【6】
しかし今日の散歩はいつもと違った道順だった。凛が困惑し、雅巳に聞く。
「どういうこと…? 今日はその」
「ちょっと視線をふりきるために変えようと思って、ずっと見られているのも、気持ちが悪いしな」
「だからって、、その、こっち行くと…」
凛が戸惑ったのも無理はなく、東側へ行く道だった。
雅巳はわざと人ごみの間を割って入り、そしてぽつりと言う。
「…よし、きれたな」
「は? 何が?」
「だから視線だよ、視線。こちらのほうが人数が多いから、まぎれることができるかと思って。作戦成功だな、うん」
自画自賛する雅巳に嫌悪感はないが、なぜ東側なのか、理解不能だった。
「ねえ、私達逆に目立ってない?」
凛がそう言ったのは理由があり、美しい格好をした男女がたくさんいたからだった。もちろん店も多く、活気にあふれている。といっても、西側みたいに騒がしいのではなく、大人の雰囲気というか、優雅なんだけれど、1枚の絵になりそうな人々が秋風をさまようように歩いているのだった。
ー何だか調子が狂う。
中には貴族の人達も歩いているので、細心の注意を払って歩く。雅巳は慣れているからか、堂々と人間の間をすり抜けていく。
「あの、ちょっと待って」
「…何だ? 速すぎるか?」
「それもあるけど…その…」
自分の身なりを気にする。色とりどりの襦裙は自分には目に毒だった。しかも装飾品をつけており、とても華やかな場だった。
ー貧乏人が来るところじゃないわよね…。
こっそりため息を吐く。せめて雅巳みたいに顔が美形ならいいのだが、凛の場合はそういうわけにはいかない。さっきから確かに追いかける視線があったように感じるが、それはなくなったように感じられる。
「行くぞ」
「ーあの!! ちょっと!!」
手を取られ、歩き出す。雅巳の手は大きくて、しっかりしたものだった。まめができており、日々、真面目に働いている証だった。
ーよく頑張っている証だわ。本当に真剣に働いているのね。
何だか安心して、手を握り返す。周りは夕食でも楽しもうというのか、皆、笑顔で店へ入っていく。
「はい、こっち」
雅巳に言われ、方向を変えると、また歩き出す。その道順には覚えがあった。
「この道順って、まさか…」
「…」
雅巳は何も言わず、凛を引っ張っていく。足がもつれたが、雅巳の手が強く引き、元に戻る。道順を変えたお陰か、人だかりからそれることができた。
ー視線は…感じないわね。
とりあえず注意して周りを観察してみるが、誰もいなさそうだった。どんどん歩いて行き、とある場所で立ち止まる。
「ここは…」
凛も足を止め、建物を眺める。旧玉家、つまり雅巳が住んでいた邸だった。
ー何でここに…?
疑問は口から出せなかった。雅巳が複雑そうに目を細める。
「…。まだ周家は買っていないようだな」
雅巳の声は大きくないのだが、はっきりと聞こえた。
ー手を放したほうがいいわよね。
凛はそっと引こうとしたのだが、雅巳が逆に力強く握ってくる。「え」と戸惑う凛に対し、固く結んでくる。1人では怖いのだろうかなんて推測するが、首を振り、打ち消す。
「…。ここに住んでいたのが嘘みたいだ」
その言葉は懐かしさを込めたものであり、決して涙を流すようなものではなかった。雅巳の中ではもう吹っ切れているのかもしれない。
ー…。ここに住んでいたのか…。
幼少期からのレベルの高さに、凛は首を振る。どうやったって生まれた場所、両親は変えられないし、過去にひたっても何も変わらないと割り切る。
ー同じ人間なのに、生まれた時から身分が違うのね。
親は子を選んて生むというが、もちろん凛は葉家に生まれて良かったと思っている。しかし雅巳はどうなのだろうか。気になって声をかけてみる。
「懐かしいの?」
「うーん、どうだろうな」
邸を見たまま、独り言のように呟く。雅巳の中で自分にしか分からない世界が広がっているようだった。少しでも彼を理解したくて聞く。
「どんな子どもだったの?」
その質問に、ようやく雅巳が凛に注目する。その目の優しさに、どきりとする。
「どんな子どもだったか…」
顎に手を当て、考え始める。凛の子ども時代といえば、泥だらけになっても兄の清と遊び、多くのことを友達から学ばせてもらったのだった。
「そうだな…」
呟くと、一度空を見上げる。それから額に手を置き、眩しさを感じているようだった。その姿の美しさに、凛はほうと息を吐き出してしまう。
ー本人に悪気はないのよね。
だから厄介なのだが、凛は手はそのままにしておくことにした。ようやく顔を元に戻し、凛に言ってくる。
「冷めていた子ども時代だった。大人びていたというか…。皆が遊んでいても、1人でぽつりと遊ぶタイプというか」
「…なるほど」
雅巳らしいと思い、少し笑む。それに気づいたのか、気づかないのか分からないが、雅巳が言う。
「ここで過ごしていたんだよな…。何か今だと夢みたいだ」
そう言い、門に触れる。鉄製のそれは拒絶感を出しており、とてもじゃないが受け付けるとは思わなかった。
ーまだ色々聞きたいけれど…。
そういう雰囲気でもないので、しばし黙る。邸の前で2人だけの世界ができあがりそうだった。それは紙風船を膨らませたみたいな独特の世界観だった。
「ーさて、行くか」
「うん」
雅巳のすっきりしたような声に、凛は安堵し、ついて行ったのだった。




