22.王子様の告白
王子様のお誕生日で、王子様は十歳になってしまった。
王子様が学園に入学するまで残り二年である。
二年が過ぎると、わたくしは王子様と一緒に勉強することができなくなってしまう。
「王子様が十二歳になったら、わたくしは王子様のお部屋に行くことはなくなるのね」
わたくしの小さな呟きに、わたくしが王宮に行く準備を手伝ってくれているお姉様が答えてくれた。
「そのころには殿下も婚約されているでしょうからね」
「王子様が婚約するの?」
「王族の婚約は早いですし、学園に入学するころには婚約しているでしょう。殿下は遅いくらいですよ」
そうだったのか。
王子様は婚約していてもおかしくない年齢だった。
わたくしは従妹なのでずっと一緒にいてもいいはずなのに、王子様が知らない誰かと婚約して結婚すると考えると、胸がもやもやしてしまう。
王子様には幸せになってほしいと思っている。
幼いころから勉強に励み、三歳で癒しの力が発現してからは国立病院でも奉仕活動を行っていた王子様。
三歳で病人や怪我人と対峙して癒すだなんて、わたくしだったら怖くてできなかっただろうに、王子様は王族だからその義務をしっかりと果たしてこられた。
そんな素晴らしい王子様には、素晴らしいお姫様が婚約者として相応しいと思うのだが、わたくしはどうしても胸のもやもやが晴れない。
膨らみのない平坦な胸を押さえてため息をついたわたくしに、お姉様が聞いてきた。
「フィーネは浮かない顔をしていますね。どうしましたか?」
「わたくし、王子様に幸せになってほしいと思うのに、王子様がわたくしの知らない相手と婚約して結婚してしまうのを考えると、胸がもやもやするの」
正直にお姉様に言うと、お姉様も自分の胸に手を当てて呟く。
「その感情、わたくしにも覚えがあります」
「お姉様も?」
「コンラッド様が他の方と婚約して結婚してしまうのではないかと考えていたころに、わたくしはずっと胸が痛かったのです」
コンラッドお義兄様は家柄もよく、王子様の護衛騎士として出世もしていたので、女性たちにとても人気があった。
コンラッドお義兄様が令嬢に告白されている場面を見てしまったことがあったが、あのときお姉様は胸が痛かったのだろうか。
「わたくし、王子様と……」
婚約したいのだろうか。
真剣に考えて、わたくしは分からなくなってしまう。
王子様への気持ちが、お姉様のコンラッドお義兄様に対する気持ちと同じなのか、それとも、わたくしが子どもで王子様の学友という一番近くにいられる地位を奪われてしまうのが嫌なだけなのか。
「フィーネ、殿下にお気持ちを確かめてみるのはどうですか?」
「王子様に聞いてみるの?」
「その後で、お義父様とお義母様に確認して、フィーネが殿下と婚約できるかどうかを話し合えばいいではないですか」
わたくしが王子様と婚約する。
そうすれば、わたくしは王子様のそばをずっと離れずにいられる。
でも、王子様がそのつもりではなかったらどうしよう。
王子様がわたくしを従妹にしたのも、婚約や結婚とは関係なくわたくしと一緒にいられるためだったら。
考え出すと胸のもやもやが酷くなるようで、わたくしは胸を押さえて俯いていた。
王宮に行って王子様と一緒に勉強をする。
王子様はわたくしよりずっと難しい歴史や外国語や算術を家庭教師に習っているが、わたくしはやっと掛け算ができて、難しい本も辞書を引きながらなんとか読めるようになったくらいである。
王子様との差は縮まらず、わたくしは王子様に相応しくないのではないかと思ってしまう。
昼食の時間になって、食堂に行って椅子に座ったわたくしは、王子様に思い切って聞いてみた。
「王子様は、婚約の予定があるの?」
「婚約したいと思っている方はいます。そろそろ、その方に申し込みたいと思っています」
王子様には意中の方がいた。
それは誰なのだろう。
混乱してフォークを落としてしまったわたくしに、給仕が素早く新しいフォークを差し出す。フォークを受け取ってもわたくしは料理を食べることができなかった。
食事をすることが大好きで、一生美味しいご飯を食べられればそれで幸せだと思っていた小さなわたくしはもういない。
わたくしの中には、王子様とずっと一緒にいたいという気持ちが生まれていた。
「王子様、わたくし、王子様のことが……」
口に出してどうなるのだろう。
わたくしが望んだところで王子様の気持ちは変わらないだろう。口に出してしまったら、今の関係も終わってしまうかもしれない。
悲しくて俯くわたくしに、王子様が席を立った。
