第19話 勇者エミリアは「数字(同接)」を持っている 〜低評価がつくと城が爆発するシステムです〜
魔王城の中枢、「戦略指令室」。
ここは本来、戦況を見極め、軍団に冷徹な指令を下す場所だ。
だが現在、俺たちが行っているのは――
「……ポテチ、コンソメ味もうないのか?」
「はい。海苔塩ならあります」
巨大スクリーンの前で、スナック菓子をつまみながらの「配信監視」だった。
『みんな〜! 魔王城の玄関、めっちゃ怖いよ〜! 雰囲気ヤバくない?(ウルウル)』
画面の中では、勇者エミリアがカメラに向かってあざとく怯えてみせていた。
背景には、先ほど「演技指導」を受けたオークたちが、わざとらしい悲鳴を上げて倒れている。
『でも大丈夫! みんなの応援があれば、私頑張れるから!』
キラキラのエフェクト。完璧なアイドルスマイル。
俺はコーラを飲み込みながら、画面の隅を指差した。
「順調だな。オークたちの演技も悪くない」
「はい。コメント欄も『エミリアたん逃げて!』『俺が守る!』と、保護欲を刺激する方向で盛り上がっています」
広報大臣シルフが、手元のタブレットで分析データを読み上げる。
彼女の指は高速で動き、リアルタイムの視聴者数(同接)と高評価率をグラフ化していた。
「よしよし。このまま適度に怖がらせて、適度に勝たせて、満足して帰ってもらえば……」
「……いえ。マズいです、魔王様」
シルフの声色が急に変わった。
彼女はメガネ(ブルーライトカット)を光らせ、画面の一点を拡大する。
「同接の伸びが止まりました。離脱率が上昇しています」
「なんだと? なぜだ」
「コメント欄を見てください」
『敵弱くね?』
『ヌルゲーかよ』
『もっとギリギリのバトルが見たい』
『飽きた。他の配信見るわ』
「飽きられています。視聴者は残酷です。『予定調和』を感じ取った瞬間、彼らは冷めるのです」
シルフの言葉に、俺の背筋が寒くなる。
そして、その「寒気」の正体が、画面の中から物理的に伝わってきた。
画面の中のエミリアが、カメラのアングルを変えるフリをして、一瞬だけ素の表情を見せたのだ。
その口元が、微かに歪む。
『(……チッ)』
高性能マイクが、小さな舌打ちを拾った。
『(数字(同接)が伸びない……。オークのリアクションが薄いのよ。もっと派手に血飛沫上げなさいよ。これじゃ「撮れ高」が足りないじゃない)』
俺は戦慄した。
さっきまでの清純派アイドルの顔はどこにもない。
そこにあるのは、再生数という名の魔物に憑かれた、「数字の亡者(ガチ勢)」の目だった。
「ひいぃっ……! 目が! 目が据わってる!」
「勇者エミリア……彼女は戦闘狂よりタチが悪いです。承認欲求が満たされないと、過激な行動に出るタイプです」
シルフの予言通り、エミリアが再びカメラに向かって笑顔を作った。
だが、その笑顔の裏には、明らかに「焦り」が見える。
『みんな〜、ちょっと退屈だよね? ごめんね!
じゃあ次は、もっと凄いことしちゃおっかな〜!』
彼女は廊下に並ぶ、巨大な大理石の柱に目をつけた。
それは城の構造を支える重要な柱だ。
『企画変更! 「魔王城の柱をドミノ倒しにしてみた!」をやるね☆
この柱を全部折って、奥の壁までドカーンって! 派手な絵が撮れると思わない!?』
彼女が聖剣を構える。魔力が過剰に充填されていく。
「やめろおおおおお!!」
俺は絶叫して立ち上がった。
「それは耐震構造の要だ! 一本でも折れたら上の階が崩落する!」
「止めなければ! オークたちに突撃命令を!」
「ダメだ! 今の彼女は『数字』に飢えている! 素人のオークが突っ込んだら、演出抜きで惨殺されるぞ!」
このままでは、「接待」がバレて炎上するか、物理的に城が壊れるかの二択
どちらに転んでも、俺の未来(支持率と借金)は暗い。
(……現場には「司令塔」が必要だ。場の空気を読み、彼女の承認欲求を満たしつつ、城の被害を最小限に抑えるプロが)
そんな人材がいるか?
