【4】
「ふう、ふう」
厨房で炒め物の味を確かめようと、凛は息を吹きかける。猫舌なので、熱いものは基本的に苦手だった。
「…うん、大丈夫!!」
笑顔を浮かべると、隣で大根を切っている定が笑いかけてくる。
「ばっちり?」
「ばっちり!! 美味しい!!」
胸を張って言うと、店のほうが騒がしくなった。
「あ!」っと大雅の大きな声も聞こえる。
「何?」
「ちょっと行ってくる!!」
「こら、凛!!」
何か嫌な予感がして行ってみると、父親の大雅が紙を持ち、悔しそうに口をかみしめている。
ーまさか。
手巾で手を拭いながら近づくと、大雅が顔をあげた。
「お父さん」
「…凛か。まただ」
見せられた紙には、「死ね」と書かれていた。これで2回目の投げ文である。
「犯人は…?」
「分からない。すばしっこくて」
「ちょっと待って!! 見てみる!!」
「こら、凛!!」
店から出、左右を確認する。皆、普通に行動しており、誰が投げたのかは判別がつかない。
ーこの中にいるのか。それとももういないのか。
軽く舌打ちすると、凛は店へ戻る。
「駄目だ。分からない」
すまなそうに言うと、大雅は紙を伸ばしながら言う。
「証拠としてとっておこう。役所には…どうするか」
「でも誰がやったか分からないわよ?」
「そうなんだよな。あっという間だったから。そろばんに集中していたのがいけなかったか」
「そうなの。…私が店番だったら」
すぐ追って捕まえたのにと悔しがる。子どものいたずらにしては、ちょっとやり過ぎのような気がする。
「定は?」
「料理を作っている。呼んでこようか?」
「いや、いい。それよりお前、気をつけなさいよ」
「どういう意味? 本当に殺されると思っているの?」
「そうじゃないけれど…。不気味だからね」
紙をパシッと指で弾き、大雅が苦虫を噛み潰したような顔をする。
「気をつけるにこしたことはない。分かったな?」
「うん。気をつける」
そう言い、凛は手を拳にし、叩く。自分が店番の時なら、絶対に捕まえてやるつもりだった。
ー一体、何のつもりかしら?
なぜ嫌がらせするのか、理解できなかった。凛は襦裙の足の裾を持ち上げ、
ー私だって足が速いんだから。
そう思い、大雅に言う。
「これで終わりだといいけどね」
「ああ。まあ、嫉妬とかやっかみでやっているのかもしれないし、人間、よく分からないものだ」
「こんな小さなお店なのに、妬むの?」
「覚えておくといい。人間関係は所詮、水もの。どう動くかは分からない。昨日はいい人だったのに、今日は悪い人になる可能性だってあるんだ」
「…そうなの。分かったわ」
凛は襦裙から手を離すと、きわめて明るく言う。
「さて、お母さんのところに戻るね」
「ああ、そうしなさい」
「はい」
凛は素直にうなずくと、厨房へと戻ったのだった。




