第22話 カジノエリアの罠(物理ではなく金銭的な意味で) 〜「出るまで回す」は破産への合言葉〜
魔王城・第3エリア。
重厚な扉を開けた先に広がっていたのは、ダンジョンとは思えない「不夜城」だった。
極彩色の魔法ネオンが煌めき、バニーガール姿のサキュバスたちが嬌声を上げ、スロットマシンの回転音とコインの落ちる音がBGMとして響き渡る。
「わぁ……! すごい! ここが噂の『魔界カジノ・ラスベガス』ね!」
勇者エミリアの目が、コインのように輝いた。
ここはリベラル派(商業組合)が運営する娯楽エリア。
冒険者から命ではなく「金」を奪う、魔王軍の貴重な外貨獲得源である。
「よーし! 決めたわ!」
エミリアはカメラに向かって、高らかに宣言した。
「今日の企画は変更! 『伝説のジャックポット(配当1万倍)が出るまで帰れません!』 スタート!」
『うおおおお!』
『勇者ちゃん、軍資金大丈夫?』
『破産RTAはじまた』
コメント欄が盛り上がる中、俺――黒騎士は、仮面の下で顔面蒼白になっていた。
(……やめろ。死ぬぞ)
俺は知っている。
今月のカジノは、修理費捻出のための「特別回収期間」だ。
全台の設定は、地獄の「設定1(絶対勝てないモード)」になっていることを。
◇
一時間後。
「……おかしいわね」
エミリアの笑顔が引きつり始めていた。
目の前に積まれていたタワーのようなコインは消滅し、今は財布から出した予備の金貨を投入している。
「確率的には……そろそろ収束するはずなのに……」
彼女が座っているのは、魔界最新鋭の魔導スロット『ミリオン・ゴブリン』。
レバーを叩く手に力が入りすぎて、台がミシミシと悲鳴を上げている。
『メシウマwww』
『沼ったな』
『顔が怖いよ勇者ちゃん』
『そろそろやめたら?』
「うるさい! 次で出るのよ! 次で!」
エミリアがカメラを睨みつける。
その目は血走り、完全に「深淵」を覗き込んでいた。
「みんな! スパチャ(投げ銭)して! 倍にして返すから! この回転に私の全てを賭けるの!」
借金をしてまで回し始めた。
もはや「世界を救う勇者」ではない。「確率という名の悪魔に魂を売った中毒者」の顔だ。
(……マズい)
俺は後ろで見守りながら、冷や汗を流していた。
このまま負け続ければどうなる?
彼女は間違いなく、「この店はイカサマだ!」と逆ギレする。
そして、「八百長カジノを粉砕する」という正義(言いがかり)を掲げ、物理的に店を破壊するだろう。
(カジノが壊されたら、来月の「魔界公務員ボーナス」が消える……!)
俺は決断した。
魔王の権限を使ってでも、彼女を勝たせなければならない。
「……すまない、勇者よ。少しトイレに行ってくる(棒読み)」
「あ、うん……(レバーを叩く音)」
俺は席を外し、通路の角を曲がった瞬間にスキルを発動した。
【超・高速移動】。
残像すら残さず、カジノの裏側にある「支配人室」へと飛び込む。
◇
「いらっしゃいませ……ヒッ、黒騎士様!?」
支配人(上級悪魔)が、椅子から転げ落ちた。
俺は仮面をずらし、魔王としての素顔を見せる。
「緊急事態だ。あの勇者の台、今すぐ設定を変えろ。『天国モード(大当たり確定)』にするんだ」
「ま、魔王様!? 何をおっしゃるのですか!」
支配人が泣きついた。
「あの勇者から搾り取れば、今月のノルマは達成できるんです! 大赤字の国庫を救うには、彼女のサイフを空にするしかありません!」
「バカ者! 彼女がキレたら店ごと消し飛ぶぞ! 『損して得取れ』だ!」
「しかし……システム上、急に設定を変更するには魔力炉の再起動が必要です。あと一時間はかかります!」
「一時間だと!? 待てるか! 今この瞬間にも、彼女の理性が崩壊しかけているんだぞ!」
モニターの中のエミリアは、いまや「死んだ魚の目」でレバーを叩き続けている。
限界だ。
「……なら、俺が直接やる」
「は?」
「俺が物理的に『運命』を書き換える。……見ていろ」
◇
俺はトイレから戻ったフリをして、エミリアの背後に立った。
彼女は最後の金貨を投入しようとしていた。
「これが……ラスト。頼む……頼むよぉ……」
震える手でレバーを叩く。
リールが回転する。
左、7。 中、7。
そして右のリールが――無情にも滑り、「バー(ハズレ)」で止まろうとする。
その、コンマ一秒の刹那。
(今だッ!!)
俺はスキルを発動した。
【精密念動力】 + 【時空間干渉】。
世界を滅ぼすほどの魔力を、指先一点に集中させる。
物理法則を無視し、高速回転するリールを無理やりねじ曲げ、ドラムの絵柄を「書き換える」。
俺は心の中で叫んだ。
止まれ……7、7、7……揃えェェェッ!!
ガガガッ!!(不自然な挙動)
キュインキュインキュイーーーン!!!
脳髄を溶かすような、けたたましい確定音がホールに響き渡った。
「えっ!?」
エミリアがのけぞる。
スロットマシンの画面には、輝く「777」の文字。
そして、天井のくす玉が割れ、大量のコインと宝石が滝のように噴き出した。
「ジ、ジャックポット……?」
エミリアが呆然と呟く。
そして次の瞬間、彼女は跳び上がった。
「やったぁぁぁぁぁ!! 見た!? 見た!? 私の実力! 運も実力のうちよーーッ!!」
さっきまでの死んだ目が嘘のように、キラキラアイドルに戻る。
カメラに向かってVサイン。
『うおおおお! マジかよ!』
『神回確定』
『やらせ疑うレベルの豪運w』
『おめでとう!』
「ふふふ! やっぱり私、持ってるわ! 日頃の行いが良いからね!」
……日頃の行い(器物損壊)が良いかどうかはさておき、カジノの平和は守られた。
俺は仮面の下で、深く安堵の息を吐いた。
(……はぁ。世界を救うために使うべき「時空間魔法」を、スロットの目押しに使う日が来るとはな)
ふと、カウンターの奥を見ると、支配人がハンカチを噛んで泣いていた。
「あぁ……今月の利益が……私のボーナスが……」
俺は心の中で手を合わせた。
すまん。この損失は、俺のポケットマネー(ヘソクリ)で補填しておく。
「黒騎士さん! 見てこれ!」
上機嫌のエミリアが、コインの山を指差して抱きついてきた。
「あなたがトイレから戻ってきた瞬間に当たったの! まさに勝利の女神……じゃなくて男神ね!」
「……偶然だ。欲を捨てたから運が向いたのだろう(大嘘)」
「もう! 素直じゃないんだから!
よーし、この資金で次のエリアも攻略しちゃうわよー!」
エミリアは大量のコインをアイテムボックスに収納し、意気揚々と歩き出した。
次なる目的地は、第3エリア「吸血鬼の館」。
そこには、俺がトマトジュースで買収した、美意識の高い幼女大臣が待っている。
「次はどんな敵かしら? 私、今なら負ける気がしないわ!」
無邪気に笑う勇者の背中を見ながら、俺は新たな胃薬の封を切った。
カジノでの損失は回避したが、俺の精神的疲労(と国庫のダメージ)は確実に蓄積していた。
【現在支持率:56.0%】
【カジノ収益:±ゼロ(損して得取れ)】
【獲得スキル:スロット絶対当てるマン】