ヴォルカン? 無理だ、すぐキレる。
セレスティア? 無理だ、お茶会を始める。
(……俺しか、いない)
「リル! 宝物庫の鍵を開けろ! 『あれ』を使う!」
「あれ、とは……まさか」
数分後。
俺は宝物庫の奥で、埃をかぶっていた装備一式と対面していた。
全身を覆う、漆黒のフルプレートアーマー。
顔を完全に隠す、髑髏を模した仮面。
そして、無駄に長く、ボロボロに加工された漆黒のマント。
かつて先代魔王ガルドノヴァが、若い頃に「闇の執行者」と名乗って暴れていた時に使っていたという、いわくつきの(痛々しい)装備だ。
「……これを着るのですか? デザインが少々……その、中二病じみていますが」
リルが生温かい目で見てくる。
「言うな! 形から入らないと、恥ずかしくてやってられないんだよ!」
俺は覚悟を決めて鎧を装着した。
ガシャン、ガシャン。
サイズは自動調整され、俺の体にフィットする。
変声魔法を起動。仮面の下から出る声が、くぐもった不気味な低音に変わる。
「……フッ。我が名は黒騎士。魔王城の影に潜む、孤独な狼……」
「ノリノリですね」
「うるさい! 行くぞ! これは戦闘ではない、番組制作だ!」
◇
現場。第二回廊。
エミリアは聖剣を振りかぶり、柱に向かって渾身の一撃を放とうとしていた。
『いくよー! 3、2、1……!』
カメラに向かってカウントダウン。
コメント欄が『破壊神w』『やれやれー!』と煽る。
聖剣が閃いた。
――ガキンッ!!
硬質な音が響き、火花が散った。
柱は砕けていない。
エミリアの聖剣と柱の間に、漆黒のガントレットが割り込んでいたからだ。
「……えっ?」
エミリアが目を丸くする。
俺――黒騎士は、聖剣を受け止めたまま、仮面の奥で冷や汗を流していた。
(危ねえええ! あとコンマ一秒遅かったら修理費3億コースだった!)
俺は腕に力を込め、エミリアを弾き飛ばす(演出)。
そして、マントを翻して立ちはだかった。
「……待て。その柱は『重要文化財』だ。壊すなら、あちらの『ダミー壁(発泡スチロール製)』にしたまえ」
「な、何よあんた!?」
エミリアが剣を構え直す。
カメラが俺を捉える。
「我が名は黒騎士。……この城の美学を守る者だ」
俺はできるだけ「強キャラ感」が出るポーズを決めた。
腕組みをし、斜めに構え、無意味にマントをはためかせる(風魔法で)。
一瞬の沈黙。
そして、コメント欄が爆発した。
『!?』
『誰だこいつ!?』
『新キャラきたああああ!』
『黒騎士かっけえええ!』
『声がイケボすぎる』
『重要文化財を守るとか意識高いw』
同接数が跳ね上がる。
エミリアの目が、カッ! と見開かれた。
獲物(数字)を見つけた肉食獣の目だ。
『(……いける! この謎キャラ、使えるわ!)』
彼女の表情が、一瞬で「強敵に出会ってワクワクする勇者」の顔に切り替わる。
「ふふっ……面白そうなのが出てきたじゃない!
いいわ、私の相手をしてくれるのね? 黒騎士さん!」
「望むところだ。……ただし、場所を変えよう。(ここは壊れやすい壺が多いから!)」
俺は剣を抜き、彼女を安全なエリア(更地)へと誘導する。
かかった。
ここからは、俺がこの番組の進行を握る!
【現在同接数:急上昇中】
【エミリアの興味:柱 < 黒騎士】
【俺の精神的ダメージ:羞恥心により蓄積中】




