


「ああ。君はよくやっている。誰も見ていなくても、私が……いや、世界は知っているはずだ」

「たまには、カメラの前じゃない『ただのエミリア』に戻っても、世界は滅びたりしないさ」


「……ふふっ。何よそれ、キザなセリフ」


 エミリアは笑い、そして涙を拭うように目元をこすった。


「……ありがと。なんか、元気出た」


 彼女の体が傾く。

 抗えない睡魔が襲ってきたようだ。

 彼女は無防備に、俺の鎧の肩に頭を預けてきた。


「おやすみ……黒騎士、さん……」


 数秒後、安らかな寝息が聞こえてきた。

 秒で寝た。相当溜まっていたのだろう。


 俺は動けなくなった体で、焚き火の炎を見つめた。


(……こんな無防備な寝顔を見せられたら、戦いにくいじゃないか)


 罪悪感がチクリと胸を刺す。

 ごめんな。

 俺は、君が倒すべき魔王なんだ。

 明日は、全力で君を「騙して」、そして「満足」させて帰す。それが、俺にできる精一杯の誠意(接待)だ。


 俺はそっと毛布を掛け直し、朝まで番をすることにした。


          ◇


「おっはよーございまーす! 勇者エミリアだよっ☆」


 翌朝。

 カメラが回った瞬間、彼女は完璧なアイドル勇者に戻っていた。

 昨夜の弱音も、涙も、微塵も感じさせない。

 プロだ。


「よく眠れたし、肌の調子も最高!

 さあ黒騎士さん、今日もガンガン稼ぐわよ! 目指せ同接20万!」


「……ああ。付き合おう」


 俺は苦笑しながら立ち上がった。

 たくましいな、こいつ。


 一行は、ついに魔王の待つ「玉座の間」……の手前、最後の難関エリアへと足を踏み入れた。

 そこには、強力な中ボスが待ち構えているはずだ。


 だが。

 俺の脳内に、ゴブ三郎からの緊急連絡(念話)が入る。


『あー、魔王様。すいません、トラブルです』

『中ボスの「キマイラ」なんですが……昨日の夜から待機してたせいで拘束時間が労働基準法の上限を超えました』

『なので、帰宅させました』


(……は?)


 俺の足が止まる。

 帰宅? ボスが?


『代わりの人員はいません。現在、ボス部屋はもぬけの殻です』


(ふっっっざけんなァァァァッ!!)


 俺は仮面の下で絶叫した。

 ボスがいないダンジョンなんて、詐欺だ。

 エミリアが「なんだ、誰もいないじゃん」とガッカリして、低評価を押す未来が見える。


(どうする!? 今から俺が着替えてボスをやるか!? 間に合わない!)


 最強の魔王の胃痛は、最終決戦を前にピークに達しようとしていた。


【現在支持率:56.0%(変化なし)】

【エミリアの好感度:信頼(もはや共犯者)】

【次回予告:ワンオペ魔王の自作自演バトル】

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