第1話 目覚めたら魔王だったけど、まず確認すべきはステータスより労災認定だと思う
今日から毎日19時に5話ずつ(初日は3回に分けて5話ずつ15話)
更新していきたいと思っていますので
よろしくお願いします
人生の幕切れは、あっけないものだった。
深夜三時のオフィス。
三十五連勤目のデスクで、俺――佐藤健太(三十二歳・独身・社畜)は、カフェイン錠剤をエナジードリンクで流し込もうとしていた。
指先が震えて、缶を取り落とす。
バチバチッ、とキーボードにこぼれた液体がショートする音が聞こえた。
ああ、始末書もんだな、これ。
そう思った直後、心臓がキュッと音を立てて縮み上がり――俺の意識はブラックアウトした。
過労死。
ニュースでよく見る単語が、自分の死因になるとは。
薄れゆく意識の中で、俺は思った。
(……来世があるなら、もう働きたくない。誰にも命令されず、自由に、最強の力を持って、惰眠を貪りたい……)
そんな、社会人失格な願いを抱いて。
◇
「……様。……魔王様!」
重厚な呼び声で目が覚めた。
目を開けると、そこは見知らぬ天井……ではなく、やたらと天井が高い石造りの広間だった。
俺は、ふかふかの玉座に座っていた。
「ここ、どこだ?」
声に出して驚いた。自分の声が、スピーカーを通したような重低音のイケボになっている。
慌てて自分の体を見下ろす。
漆黒のローブ。筋肉質で引き締まった体。そして頭に手をやれば、天を衝くような禍々しい二本の「角」。
近くにあった巨大な鏡を見る。
そこには、ファンタジー映画のラスボスのような、威厳あふれる美青年が映っていた。
「嘘だろ……異世界転生キターーーッ!?」
俺は玉座から飛び上がった。
間違いない。これはラノベでよくあるやつだ。しかも、モブじゃない。魔王だ。支配者だ!
「ステータス! ステータスオープン!」
お約束の言葉を叫ぶ。
すると、視界に半透明の青いウィンドウがポップアップした。
【名前】アルス・ヴォルゴート
【種族】魔人(魔王種)
【職業】第13代魔王
【レベル】9999(LIMIT BREAK)
【HP】測定不能
【MP】測定不能
【スキル】
・森羅万象支配
・神殺し
・次元切断
・超・思考加速
etc...
「勝った……! 俺の人生、二回目にして大勝利だ!」
震える手でガッツポーズをする。
測定不能。カンスト。神殺し。
これなら誰にも頭を下げる必要はない。理不尽な上司も、終わらない納期もない。
俺がルールだ。俺が法律だ。
「ふはハハハ! 見よ、この溢れ出る魔力を!」
テンションが上がりすぎて、俺は広間の窓を開け放った。
眼下には荒涼とした魔界の大地。そして遥か彼方には、雲を突き抜ける巨大な山脈が見える。
「試し撃ちだ。あの山、消してみるか」
俺は指をパチンと鳴らすイメージで、軽く魔力を込めた。
スキル発動。【存在消去】。
――シュンッ。
爆発音はしなかった。
ただ、視界の先から「山脈」という画像データがトリミングされたかのように、景色の一部がごっそりと消失した。
雲も、岩肌も、そこに住む生物も、音もなく「無」になった。
「……は?」
あまりの威力に、俺自身がドン引きする。
核ミサイルなんてもんじゃない。これは、現実改変レベルの力だ。
「すげぇ……これなら世界征服も余裕……いや、そんな面倒なことはしないぞ。俺はこの力で、最強の引きこもりライフを満喫するんだ!」
最高の気分だった。
この瞬間までは。
『ピロン♪』
軽快な電子音と共に、視界の端に新しいウィンドウが出現した。
青色ではない。
毒々しいほどに赤い、警告色のウィンドウだ。
【警告:指定外の戦略級魔法の行使を確認しました】
【周辺住民の不安が増大しています】
「あん? なんだこれ」
そして、その下に表示された数値を見て、俺の思考は凍りついた。
【現在の魔王支持率:32.0%(▼DOWN)】
【状態:危険水域】
「……支持、率?」
魔王に支持率? なんだそれ。選挙でもあんのか?
