第23話 吸血鬼の館と「映え」重視のティータイム 〜視聴者が求めているのは、血飛沫ではなく「尊さ」でした〜
カジノエリアを抜けた先に待っていたのは、重厚な鉄の扉だった。
扉には禍々しい赤い塗料で「鮮血の館」と書かれ、ドクロのレリーフが埋め込まれている。
「いよいよ第3エリアね……!」
勇者エミリアがゴクリと唾を飲み込む。
カジノでの大勝で懐は温かいが、ここは魔王城の深層部。
次に待ち受けるのは、血に飢えた吸血鬼か、それとも――。
「いくわよ、黒騎士さん。……開けるわ!」
ギギギギギ……。
錆びついた蝶番が悲鳴を上げ、扉がゆっくりと開く。
俺たちを待ち受けていたのは、鼻をつく血の臭い――ではなく。
「……あら、バラの香り?」
そこは、屋内とは思えないほど広大な「英国式庭園」だった。
咲き乱れる真紅の薔薇。
手入れの行き届いた芝生。
そして中央にある白いガゼボ(あずまや)では、金髪縦ロールの幼女が優雅にティーカップを傾けていた。
「お待ちしておりましたわ、勇者エミリア。……そして、(チラッ)黒騎士さん」
財務大臣セレスティアだ。
彼女は戦闘服ではなく、フリルたっぷりの最高級ドレスを着込み、完璧なメイクでキメている。
「な、なによここ……」
エミリアが呆気にとられる。
当然だ。殺し合いをする場所ではない。完全に「隠れ家カフェ」の雰囲気だ。
「かわいい……!」
次の瞬間、エミリアの目がハートになった。
聖剣を放り出し、スマホを取り出してパシャパシャと撮影を始める。
「すごい! 自然光の入り方が完璧! どこで撮っても映える!」
「ねえ、そこのロリ……じゃなくてお嬢様! 一緒に写真撮らない?」
「……あら。少しは話がわかるようですわね」
セレスティアが扇子で口元を隠し、ニッコリと微笑んだ。
「ようこそ、私の庭へ。野蛮な戦闘の前に、少し喉を潤していきませんこと?」
◇
数分後。
俺たちはガゼボの下で、優雅なティータイムを過ごしていた。
「おいしい! この赤いゼリー、なに!?」
「ふふ、人間界から取り寄せた『プレミアム・トマト』のコンポートですわ。血よりも健康的で、お肌にいいんですのよ」
「マジで!? 私、最近ダンジョン続きで肌荒れ気になってて~」
「まあ! でしたらこの『コウモリ印の美容液』をお勧めしますわ。抗酸化作用がすごくて……」
盛り上がっている。
勇者と魔王軍幹部が、完全に「女子会(ヌン活)」を楽しんでいる。
俺――黒騎士は、一歩引いた位置で給仕のフリをしながら、冷や汗を流していた。
(平和だ……平和すぎる……)
だが、この平和は長く続かない。
シルフから緊急の念話が入る。
『魔王様! コメント欄が荒れてます!』
空中に投影されたコメント欄を見る。
『は? 何やってんの? 戦えよ』
『馴れ合い乙』
『ヌルい。緊迫感なさすぎ。チャンネル変えるわ』
『俺たちが見たいのはバトルだ! 菓子食ってる動画じゃねえ!』
同接数がガクッと落ちる。
視聴者は残酷だ。彼らは「癒やし」ではなく「刺激」を求めてここに来ているのだ。
エミリアもそれに気づいたらしい。
スマホの画面を見て、笑顔が引きつる。
「(……チッ、わかってないわねアンチどもは。たまにはこういう回があってもいいじゃない)」
小声で毒づく勇者。
しかし、数字が命の彼女は、すぐに「勇者の顔」を作った。
「……ごちそうさま。美味しかったわ」
カチャリ、とカップを置く音が響く。
エミリアは立ち上がり、テーブルの下で聖剣の柄に手を掛けた。
「でも、視聴者のみんなは退屈みたい。……そろそろ、本番といきましょうか?」
殺気が膨れ上がる。
まずい。焦った彼女がここで暴れれば、この美しい庭園も、セレスティアのドレスも台無しになる。
そうなれば、セレスティアがブチ切れて本当の殺し合い(大惨事)になるぞ!
