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第10話 禁呪『極大消滅波』の使用申請書(A4用紙200枚・副本付き)

 ドゴォォォォン!!


 目の前で爆音が炸裂する。

 廃棄物巨人の拳が、俺の展開した光の結界シールドを殴りつけた音だ。

 衝撃で空気が震え、視界がグラつく。


「――っ! くそ、インクが滲んだ!」


 俺は空中に魔力で固定した書類に向かって、悪態をついた。

 左手で数千トンの圧力を支えながら、右手で万年筆を走らせる。

 これが、今の俺の戦いだ。


『魔王様! 3ページ目の「環境影響評価」の項目、空欄ですよ! 書き漏らしがあれば申請はシステムではじかれます!』


 通信機越しにリルの怒号が飛ぶ。


「わかってる! 今、巨人のパンチを受け止めて手元がブレたんだよ!」


『言い訳は結構です! 「字が汚い」という理由で差し戻されたら、魔王様が書き直しになるんですよ!?』


「鬼かお前は!」


 俺は血涙を流し(そうになり)ながら、修正液(魔法)で滲んだ文字を消し、書き直す。

 目の前には、ヘドロと腐敗ガスをまき散らす50メートル級の怪物。

 背後には、逃げ遅れたゴブリンたちの命。

 そして手元には、あと50枚残っている申請書類。


(なんで俺、世界最強の力を持ってるのに、公務員みたいなことしてるんだ……?)


 虚しさが胸をよぎるが、手を止めるわけにはいかない。

 この書類さえ完成すれば、あの忌々しいゴミ山を合法的に消し飛ばせるのだから。


 その時だった。

 視界の端に、新たなウィンドウがポップアップした。

 敵襲警報ではない。【着信】だ。


『あー、あー。テステス。聞こえてますかァ、魔王さん?』


 脳内に直接響いてくる、ねっとりとした不快な声。

 空中に浮かぶサブモニターに映し出されたのは、紫色のスーツを着込んだナルシスト風の男。

 野党「夢魔の会」代表、インキュバス議員だ。


「……今、取り込み中なんだが。手短に頼む」


『手短に? 失礼ですねぇ。こちらは貴方が提出しようとしている「戦略級魔法使用申請」について、重大な懸念がありましてね』


 インキュバスは、髪をかき上げながらネチネチと言った。


『異議あり、です。貴方が使おうとしている『極大消滅波アポカリプス・フレア』ですが……過去のデータによると、発動時に強烈な「閃光」と「爆音」を伴うそうじゃありませんか』


「それがどうした。威力は保証するぞ」


『問題は大ありですよ! 我々インキュバスやサキュバス、吸血鬼といった「夜行性魔族」にとって、昼間の安眠は何よりも重要なのです!』


 彼は大げさに両手を広げた。


『そんなピカピカ光る魔法を使われたら、カーテンの隙間から光が入って目が覚めてしまう! お肌にも悪い! これは我々への重大な「光害」および「騒音公害」にあたります!』


「…………は?」


 俺の手が止まった。

 結界がギシギシと悲鳴を上げているこの状況で、こいつは何を言っているんだ?


『よって、本申請には反対します。魔法の使用は中止し、巨人は手作業で静かに解体すべきです』


「手作業だと!? そんなことしてたら、ゴブリンの街が毒ガスで全滅するぞ!」


『それはゴブリンの問題でしょう? 我々の安眠と美容の方が、魔界の品位にとって重要です』


 カチン。

 俺の中で、何かが切れる音がした。


 典型的な「自分の利益しか考えない政治家」のムーブ。

 安全な場所から、現場の苦労も知らずに文句だけを垂れるクレーマー。


(……俺の睡眠時間を削って作った書類に、ケチをつける気か?)


 社畜時代の記憶が蘇る。

 理不尽なクライアント。仕様を理解していない上司。

 あの頃の俺は、ただ頭を下げるしかできなかった。

 だが、今の俺は違う。


「……リル。資料C-4『過去の判例』と、D-2『遮光補償案』を展開しろ」


『はっ! 展開します!』


 俺の目の前に、新たな光のウィンドウが数枚開く。

 俺はペンを置き、代わりに指先をキーボードのように動かした。


 スキル発動――【超・高速並列思考マルチタスク】。


 世界がスローモーションになる。

 インキュバスが次の文句を言おうと口を開く、そのコンマ数秒の間に、俺は反論のロジックを構築し、叩きつける。


「まず『光害』についてだが! 魔法発動時に『暗黒ドーム』で対象を覆う追加術式を組み込む! これにより外部への光漏れは0.01ルクス以下――月明かりより暗くなる! 資料参照!」


『なっ……!?』


「次に『騒音』! これも『真空断熱結界』により完全遮音する! 計算式はこちらだ、貴様らの安眠を妨げる振動はゼロだ!」


『そ、そこまで計算済みだと言うのですか!? しかし、魔法の余波による熱が……』


「さらにッ!!」


 俺はインキュバスの言葉を遮り、トドメの提案を突きつける。


「今回の魔法使用により発生する膨大な『余剰熱エネルギー』は、パイプラインを通じて貴様らの住む『夢魔区』へ転送する! 冬場の暖房エネルギーとして『無料提供』してやる!」


『む、無料……!?』


 インキュバスの目が「¥(ゴールド)」マークになった。


「光熱費が浮くぞ。これでも文句があるか? あるなら代案を出せ。出せないならハンコを押せ!!」


 圧倒的な論理と、アメ(利益)の提示。

 ぐうの音も出ない完璧な代替案を前に、インキュバスは狼狽えた。


『くっ……。暖房費がタダになるなら……まあ、認めてやらないこともないですね……』


 ポチッ。

 彼が渋々、手元の「承認ボタン」を押した。


 【承認完了】

 【環境アセスメント:クリア】

 【議会事前審査:通過】


 システム音が鳴り響く。

 全ての条件クエストは満たされた。


「……待たせたな」


 俺は万年筆を取り直し、最後のページに魔力を込めた署名をした。


 アルス・ヴォルゴート。


 その瞬間、空中に浮かんでいた200枚の書類が、カッと光り輝いた。

 紙束が渦を巻き、一つに融合し、複雑怪奇な幾何学模様を描く「巨大な魔法陣」へと再構築されていく。


「これが……最強魔法の『起動キー』か」


 バリーンッ!!


 その時、限界を迎えた防御結界が砕け散った。

 巨人のヘドロの腕が、俺に覆いかぶさろうと迫る。

 悪臭が鼻をつく。


 だが、もう焦りはない。

 俺の手元には、光り輝く「許可証」があるのだから。


「事務手続き(おリュウギ)は完了だ」


 俺は巨人の腕を、展開された魔法陣の余波だけで弾き飛ばした。

 残る作業はあと一つ。

 この地味な清掃作業を、民衆が熱狂する「エンターテインメント」に昇華させることだ。


『魔王様! 広報大臣シルフ、スタンバイ完了です! 配信ライブ、始めますよ!』


 通信機から、チャラい声が響く。

 俺はマントを翻し、カメラに向かって不敵な笑みを浮かべた。


「ああ。……さあ、ショータイム(残業)の始まりだ」


【現在支持率:49.0%】

【魔法発動承認:ALL GREEN】

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