ep.1
有村裕二、二十九歳。独身。
それに加えて、童貞。
どうして僕は、こんなにも拗らせてしまったんだろうか。
いや、タイミングはいくつかあったはずだ。
僕の計画通りなら、彼女だってできていたはずだった。
世間一般で言うところのスペックは、決して低くない。
エリートと呼ばれる部類の会社に勤め、身長も平均以上。
顔だって――少なくとも鏡を見る限り、致命的ではない。
それなのに、どうして。
原因はおそらく、この根暗で陰キャ的な思考の性格だろう。
それに加えて、男らしさもなければ決断力もない。
優柔不断の極みだ。
こんな男を、いったい誰が好きになるというんだ。
今日は、僕が三十路に足を踏み入れる記念すべき日だというのに、
部屋には僕一人しかいない。
同僚たちは次々と結婚していき、
僕だけが取り残されたような気分だった。
いったいいつまで、こんな時期を過ごすんだろうか。
壁に掛けた時計の針が、淡々と動き続ける。
短針と長針が重なり、午前零時を指す、その瞬間を待ちながら。
——その時だった。
ガーン、ガーン。
この部屋で鳴るはずのない、鐘のような音が響き渡った。
「……おいおい、何だこれは」
内心焦りながらも、冷静でいようと心音を抑える。
しばらくして音は鳴り止んだ。
時計を見ると、ちょうど零時になったばかりだった。
零時になるタイミングで、今の音が鳴ったのか。
そう考えてみても、どうにも腑に落ちない。
スマホから聞こえたわけでもない。
確かに、リアルな鐘の音だった。
いったい何だったんだ、今のは。
超常現象? ……いや、そんなわけないか。
おそらく幻聴だろう。あまりにも非現実的すぎる。
死神が宣告に来た、なんて笑えない発想まで浮かんだ自分に、
少しだけ嫌気がさす。
気を紛らわせるように、冷蔵庫へ向かおうと立ち上がった。
——その瞬間だった。
理解できない情報が、雪崩のように流れ込んでくる。
時間にすれば、ほんの一瞬。
それなのに体感では、数か月、いや、数年分の“何か”を
一気に押し込まれたような感覚だった。
今まで感じたことのない、とてつもない疲労感が全身を襲う。
あれ、これ……やばくね。
(た、倒れ……る)
ふふ、明日休みで良かった。
そんなことを思いながら、僕は意識を手放した。




