第24話 迷宮のパズルは「確定申告」より難しい 〜古代ルーン文字(税法)を解読せよ〜
吸血鬼の館を抜け、俺たちは魔王城のさらに深部へと進んでいた。
この先は、かつて先代魔王が「絶対に誰も通さない」という執念で作らせた、鉄壁のセキュリティ・エリアだ。
そして、その最大の障壁が、目の前にそびえ立っていた。
「……行き止まり?」
勇者エミリアが立ち止まる。
通路を塞ぐように鎮座しているのは、高さ10メートルはあろうかという巨大な「黒曜石の扉」。
取っ手も鍵穴もない。ただ、扉の表面に幾何学的な魔法陣が妖しく明滅しているだけだ。
「面倒くさいわね。壊しちゃえ!」
エミリアは考えるよりも先に動くタイプだ。
聖剣を構え、躊躇なく扉に叩きつける。
ガギィィィン!!
耳をつんざく金属音。しかし、扉には傷一つついていない。
逆に、エミリアの手が痺れて剣を取り落としそうになっている。
「いったぁー! なによこれ、硬すぎ!」
「無駄だ。その扉には『物理完全無効』の結界が施されている」
俺――黒騎士は、冷静に告げた。
内心では、(やめろ! その扉、特注品で修理費がバカにならないんだ!)と悲鳴を上げているが。
「力では開かん。これは『知恵の試練』だ」
俺が指差すと、扉の魔法陣が変形し、空中に光る文字を映し出した。
古代魔界語のルーン文字だ。
「読めるか? 魔法使い」
俺はパーティの頭脳担当である魔法使い(眼鏡っ子)に話を振った。
彼女は杖をかざし、真剣な顔で文字を解読し始める。
「……ええ、読めるわ。かなり古い方言だけど」
「なんて書いてあるの? 『我は汝を喰らうもの』とか?」
「いいえ。……えっと、読むわよ」
魔法使いは咳払いをし、厳かに読み上げた。
『問い。年収500万ゴールドのオーク族(勤続10年)が、配偶者(専業主婦)と子2人(16歳未満と19歳)を扶養する場合の、基礎控除および配偶者控除適用後の【課税所得】を求めよ』
「……は?」
エミリアがポカンと口を開けた。
視聴者コメントも止まった。
「続きがあるわ。『なお、オーク族は危険業務従事者とし、みなし残業代45時間分を含むものとする。また、昨年度の医療費控除は考慮しない』」
「なにそれぇぇぇぇ!?」
エミリアが絶叫した。
「なんでダンジョンで確定申告しなきゃいけないのよ! 夢がない! ファンタジーじゃない!」
『クソ問で草』
『これ税理士試験?』
『文系だから無理、詰んだ』
『誰か計算できるやつおる?』
コメント欄も阿鼻叫喚だ。
だが、俺だけは冷静だった。
(ああ……これ、第8代魔王が制定した『魔界税法』の条文だな。しかも一番ややこしい『特例措置』のやつ)
この扉は、かつて魔王が「脱税を防ぐため」に作った、魔界一セキュリティが高い(面倒くさい)ゲートだったのだ。
答えを間違えれば、即座に警報が鳴り、脱税容疑でゴーレム警備隊が飛んでくる仕様だ。
「無理よ! 私、計算とか苦手だもん! 全部マネージャーに任せてるし!」
エミリアが早々に放棄して、スマホで自撮りを始めた。
魔法使いも頭を抱えている。
「複雑すぎるわ……。オーク族の特別控除率は法改正で変わってるはずだし、そもそも『みなし残業』の計算式なんて魔法学校じゃ習わないわよ!」
万事休すか。
誰もがそう思った時、俺は静かに前に出た。
「……私がやろう」
「えっ、黒騎士さんわかるの? 剣士なのに?」
「武芸百般。計算も嗜みの一つだ(震え声)」
俺は扉の前に立つ。
深呼吸。
そして、スキルを発動させる。
(起動――【思考加速】、および【並列演算】!)
世界がスローモーションになる。
俺の脳内で、前世の経理スキルと、現世の魔王としての知識が融合する。
(まず、オーク族の基本給から算出。危険手当は非課税対象だ。ここを引く)
(配偶者控除は満額。子供は……16歳未満は扶養控除の対象外だが、19歳は特定扶養親族に該当するから控除額が増える!)
(さらに、勤続10年の退職金積立分を考慮すると……)
俺は指先を動かした。
空中に、光の数字を書き殴る。
外から見れば、黒騎士が目にも止まらぬ速さで「エア電卓」を叩いているように見えるだろう。
「すごい……。高速でルーン(数字)を構築しているわ! 一体どんな高等魔法を!?」
魔法使いが驚愕する。
いや、ただの暗算だ。
(社会保険料控除を引いて……ここだ!)
計算終了。所要時間、現実時間でわずか3秒。
俺は扉に向かって、正解を叩きつけた。
「答えは……『384万5000ゴールド』だ!!」
俺の声が響き渡る。
一瞬の静寂。
ピンポンパンポーン♪
どこか気の抜けた正解音が鳴り響き、扉の魔法陣が緑色に変わった。
ズズズズズ……と重い音を立てて、絶対防壁が開いていく。
「開いた……!?」
エミリアが飛び跳ねた。
「すごーい! 天才! さすが私のパートナー!」
彼女が抱きついてくる。
コメント欄も『人間電卓w』『黒騎士、何者?』『税理士騎士』と盛り上がっている。
俺は額の汗(冷や汗)を拭いながら、ふと職業病で呟いてしまった。
「しかし、この税率は酷いな。これじゃ中小モンスターは内部留保も作れない。……あとで改正案を出さないと」
「え? 改正? 今なんて?」
魔法使いが聞き咎める。
しまった。
「っ! ……い、いや! 『快晴』だなと! さあ進もう! 時間がない!」
俺は強引に話を切り上げ、扉の奥へと歩き出した。
危ない危ない。正体がバレるところだった。
扉の奥には、玉座の間へと続く長い回廊が伸びている。
しかし、難問(確定申告)で精神力を使いすぎたせいか、あるいは単に時間がかかりすぎたのか、窓の外はすでに夜の帳が下りていた。
「う〜ん、もう遅いね」
エミリアがあくびをする。
「この先はボス戦だし、コンディション整えたいから……今日はこの辺でキャンプしましょ!」
「は?」
俺は振り返った。
キャンプ? ここで?
魔王城の廊下で?
「え、いや、客室を用意させようか……?」
「ダメダメ! ダンジョン攻略中にベッドで寝るなんて雰囲気出ないじゃん!
ここで寝袋敷いて、焚き火して、『冒険者メシ』食べるのが映えるのよ!」
エミリアは楽しそうに、アイテムボックスから薪を取り出し始めた。
俺は頭を抱えた。
国宝級の床の上で焚き火をする気か。
(……防災センターが飛んでくるぞ)
だが、楽しそうな彼女を止める術はない。
俺は諦めて、せめて火が燃え移らないように、こっそりと床に耐熱魔法をかける準備を始めた。
【現在支持率:56.0%(変化なし)】
【黒騎士の称号:インテリ】
【次回予告:魔王城でグランピング?】