わたくしのそばに来て、王子様はこほんと小さく咳払いをした。
「もっとロマンチックに言うつもりだったのです」
「王子様?」
「フィーネ嬢、わたしが十二歳になったら、婚約してくれませんか?」
王子様の言葉にわたくしは勢いよく顔を上げた。王子様の緑色の目がわたくしをしっかりと見つめている。
「王子様の婚約したい方って、わたくし?」
「はい。フィーネ嬢と初めて会ったときから、ずっとフィーネ嬢のことが好きでした。フィーネ嬢をベルトラン公爵家の養子にしたのも、わたしがいつ婚約を申し込んでもいいようにと思ってのことでした」
「王子様は、わたくしのことが……」
「好きです」
それまで沈んでいた気持ちが一気に浮上するのを感じる。
わたくしはふわふわした気持ちで王子様の顔を見た。
「レオ殿下、婚約を申し込むのはもう少し先のはずではなかったのですか?」
「わたしのせいでフィーネ嬢を不安にさせるわけにはいきません。フィーネ嬢にはいつでも笑っていてほしいのです」
コンラッドお義兄様が窘めているが、わたくしは天にも昇る心地だった。
「コンラッドお義兄様は気が付いていたの?」
「もちろんですよ。レオ殿下はフィーネ嬢だけが特別でしたからね」
「わたくし……嬉しい。王子様と婚約する!」
「フィーネ嬢、まだ早いですからね。両親からも国王陛下と王妃殿下からも、レオ殿下が十二歳、フィーネ嬢が十一歳になるまでは婚約は進めないと決められていますから」
コンラッドお義兄様の言葉に、わたくしは首を傾げる。
わたくしが知らない間に話は決まっていたようで、ベルトラン公爵家のお義父様とお義母様、国王陛下と王妃殿下の間で、この話はもうまとまっていたようだった。
「わたくし、心配しなくてもよかったのね!」
「フィーネ嬢に悲しい顔をさせてすみません。もっと早くに言っておけばよかった」
「レオ殿下、今でも十分早いですからね」
「コンラッド兄様、フィーネ嬢を悲しませることはわたしにはできません」
もっとしかるべきときに婚約を申し込まれるはずだったようだが、わたくしが沈んでいるのを見て、王子様が我慢ができなかった様子だった。
席に戻った王子様が昼食を再開して、わたくしも心置きなく食べられるようになる。
しっかりと食べ終えたわたくしは、午後の剣術の稽古までの時間、王子様とソファに座ってお話をさせてもらった。
「王子様は、わたくしと婚約しようと思ってくれていたの?」
「はい。フィーネ嬢ほどかわいくて、わたしを理解してくれて、わたしに寄り添ってくれる方はいませんでした。覚えていますか、わたしにフィーネ嬢が『我が儘を言ってもいい』と教えてくれたことを」
「覚えているわ」
「あれがきっかけで両親との関係もよくなりました。フィーネ嬢はわたしが国立病院で癒しの力を使うときも、手を握っていてくれた」
「王子様一人では大変だと思ったの」
「そんな風に寄り添ってくれるのは、フィーネ嬢が初めてでした」
出会ってからたくさんのことがあったけれど、王子様はわたくしのすることで救われて、わたくしと婚約しようと思っていたようだ。
ベルトラン公爵家に養子に行くように言ったときも、わたくしと婚約したいという気持ちがあったからだった。
「王子様、わたくし、王子様とずっと一緒にいる方法を考えていたの」
「婚約して結婚すればずっと一緒にいられます」
「そうなのね。王子様も考えていてくれたのね」
「わたしもフィーネ嬢とずっと一緒にいる方法を考えていました」
わたくしの手を握って王子様がわたくしの薄茶色の目を覗き込んでくる。王子様の目は宝石よりもきれいな緑色で、わたくしは見惚れてしまう。
「父上と母上にフィーネ嬢に婚約を申し込んだことを伝えます。フィーネ嬢はこれから王太子妃教育が始まると思いますが、頑張れますか?」
「王子様と一緒にいるために必要なのね?」
「そうです。できるだけ早く始めておいた方が、フィーネ嬢のためにもなります」
よく分からないが、王子様と婚約するためには特別な教育を受けなければいけないようだ。
わたくしは家庭教師から習っている勉強以外にも、習わなければいけないことが増えるようだが、学ぶのは色んなことを知ることができて楽しいので嫌ではない。
「わたくし、頑張ります!」
「婚約の件は、今のところは内密にしてください。わたしが十二歳になれば正式に発表されます」
「内密……内緒なのね。分かったわ!」
王子様に頷き、わたくしは秘密にすることの方が難しそうで口をきゅっと結んだのだった。
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