俺は嫌な予感を覚えながら、ウィンドウの隅にある「?」マーク(ヘルプ)をタップした。
そこに書かれていたのは、この世界の残酷すぎる仕様書だった。
《魔王システム規約 第1条》
『魔王とは、魔界の魔力サーバーを管理する生体端末である』
『魔王の生命維持エネルギーは、民衆からの支持(ポジティブな感情)に依存する』
……まあ、ここまではいい。元気玉みたいなもんだろ?
問題は、その次の一文だった。
『支持率が30%を下回った場合、当該個体は「管理者として不適格」と判断される』
『直ちに「不信任決議(革命イベント)」が発生し、全ステータスが「1」に固定され、強制的に処刑されるものとする』
「…………は?」
俺は数回まばたきをして、もう一度読み直した。
30%を下回ると、強制処刑。
現在の支持率は、32%。
「あと2%で死ぬの!? 俺、最強なのに!?」
一気に血の気が引いた。
背筋を冷たい汗が伝う。
最強のステータス? 神殺しのスキル?
そんなもの、システムによる「強制死」の前では何の意味もないじゃないか!
ブラック企業で死んで、転生した先が「支持率に怯える中間管理職」!?
ふざけんな! 運営出てこいよ!
「ま、待て。落ち着け。まだ32%ある。なにもしなければ下がらないはず……」
その時。
玉座の間の巨大な扉が、バーン!! と乱暴に開かれた。
「魔王様! 起床時間はとうに過ぎております!」
現れたのは、一人の女性だった。
背中にはコウモリのような羽、お尻からは長い尻尾。種族はサキュバスだろうか。
だが、その服装はいかがわしいものではなかった。
ピシッとしたタイトスーツに、銀縁の眼鏡。手には分厚いバインダーと、魔導タブレット端末。
見るからに「デキる秘書」のオーラを纏っている。
彼女――秘書官のリルは、かつかつとヒールを鳴らして俺に詰め寄ると、窓の外(消滅した山脈)を見て顔面蒼白になった。
「……あ」
彼女の眼鏡がキラリと光る。
「魔王様。まさかとは思いますが、あの山を消したのは貴方ですか?」
「あ、いや、その……ちょっと力の確認を……」
俺は後ずさる。最強の魔王なのに、なぜか彼女の剣幕に圧倒されている。
リルは深い、深いため息をついた。
「はぁ……。あそこは『希少薬草スライム』の保護区ですよ? 環境省への事後報告書、どうするおつもりですか!」
「えっ、環境省とかあるの?」
「あります! それに、あの振動で『ドラゴンの里』から苦情の念話が殺到しています! ただでさえ先代の圧政のせいで支持率が底辺なのに、これ以上下がったら……!」
彼女はタブレットを高速でタップし、突きつけてきた。
「見てください。今の山消しで、支持率が0.5%下がりました」
【現在支持率:31.5%】
「ひっ!?」
俺は悲鳴を上げた。死へのカウントダウンが進んだ。
「魔王様。貴方には最強の力がありますが、この魔界は『法治国家』です。力任せの破壊は、自身の首を絞めるだけですよ」
リルは冷徹に言い放つと、持っていた書類の束を俺に押し付けた。
ズシリ、と重い。物理的にも、精神的にも。
「さあ、ボーッとしていないで仕事をしてください。まずはドラゴンの長への『謝罪文』の作成と、山脈消滅による『環境アセスメント(再評価)』の申請です。ハンコは持っていますね?」
俺は呆然としながら、渡された万年筆を握る。
窓の外には、俺が消し飛ばした山の跡地。
手元には、山のような書類。
視界の隅には、点滅する【死まであと1.5%】の警告。
俺は、震える手で書類にインクを落とした。
(……前世よりブラックじゃねーか……!!)
歴代最強の魔王、アルス・ヴォルゴート。
その伝説は、世界征服の号令ではなく、胃の痛くなるような事務処理から幕を開けたのだった。
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