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21.アラミス侯爵家の御子息

 王子様の十歳の誕生日のお茶会には、わたくしはお姉様とお義母様とお義父様と参加した。エルネスト子爵家の両親もお兄様も来ていて、わたくしがベルトラン公爵家のお義父様とお義母様と仲良くしているのを見て、安心しているようだった。


「サラ、とてもきれいだよ」

「フィーネ、素敵なドレスですね。髪型もよく似合います」

「ありがとうございます、お父様、お母様」

「お父様とお母様に会いたかったの」


 ベルトラン公爵家でどれだけ愛されて大事にされていても、エルネスト子爵家の両親はわたくしにとっては特別である。両親に駆け寄ると、抱き締められる。

 長く伸びている髪を複雑な編み込みにしてもらって、前髪も三つ編みにして斜めに流しているわたくし。ベルトラン公爵家の侍女は髪のアレンジも上手で、わたくしはかわいくしてもらえてとても満足だった。


 わたくしがお茶会の席に着くと、王子様は忙しそうに他の貴族の方々に挨拶をしていた。今日のパーティーの主役は王子様なのだから、お礼を言うのに忙しいのだろう。

 紅茶に牛乳を入れようとミルクポッドに手を伸ばしたわたくしに、声がかかった。


「あなたはもしかして、ベルトラン公爵家の令嬢、フィーネ嬢ですか?」

「わたくし、フィーネだけど……」

「わたしはミシェル・アラミス。アラミス侯爵家の息子です」

「初めまして、ミシェル様」


 わたくしが挨拶をすると、ミシェル様がミルクポッドを取ってくださった。お礼を言って紅茶に牛乳を注ぐと、ミシェル様が話しかけてくる。


「レオンハルト殿下は、フィーネ嬢以外の学友を持たないと宣言していますが、こんなにかわいかったら、そうなるでしょうね」

「王子様は、わたくし以外の学友は持たないの?」

「フィーネ嬢がレオンハルト殿下の学友になってから、レオンハルト殿下は女性の学友が欲しかったのかと、様々な貴族たちが自分たちの娘を勧めたのです。レオンハルト殿下はそれを全部断りました」


 そんなことがあっただなんて知らなかった。

 王子様はわたくし一人だけを学友として仲良くしてくれている。

 それはとても嬉しいことだった。


「フィーネ嬢は踊れますか?」

「わたくし、ダンスは得意よ」

「あちらで音楽隊が演奏しています。一曲踊ってくれませんか?」


 手を差し伸べられて、わたくしはもっと王子様の話を聞けるかもしれないと思ってミシェル様について行った。ミシェル様はダンスも上手だったけれど、王子様と一緒に踊る方が慣れているので、わたくしはちょっとした違和感を覚えていた。


