第13話 環境アセスメント、最終シミュレーション 〜世界を滅ぼすより、ゴミだけを消すほうが100倍難しいんだよ!〜
時間を少し巻き戻そう。
それは、古龍が乱入してくる数時間前――魔法発動の「前夜」のことだ。
魔王城、執務室。
深夜三時を回っても、部屋の明かりは消えていなかった。
「……くそっ! また『全滅』か!」
俺は頭を抱えて、デスクに突っ伏した。
目の前には、空中に展開された複雑怪奇な魔法陣と、いくつものシミュレーション結果が表示されている。
現在、俺が行っているのは、明日のゴミ焼却作戦に向けた**「最終シミュレーション」**だ。
スキル【未来予測】と【並列演算】をフル稼働させ、あらゆるパターンの結果を予測しているのだが……。
【シミュレーション結果 No.124】
・出力: 100%(デフォルト)
・結果: ゴミ山消滅。余波で隣接するゴブリン居住区も消滅。
・損害賠償請求額: 約500億ゴールド。
・判定: 破産(BAD END)
「500億……! 一生タダ働きしても払いきれん!」
俺は青ざめる。
ならば、手加減すればいいのか?
【シミュレーション結果 No.125】
・出力: 80%(手加減モード)
・結果: ゴミの核が残り、暴走。炎が魔王城に飛び火して全焼。
・城の再建費用: 国家予算10年分。
・判定: 行政破綻(BAD END)
「弱すぎてもダメなのかよ!」
頭を掻きむしる。
俺が使おうとしている『極大消滅波』は、本来、大陸を一つ沈めるための戦略兵器だ。
それで「一区画のゴミだけ」を綺麗に消せ?
(……例えるなら、「核ミサイルを使って、ゆで卵の殻だけを剥け」と言われているようなもんだ。白身を傷つけたら即死刑で)
あまりの無理ゲーに、胃液が逆流しそうだ。
だが、やるしかない。明日には世界中が注目する中で、これを成功させなければならないのだ。
「……既存の魔法じゃダメだ。俺の知識(現代物理学)で、術式を根底から書き換える!」
俺は覚悟を決めた。
空中に浮かぶ魔法陣を、指先で高速タップする。
それは魔法というより、「プログラミング」の作業に近かった。
「拡散範囲を座標指定で限定……いや、熱量をそのまま放出するとオゾン層が焼ける。熱エネルギーを『運動エネルギー』に変換して、宇宙空間へ排熱させるか?」
「安全弁を三重……いや、十重にかけろ! 暴走率は0.0001%以下に抑え込むんだ!」
ブツブツと独り言を呟きながら、数万行にも及ぶ術式を編集していく。
横では、秘書官のリルが分厚い法典を読み上げていた。
「魔王様、環境省の基準値をお伝えします。騒音は50デシベル以下、振動は震度1以下。また、魔法の光による『てんかん発作』防止のため、明滅頻度にも規制があります」
「注文が多い料理店かよ! 戦略級魔法だぞ!?」
俺は叫びながらも、その無理難題をクリアするための修正パッチを当てていく。
遮音結界の追加。防振魔法の併用。
本来なら破壊のために使う魔力の9割を、「周囲への配慮(制御)」に回すという本末転倒な構成。
だが、その背中を見るリルの目は、いつになく熱を帯びていた。
(……文句を言いながらも、民への被害をゼロにするために、これほど緻密な計算を……。歴代のどの魔王よりも繊細で、思慮深いお方……!)
彼女の中で、俺の評価が「計算高い社畜」から「慈悲深き賢王」へと誤変換されていることになど気づかず、俺は夜明けまでキーボード(魔法陣)を叩き続けた。
◇
「……できた」
深夜三時半。
俺は椅子に深々と沈み込んだ。
シミュレーション成功率、99.99%。
理論上は完璧だ。あとは、本番で手が震えなければ。
「お疲れ様です、魔王様」
ふわりと、コーヒーの香りが鼻をくすぐる。
リルがマグカップを差し出していた。
中身は真っ黒な液体。「ブラック・マナ・コーヒー」。カフェインと魔力回復薬を混ぜた、徹夜明け専用の劇薬だ。
「……ありがとう」
俺たちはカップを片手に、執務室のバルコニーへ出た。
夜風が、熱を持った脳を冷やしてくれる。
眼下には、眠りについた魔都の明かり。そして遠くには、禍々しいオーラを放つゴミ山が見える。
「正直、怖いよ」
俺はポツリと漏らした。
カップを持つ手が、微かに震えている。
「失敗すれば、俺の人生(魔王生活)は終わりだ。借金まみれで路頭に迷う」
これは本音だ。
だが、リルは静かに首を横に振った。
「いいえ。貴方様ならできます」
「……根拠は?」
「貴方様が、誰よりも『計算』を恐れない方だからです」
リルは眼鏡の奥の瞳を細めた。
「力に溺れる者は、計算を嫌います。ですが貴方様は、最強の力を持ちながら、常にリスクとコストを計算し、最善の道を探しておられる」
「その震えは、恐怖ではありません。責任の重さを知る者だけが持つ、武者震いです」
「……買いかぶりすぎだ」
俺は苦笑して、コーヒーを煽った。
苦い。けれど、目が覚める味だ。
「でも、そう言ってもらえると助かる。(計算ミスしたら、お前のボーナスもカットだからな)」
「はい。信じております」
◇
そして、夜が明けた。
東の空が白み始め、決行の時間が迫る。
通信用のイヤリングから、各方面の報告が入る。
『広報省シルフです! ドローンの配置完了! 視聴者待機列、すでに10万人超えてまーす!』
『国防省ヴォルカンだ! 周辺封鎖完了! ジジイ(古龍)も最前列で見てるぞ! 失敗したら承知せんからな!』
舞台は整った。
俺は空になったマグカップを置き、漆黒のマントを翻す。
「行くぞ。……これが、俺の最初の、そして最後の『公共事業』だ」
俺はバルコニーの手すりを蹴り、空へと舞い上がった。
その背中を見送りながら、リルは深く一礼をした。
「行ってらっしゃいませ。……歴代で一番、『優しい』魔王様」
その呟きは、風に消えて誰にも届かなかった。
【現在支持率:49.9%】
【魔法制御率:100%(理論値)】
【魔王の胃痛:限界突破】




