【16】
「ーねえ、市場に行かない?」
散歩の途中で凛が雅巳に提案した。
「何するつもりだ?」
「内緒。行こう」
袖を引っ張ると、雅巳が大人しくついてくる。
市場は夕方でも盛り上がっていた。値段を交渉する人や、パフォーマンスをして客を呼ぼうとする店主など、色んな人達の集まりだった。
「えーっと…」
凛は買い物客の合間を抜けながら、目当てのものを探す。雅巳も人を器用に避けながら進んでいく。
「…あ!! あった!!」
目当てのものが見つかり、凛が足を止める。雅巳は興味深そうに覗き込み、
「ー柿か?」
そう言ってきた。凛は「正解!」と答え、微笑む。
「柿はね、医者いらずって言って、栄養などを豊富に含んでいるの。今の雅巳さんには、最高の食べ物よ」
凛は知識を披露すると、店主に向かって言う。
「柿、ください。いくつにしようかな」
「何個でもいいよ。お姉ちゃん、まけとく」
「そうなの、お兄さん? じゃあこれだけ」
「毎度あり」
袋に入れてもらい、凛は満足そうに雅巳に手渡す。
「もっとよくなりますように」
「…。ありがとう」
雅巳は文句を言わず、柿の入った袋を見つめる。
「本当にいいのか?」
「いいの。いつもお世話になっているから。ーじゃあね、お兄さん」
挨拶すると、凛は雅巳を振り返る。
「散歩の続き、行こうか」
「ああ。そうしよう」
2人は仲良く歩いて行くのだった。
それから日は過ぎ、日中でも寒くなった頃。
「ー凛、おつかいを頼む」
大雅に言われ、凛は近づいていく。
「何? どんなおつかい?」
「すまないが、これを役所に届けて欲しい」
渡されたのは、封に入った書類だった。凛は素直に答える。
「分かったわ。行って来ます」
「気をつけるんだよ」
「うん!!」
胸元に書類を抱き、外へ出る。今日は生憎、曇っており、雨が降りそうなくらい暗かった。
ー早く行って帰って来よう。
そう決めると、足早に歩いていく。通り過ぎる人達はまばらで、皆、うちにいるようだった。
ー洗濯物が気になるわね。
黒い雲を見上げ、気になってくる。その時、
「…きゃあ! 何?」
急に背後から襲われ、ばさりと音がした。何の音と思っていると、簪が道に落ちる。何が起こっているのか、分からないうちに、紙が舞い降りてきて、相手は去っていく。凛は何もできず、呆然と突っ立っている。
ー何? 何? 何?
雅巳から貰った簪を拾おうとした時、髪が前に垂れてくる。「え」と思ったのは一瞬で、どうやら髪を切られたようだった。
ー髪!! 私の髪が…!!
乱暴に切られた髪が、肩を滑って道に落ちる。慌てて犯人を見ようとするが、もう誰もいなかった。
「そんな…。ひどい!!」
目に涙が浮かんでくる。せっかく綺麗に伸ばしているのに、変な風に切られるなんて、あまりにも酷だった。しかも落ちた紙には、
「これ以上、雅巳に近づくな」
そう書かれていた。またしてもの警告に、凛は憤る。
ー何が目的なのよ!! しかも髪まで切って!!
涙が一粒こぼれた。しかし雅巳のせいだとは思わなかった。
ー絶対、犯人を捕まえてやる!!
悔しさで腸が煮えくり返りそうだった。髪は母親の定に綺麗にしてもらおうと決め、頬を拭う。嫌がらせに負けてたまるかと、奮起したのだった。
「覚えておきなさい!!」
大きな声で叫ぶと、周囲の視線が集まってくる。しかし凛は気にせず、渡された紙をくしゃりと潰したのだった。
「ーお前、どうしたんだ、その髪!!」
いつも通り、雅巳とおちあうと、すぐさま言われた。
凛の髪は短くなり、淋しい姿になっていた。
「それがー」
経緯を話し、紙を見せると、雅巳が紙をくしゃりと握りしめる。
「誰がこんなこと…!! 絶対に許さない」
悔しそうに唇を噛みしめる。雅巳が怒ってくれたことで、もやもやしていた気持ちが少しだけ晴れていく。
「犯人、捕まえようと思って」
「ああ。でもお前は危ないからやめておけ」
「嫌よ。私も巻き込まれたんだから、最後までやる」
強い決意に、雅巳が怒ったように言う。
「馬鹿。髪を切られたんだ。お前の身のほうが危ないかもしれない」
「…」
本気で怒って心配してくれているのが伝わり、凛は嬉しくなる。
「ありがとう、雅巳さん」
「くそ…。俺が一緒にいれば…!!」
雅巳は悔しそうに道を蹴る。それだけで十分だと凛は改めて、雅巳がいてくれて良かったと思ったのだった。
「行こう。髪はまた待てば伸びてくるし」
「いいのか? 俺といると危ないぞ」
「いいのよ。乗りかかった船だし、私も許さないんだから」
2人は重くうなずくと、決意を固くしたのだった。




