ep.5
「——吸血鬼です。」
……は?
吸血鬼って、どういうことだ?
もしかして、この子——
頭がお花畑なタイプの人なんじゃないか。
そんな失礼な考えが、一瞬よぎる。
だが、彼女の表情を見るとそうは思えない。
いたって真剣だ。冗談や悪ふざけには、とても見えない。
(……いや、待て)
そもそも、だ。
僕自身が、現に魔法を使えている。
今さら吸血鬼が存在していたとしても、不思議ではないのでは?
「信じられない、という顔をしていますね」
彼女は静かにそう言うと、少しだけ距離を取った。
「……では、見ていてください」
次の瞬間。
バサッ——。
重たい音とともに、空気が揺れた。
彼女の背中から現れたのは、
光をほとんど反射しない、漆黒の翼だった。
部屋の明かりを遮るほどの大きさで、
羽ばたくたびに、ひんやりとした風が流れ込んでくる。
「どうですか?」
彼女はそう言って、こちらを振り返る。
その口元から、わずかに覗く歯は——
人間のものより、明らかに鋭く尖っていた。
「これで、私が吸血鬼だと信じていただけましたか?」
(……まじかよ)
あまりの出来事に、驚きすぎて声も出なかった。
(この世に、本当に吸血鬼なんて存在したんだな……)
「ふふ、そんな可愛い顔するんですね」
彼女は僕の顔を見ると、楽しそうに微笑んだ。
どうやら、相当とんでもないアホ面を晒していたらしい。
それなのに——
その笑顔に、不覚にも胸がドキッとしてしまった。
(……あれ?これ、セクハラじゃないよな?
いや、向こうが言ってきたんだし……)
内心で必死に言い訳していると、
「それでは、本題に入りたいと思うのですが……大丈夫ですか?」
不意に、空気が引き締まる。
「は、はい!」
反射的に、少し大きめの声で返事をしてしまった。
その間に、彼女は背中の翼をすっと消し、
何事もなかったかのように、人間の姿へと戻っていた。
「では、有村さん。
あなたは昨日の夜、なにか――
おかしな出来事が起きませんでしたか?」
やはり、そう来たか。
彼女はおそらく、僕が魔法を使えるようになったことを知っている。
だが、なぜだ?
一体いつ、バレた?
車を避けたあの瞬間か?
それとも、別の何か……。
考えれば考えるほど、背中に嫌な汗がにじむ。
(……ここは、正直に話すべきか?)
笹本さんは、初対面の僕に自分が吸血鬼だと明かした。
それはきっと、相当な覚悟とリスクを背負ったはずだ。
——なら、僕だけが隠し続けるのもフェアじゃない。
短く息を吸い、覚悟を決める。
「はい」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「笹本さんの言うとおりです。
昨日、僕は異様な出来事に巻き込まれて……
魔法が使えるようになりました」
僕がそう言うと、笹本さんの目がぱっと輝いた。
「やっぱり!」
彼女は嬉しそうに、その場で小さく飛び跳ねる。
これまで落ち着いた印象しかなかっただけに、その年相応な反応がどこか新鮮で、思わずこちらの頬も緩んでしまった。
「あ……すみません」
笹本さんは、はっとしたように口元を押さえ、軽く咳払いをする。
「私と同じ能力者に会うのが久しぶりで……つい、はしゃいでしまいました」
そう言って背筋を伸ばす姿は、先ほどまでとは打って変わって、また落ち着いた雰囲気を取り戻していた。
「笹本さん、こっちからも質問していいかな?」
彼女はコクン、と小さく頷いた。
聞きたいことは山ほどある。
だが、今いちばん気になっているのは——。
「僕が能力者かどうかを確かめに来ただけ、ってわけじゃないよね?
……他にも理由があるんじゃないかな。僕のところに来た理由が」
そう言った瞬間、
笹本さんの表情から、さっきまでののほほんとした雰囲気が消えた。
代わりに浮かんだのは、はっきりとした覚悟の色。
「はい。その通りです、有村さん」
一拍置いて、彼女は真っ直ぐに僕を見つめる。
「あなたには——私と一緒に、世界を救ってほしいんです」