「フィーネ嬢はエルネスト子爵家からベルトラン公爵家に養子に入ったと聞きます。婚約の話はありますか?」

「婚約? そんなお話はないわ」

「そうですよね。王族は婚約が早いとは言っても、学園に入学するころに婚約をするのが普通ですからね」


 学園に入学するころと聞いて、わたくしはダンスの足が止まってしまいそうになった。

 王子様が学園に入学したら、わたくしは一歳年下なので、一年間、王子様と離れなければいけない。王子様は学園に入学すれば自然と学友ができると言っていた。

 王子様にわたくし以外の学友ができるのに、わたくしは学園にも行けず、王子様と時々しか会うことができなくなる。


「王子様も、婚約をするのですか?」

「隣国からも、公爵家からも、侯爵家からも話が来ていると聞いています」

「隣国……お姫様と王子様……」


 王子様の隣に誰か並ぶ日を考えると、胸が苦しいような気分になって、わたくしは曲が終わると席に戻った。ミシェル様はわたくしについてきて、話を続けようとしてくる。


「フィーネ嬢はダンスがお上手ですね。踊る姿がとても可憐でした」

「ありがとうございます……」

「フィーネ嬢、アラミス侯爵家のお茶会に招待してもよろしいですか?」


 それに関する答えをわたくしは持っていない。

 お茶会に参加するかどうかは、お義父様とお義母様が決めることだった。


「お義父様とお義母様に聞いてみないと……」

「ベルトラン公爵と御夫君に話をしてみましょう」


 意気揚々とお義父様とお義母様のところに行こうとするミシェル様に、声がかかった。


「ごきげんよう、ミシェル・アラミス殿。本日はわたしの誕生日のお茶会に参加してくださってありがとうございます」

「これはレオンハルト殿下。お招きいただきありがとうございます」

「申し訳ないですが、フィーネ嬢は王宮でわたしと一緒に勉強をしているので、お茶会に行く時間はありません」

「そ、そうなのですか?」

「ベルトラン公爵にはわたしから伝えておきます」

「は、はい」


 王子様の声がなぜか低いような気がする。王子様はこんな低い声だっただろうか。

 もしかして、声変わりというやつではないだろうか。

 お兄様も小さなころはとても美しいボーイソプラノだったと聞いているが、十歳くらいのときに声変わりをして、声が全く変わってしまったと言っていた。わたくしは年が離れているのでお兄様の高い声は聞いたことがないが、声楽家にならないかと誘われたくらいだったので、お兄様は声変わりを音楽家にとても惜しまれたと言っていた。


「王子様、声が低くなってるの」

「そうですか?」

「大丈夫よ、それは、成長のための大事な過渡期だって、お兄様も言っていたの」


 王子様が不安にならないように教えてあげると、王子様はわたくしに向かって微笑みかける。


「フィーネ嬢、彼とどんな話をしていたのですか?」

「ミシェル様と? 王子様のお話をしていたの。ミシェル様は王子様のことを教えてくれていたの」

「ミシェル様……彼のことは名前で呼ぶんですね」

「ミシェル様じゃないの?」

「わたしは?」

「王子様!」

「王子様……はい、フィーネ嬢の王子ですよ」


 なんとなく納得していないような気がするが、王子様は優しく答えてくれた。

 王子様にお名前があるのは知っているが、王子様があまりにも王子様なので、王子様と呼びたくなってしまうのだ。


「王子様じゃダメなの? 絵本の中の王子様より格好よくて、ものすごく王子様だから、王子様のことは王子様って呼んでいるのだけれど」

「そのままでいいですよ。わたしはフィーネ嬢の王子様ですからね」


 日に当たるときらきら光る赤い髪と、宝石よりも美しい緑の目。王子様は姿が格好いいだけでなく、勉強ができて頭もいいし、国立病院で急患が出ればすぐに駆け付けて自分が消耗するのも構わず助ける優しさがあるし、何より、わたくしにとても親切で紳士である。

 王子様を王子様と呼ばずして、他の方を王子様なんて呼べるはずがない。


「隣国にも王子はいます。その方がこちらに来られたら、フィーネ嬢は何と呼びますか?」

「それは、お名前に殿下をつけて呼ぶのでしょう?」

「わたしのことは?」

「王子様!」


 元気に答えたら、王子様はそれで納得してくれたようだった。


「アラミス侯爵子息……覚えておきましょう」


 王子様が低い声で何か言っていたのを、わたくしはよく聞き取れなかったが、その後は王子様がわたくしをダンスに誘ってくれた。

 王子様と踊ると、やっぱり慣れているのでとても踊りやすい。王子様はリードも完璧なのだ。


「今後、誰にダンスに誘われても、受けてはいけません」

「どうして?」

「わたしがフィーネ嬢のファーストダンスからラストダンスまでお相手するからです」

「王子様が? 王子様は他の方と踊らないの?」

「わたしは学友も一人なので、踊る相手がいないのですよ。フィーネ嬢が踊ってくれなければ、わたしは一人です」


 そんなことはないと思う。

 王子様と踊りたい令嬢はたくさんいると思うのだが、王子様がそういうのならばそうなのだろう。


「分かったの。王子様としか踊らない」

「約束ですよ」

「はい」


 わたくしが王子様の小指に小指を絡めると、王子様は嬉しそうに微笑んでいた。

読んでいただきありがとうございました。

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