第16話 勇者が来た! 直ちに「最高安全保障会議(ピザ付き)」を招集せよ
「――繰り返す! 第一防衛ライン突破! 被害甚大!」
「報告! 正門の自動ドア、全壊しました!」
「ああっ! リース契約中の門番ゴーレムが! 修理費誰が払うんですか!?」
魔王城の中枢、「戦略指令室」。
普段は静寂に包まれているこの場所は、今や阿鼻叫喚の巷と化していた。
無数のモニターが空中に展開され、赤い警報ランプが回転し、オペレーター(使い魔)たちが悲鳴を上げている。
そんなカオスな状況の中、部屋の中央にある巨大な円卓には――不釣り合いな物体が鎮座していた。
山盛りの「Lサイズピザ」と、黒い炭酸飲料「コーラ」のタワーである。
「……食わんのか? 冷めるぞ」
俺――魔王アルスは、ピザを一枚手に取り、伸びるチーズを指でくるくると巻き取りながら言った。
さっきまでの祝勝会から、そのまま持ってきた残り物だ。腹が減っては会議もできぬ。
「魔王様! この状況でピザですか!?」
秘書官のリルが、タブレットを抱えながら叫ぶ。
「糖分と脂質が必要なんだ。……見ろよ、あれを」
俺は顎でメインモニターを指した。
そこには、城内へ侵入し、破竹の勢いで進撃する勇者一行が映し出されていた。
『みんな〜! ここが魔王城の玄関だよ〜! 天井めっちゃ高い!』
画面の中の少女――勇者エミリアは、自撮り棒片手に満面の笑みを浮かべていた。
彼女がくるりと回るたびに、金髪がキラキラと輝く。
そして、襲いかかってきたスケルトン兵に対し、
『えいっ☆ 「スターライト・バッシュ(弱)」!』
ドゴォォォン!!
可愛らしい掛け声とは裏腹に、極太の光線が放たれ、スケルトンはおろか背後の壁ごと粉砕された。
『わぁ、すごい威力! やっぱ魔界だと魔力効率イイね! チャンネル登録よろしくね☆』
「……」
指令室に静寂が走る。
ヴォルカンが持っていたコーラの缶が、握力でベコりと潰れた。
「なんだあの女は……」
ヴォルカンが震える声で唸る。
「戦場を……ピクニックか何かと勘違いしておるのか!? 舐められたものだ!」
「いや、ピクニックじゃないな」
俺はピザを咀嚼しながら冷静に分析する。
「あれは『ロケ』だ。彼女にとって、我々は討伐すべき敵ではなく、『動画のネタ(コンテンツ)』に過ぎない」
見てみろ、あの無駄に派手な魔法を。
効率よく倒すなら首を刎ねればいいものを、わざわざ光らせて、爆発させて、画面映えを狙っている。
あれは「魅せプ(魅せるプレイ)」だ。
「厄介極まりない。ある意味、普通の軍隊よりタチが悪いぞ」
「同感ですわ」
セレスティアが、ピザの耳を優雅にナイフで切り分けながら同意した。
「勇者は人間界の象徴。もし彼女をここで殺してごらんなさい。人間界との国交は即座に断絶。先日結んだばかりの『トマト通商条約』も白紙撤回ですわ」
「なっ……!?」
ヴォルカンが目を見開く。
「つまり、俺のプロテインも輸入禁止になるということか!?」
「ええ。貴方の筋肉は栄養失調で萎むでしょうね」
「ぐぬぬ……! それは困る! だが、このまま城を壊されるのを黙って見ていろと言うのか!」
ヴォルカンがバン! と机を叩く。ピザが跳ねた。
「労働組合としても反対です!」
ゴブ三郎が手を挙げる。
「勇者相手の戦闘は、労働安全衛生法における『超・高リスク業務』に該当します。もし戦わせるなら、現場の兵士全員に『特別危険手当(給与300%増し)』を要求します」
「300%ォ!? 財政破綻するわ!」
俺は叫んだ。
戦えば経済死(トマト・プロテイン輸入停止)。
放置すれば物理的崩壊(城の破壊)。
防衛すれば財政破綻(人件費高騰)。
……詰んでないか? これ。
モニターの中では、エミリアが「次はあっちの廊下に行ってみよー!」と、立ち入り禁止の宝物庫へ向かおうとしている。
あそこには、先代魔王のコレクション(高価な壺とか)があるんだぞ!
「魔王様、ご決断を。迎撃しますか? それとも降伏しますか?」
リルの問いに、俺は最後のピザを飲み込み、コーラで流し込んだ。
脳に糖分が回る。
社畜時代の記憶が、一つの答えを導き出した。
「……第三の道を行く」
「第三?」
「戦争はしない。かといって、無条件降伏もしない。我々がやるのは――」
俺はニヤリと笑い、ホワイトボードに大きく書き殴った。
『接待』
「は?」
四天王たちがポカンとする。
「いいか、彼女の目的は『魔王を倒すこと』じゃない。『面白い動画を撮ってバズること』だ」
俺は力説する。
「ならば、それを提供してやればいい!
城内のトラップやモンスター配置を、殺意全開の『防衛仕様』から、スリルと興奮を楽しめる『アトラクション仕様』に変更する!」
「ア、アトラクション……?」
「そうだ! 適度なピンチを与え、適度な勝利を与え、派手な演出で『私、活躍してる!』と思わせて……満足して帰っていただく!
名付けて、『魔王城・テーマパーク化計画』だ!!」
シン……と静まり返る会議室。
数秒後、セレスティアが扇子を開いて口元を隠した。
「……なるほど。あえて泳がせ、相手の欲求を満たすことで被害を最小限に抑える……。高度な外交戦術ですわね」
「それなら『エンタメ業務』として処理できます! 危険手当も不要です!」
ゴブ三郎が電卓を叩いて喜ぶ。
リルも目を輝かせた。
「さすが魔王様! 平和と経済、そして城の保全を両立させる妙案です!」
よし、決まりだ。
俺は立ち上がり、号令をかけようとした。
「認めんッ!!」
ドォォォン!!
ヴォルカンが立ち上がり、椅子を蹴り倒した。
その全身から、真っ赤な闘気が湯気のように立ち上っている。
「戦士に八百長をしろと言うのか! 魔族の誇りはないのか!」
「ヴォルカン、これは作戦だ。誇りで飯は食えんぞ」
「知ったことか! 俺は戦士だ! 目の前に強敵がいるなら、全力で叩き潰す! それが俺の流儀だ!」
ああ、これだ。
脳筋の悪い癖が出た。一度火がつくと止まらない。
「どけ! 俺が奴の首を獲ってくる! この拳で、本物の恐怖を教えてやるわ!」
ヴォルカンは叫ぶと、制止も聞かずに部屋を飛び出していった。
モニターには、ちょうど宝物庫の手前まで来たエミリアの姿。
このままヴォルカンが突撃すれば、宝物庫の中で大乱闘になり、国宝級の美術品ごと城の一角が消し飛ぶだろう。
「……マズい」
俺は顔面蒼白になった。
接待プラン崩壊の危機だ。
「リル! 現場の統率は任せる! 罠を『ゴム製』に、ダメージ床を『足つぼマット』に差し替えろ!」
「は、はい! 魔王様は!?」
「俺はあのバカ(ヴォルカン)を止める!」
俺は懐から、最強の権限を持つアイテム――「魔王の決裁印」を掴んで走り出した。
「待てヴォルカン! お前が出たら『接待』が『放送事故』になる!」
最強の魔王軍vs最強の勇者。
その裏側で、もっと壮絶な「社内調整」の戦いが始まろうとしていた。




