ep.7
メフィスト。
それが、僕たちが敵対しなければならない存在らしい。
正直、厨二病が考えた設定のようにも思えた。
けれど、笹本さんの表情や口ぶりから察するに――どうやら冗談ではないのだろう。
実際、この能力を僕自身が使えているのだから。
「その……メフィストというのは、組織なんでしょうか?」
「いいえ。組織ではありません。能力を使って犯罪行為を行う者たちの総称です。ただし――」
一拍置いてから、笹本さんは続けた。
「メフィスト同士が集まり、凶悪な集団を形成している例は、確かに存在します」
やばいじゃん、そんなの。
こんな能力を持った者たちが集まれば、下手をすれば軍隊にも匹敵するのではないだろうか。
そうなった場合、僕たちで太刀打ちできるとは、とても思えなかった。
「そして――私たちの悲願。成し遂げなければならない、最終目標があります」
笹本さんは、一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「“始まりの能力者”と呼ばれている男。その――首を狩ることです」
その声には、確かに憎しみが滲んでいた。
理由はわからない。
それでも、そう感じてしまうほどの、強い感情だった。
「……すみません。少し、心が乱れてしまいました」
そう言って、笹本さんは我に返ったようだった。
よかった。
いつもの笹本さんに戻ったらしい。
――もっとも、今日が初対面なのだけれど。
「“始まりの能力者”……ですか?」
彼女が口にした“悲願”について、僕は恐る恐る尋ねた。
「はい。お話ししましょう」
笹本さんはそう答えると、再び表情を引き締めた。
彼は、今からおよそ二百五十年前、この世に生を受けました。
国はイギリス。
産業革命が最盛期を迎えていた時代です。
彼はまだ幼い子どもでありながら、奴隷同然の扱いを受け、日々を過ごしていました。
しかし――それは、ある日突然訪れます。
彼が五歳の頃のことでした。
病に侵されたのです。
それでも、働くことを強制され、休むことは許されませんでした。
そして一年後。
彼は、自分の死期を悟ります。
自分は、もう長くは生きられない。
そう、確信していました。
人の気配もない、冷え切った工場地帯で、彼は倒れていました。
そのとき、彼は世界を憎みました。
なぜ、こんな扱いを受けなければならないのか。
なぜ、大人たちは冷たいのか。
なぜ、自分は奴隷のように使い潰されるのか。
そして彼は、理解します。
この世界の、不条理を。
彼は考えました。
復讐の方法を。
けれど同時に、悟ってもいました。
自分には、力がない。
生まれてきたことを呪いました。
自分を産んだ両親を恨みました。
人間の持つ道徳というものを、心の底から憎みました。
そして彼は、はっきりと理解していたのです。
自分には――何もできない、と。
そして彼は、絶望の中で死に向かう――
はずでした。
意識を失う、その直前。
一匹の蝶が、彼の眼前を横切ったのです。
蝶は、まるで何かを語りかけるかのように、
六歳の、死にかけたその身体の上を、ゆっくりと舞っていました。
彼は、不思議に思いました。
これは、死神が迎えに来たのだ――
そう、考えたのです。
しかし、その瞬間。
彼は、
その蝶を掴み、殺し、
自分の口の中へと放り込みました。
理由は、わかりません。
ただ――
「何かが起こる」
直感的に、そう感じたのです。
次の瞬間。
彼は、生まれて初めて味わう激痛と、
自分の身体が内側から作り変えられていくような感覚に包まれました。
そして――
そのまま、意識を失いました。
目が覚めるとそこは森の中でした。