(止めなければ! だが、どうやって?)
俺は必死に考え、一つの結論に達した。
戦わせるな。「戦っているフリ(演出)」をさせるんだ!
俺はセレスティアの死角に素早く移動した。
エミリアからは見えない位置で、必死にジェスチャーを送る。
――両手を上げて『がおー』のポーズ(襲え)。
――手でバツ印(でも本気は出すな)。
――両手を広げてキラキラさせる(派手にやれ)。
セレスティアが、俺の奇行に気づく。
一瞬「何やってんですのこの魔王……」というゴミを見るような目をしたが、すぐに意図を察してくれた。
「(……はぁ。面倒くさいですわね。でも、トマトジュースの恩がありますし)」
彼女は優雅に立ち上がり、スカートの埃を払った。
「……ふふ。油断しましたわね、勇者よ? ティータイムは終わりですわ!」
セレスティアが指を鳴らす。
バササササッ!
無数の使い魔コウモリが霧のように出現し、エミリアを包み込む。
一見すると恐ろしい攻撃だ。
だが実際は、コウモリたちはエミリアに「甘噛み」すらせず、ただ周りを高速で飛び回っているだけだ。
「くっ、罠だったのね!?(嬉しそう)」
エミリアはここぞとばかりに聖剣を抜き、旋回する。
彼女もプロだ。「ピンチからの逆転」という美味しいシチュエーションを逃さない。
「聖なる光よ、闇を払え! 必殺『ライトニング・サークル(演出用・低出力)』!」
俺が裏でこっそり追加した【光魔法・拡散】と合わさり、派手な閃光が庭園を包む。
コウモリたちは「キィーッ(棒読み)」と鳴いて、傷つくことなく花びらのように散開した。
キラキラと光る粒子の中で、剣を構える美少女と、不敵に笑う吸血鬼。
その映像は、まるで映画のワンシーンのように美しかった。
『うおおおおおお!』
『作画神!』
『エフェクト綺麗すぎんだろ!』
『なにこれ尊い……』
『二人の顔がいい。推せる』
『これは神回』
コメント欄の手のひら返しが凄まじい。
低評価が高評価にひっくり返り、スパチャが乱れ飛ぶ。
「はぁ、はぁ……やるわね(満足)」
エミリアが剣を収め、髪をかき上げる。
「貴女もね。……今日のところは、この美しさに免じて見逃してあげますわ(ドヤ顔)」
セレスティアも扇子で顔を仰ぎながら、ウィンクを決める。
戦闘時間、わずか30秒。
被害総額、ゼロ(コウモリの餌代のみ)。
それでいて、視聴者の満足度は最高潮だ。
「ありがと! 今度また、プライベートで女子会しましょ!」
「ええ。次は新作のスイーツを用意しておきますわ」
エミリアは「次は本気で戦おうね(コラボしよね)!」と約束し、次のエリアへと向かっていった。
俺はその後ろ姿を見送りながら、深く深呼吸をした。
「……疲れた」
「全くですわ。私の庭で野暮な真似を……。アルス様、あとで特別手当を弾まないと、生き血を吸いますわよ?」
「わかってる。最高級のエステ券を用意するよ」
俺は散らかったコウモリたち(目が回っている)を回収しながら、次の胃薬を取り出した。
次はいよいよ、魔王城の心臓部へ至る最後の関門。
そこには、力ではなく「知恵」を試す、厄介な扉が待ち構えている。
【現在支持率:56.5%(微増)】
【エミリアとの関係:マブダチ(セレスティア公認)】
【視聴者の反応:てぇてぇ(尊い)】




