ep.2
ひどい頭痛が、僕の脳を覚醒させた。
(く、頭が痛すぎる)
僕は暗い部屋の中で目を覚まし、重たい意識の中で必死に思考を巡らせる。
そうだ。確か昨日、とんでもない情報量が頭の中を巡り、脳がオーバーヒートして倒れたんだった。
あまりにも理解不能な状況に、不思議と笑みがこぼれる。
ふと時計を見ると、時刻は次の日の夕方六時。
社会人になってから、これほど長時間眠った記憶はない。
ほぼ一日寝ていたことになる。
時間を無駄にしたという罪悪感が、社会人としての僕にひどく突き刺さった。
グウー。
腹の底から悲鳴を上げるように、空腹が存在を主張する。
(腹減ったな……なんか食べるか)
冷蔵庫に何かないかと覗いてみたが、中はもぬけの殻だった。
当然、自炊などできるような生活力は僕にはない。
僕は重い腰を上げ、仕方なくコンビニへ向かうことにした。
冬の六時というのは、普通に暗い。
しかし街灯や建物の光のおかげで、この東京は明かりに満ちている。
上京してきた身からすると、ここまで明るい夜には少し違和感を覚えるが、
もう十数年住んでいる。さすがに慣れたと言っていいだろう。
汗をかくことなく快適に動ける冬は、僕にとって悪くない季節だ。
そんなことを考えながら、僕はコンビニへ足を踏み入れた。
これは僕のクセなのだが、どの商品を選ぶかで平気で数十分悩むことがある。
自分を満足させるための、最適な組み合わせを考えるには、それなりに時間が必要なのだ。
そうして熟考した末、僕は水とおにぎりとカップ麺を握りしめ、コンビニを出た。
冬の夜道は、決まって僕を感傷的な気分にさせる。
強い風は人を凍えさせ、低い気温は光をやけに綺麗に見せる。
四季にはそれぞれ特徴があり、どれにもメリットとデメリットがある。
特段、好きな季節はない。
季節は変化するからいいのであって、ずっと同じ環境では退屈だ。
ワビサビ、とでも言うのだろうか。
そんな考えに至るあたり、自分も年を取ったのだと痛感させられる。
——その時だった。
人通りの少ない路地を歩いていた。
信号が青に変わり、横断歩道を渡ろうとした瞬間。
ピー。
クラクションが鳴り響く。
視線を上げると、僕の方へ猛然と突っ込んでくる車が見えた。
冷たい汗が、背中を伝う。
死ぬ。
直感的に、そう感じた。
しかし、なぜだろう。
自分でも怖いくらいに、心は落ち着いていた。
まるで時間が止まったような感覚。
僕は頭を回転させる。
この状況を、どう打破する。
その時、ひとつのアイデアが脳裏に浮かんだ。
だがそれは、あまりにも非現実的で、非科学的なものだった。
僕はこれまで、現実主義で非科学的な事柄には興味を持たない人間だと自認してきた。
それなのに今、頭に浮かぶのは、その信条とは真逆の発想だった。
自分でも、どうかしていると思う。
それでも――
この方法なら、この状況を打破できる。
なぜか今は、そんな力強い確信があった。
体の内側を、何か得体の知れない力が巡り始める。
僕は地面を、力強く踏みしめた。
——そして、力を解放する。
体の奥から、何かが一気に放出される感覚。
その衝動は足へと伝わり、次の瞬間――
僕の身体は、重力を拒むように垂直方向へと弾き飛ばされた。
車は、そのまま僕の横を通り過ぎていった。
どうやら、事無きを得たらしい。
(……てか、今のは何だ!?)
遅れて、ようやく我に返る。
体の内側で、何かが循環するような、いや――
駆け巡るような感覚が、まだ残っていた。
轢かれる寸前、異様な集中状態に入っていた気がする。
周囲の景色が、スローモーションで流れて見えるほどに。
そしてその最中、自分でも考えた覚えのない情報が、
次々と頭に流れ込んできた。
それは「考える」というより――
どこかにしまい込んでいたものを、思い出している感覚に近かった。
(……あー、考えてもわかんねー)
深く息を吐く。
(まあ、一旦帰るか)




