【15】
雅巳は順調に回復し、甘味処に復活することになった。
「大丈夫?」
甘味処に向かう途中で聞くと、雅巳は力こぶを作る。
「お前のうちのお陰で、この通り元気になったからな。あとで礼をするから」
「礼なんていいわよ。それより腰は?」
「大丈夫だって言っているだろう。このままだと体がなまりそうだから。それに長く休んでいると、美加さんと他の従業員にも迷惑がかかるし」
「それはそうだけど…」
凛だけがまだ納得できず、ため息をつく。この人、本音を言っているのだろうけれど、やせ我慢ではないだろうかと心配になる。
ー情を知らない人間の中にいたら、我慢するものね。
思い出してむっとし、大きく手を払う。嫌な連中のことは頭に浮かべたくなかった。凛は心の中を穏やかにしようと空を見上げる。雲の少ない青空で、鳥が気持ち良さそうに飛んでいく。翼があればな…なんて子どもみたいに思いながら、凛達は甘味処に着いたのだった。
「ー雅巳くん!!」
美加がすぐ気づき、走ってくる。他の従業員達もつられてこちらを見てくる。今日も甘味処は盛況のようだった。
「美加さん、ご心配をおかけしました」
「いいのよ、別に。それより大丈夫なの?」
腰の部分に注目され、雅巳が表情をわずかに崩す。
「はい、お陰様で。こいつのお陰です」
凛がずいっと押され、びっくりする。
「私は別に…」
「いいから。素直に褒められろ」
「…うん」
照れ隠しに下を向いたところで、何やらざわめきが聞こえてきた。
ー何?
気になって見ると、1台の馬車がこちらにやって来た。しかも乗っている人間を見、凛は「げっ」と小さくもらす。
「ーよう、雅巳」
馬車から降りたのは、東が一番先だった。それに続き、置と内とかいう連中が並ぶ。
「…。何だ、お前ら」
せっかく機嫌が良かったのに、雅巳の表情が冷たいものになる。東は「ははっ」と笑い、嫌なことを言ってくる。
「お前、刺されたんだってな。調子はどうだ?」
「…。言う気はない」
「そう言うなって。東側で言い広めておいたから」
馴れ馴れしく肩を抱こうとしてきたのを、雅巳がよける。凛も彼らを睨みつける。
ー何しに来たのよ!! せっかく和んでいたのに!!
追い払うとして、前に出たのだが、雅巳が止める。
「…。俺に任せろ」
「でも…!! 冷やかしに来たみたいだし!!」
凛の言葉に、東達が「ぷっ」と笑う。
「その通り、冷やかしに来たんだよ。なあ?」
「ああ。小さい店」
「味は美味しいのかよ?」
東に続いて2人が喋りだす。さすがに黙っていられなかった。
「ちょっと!! 失礼ね!! 謝りなさいよ!!」
平手打ちでもしようかとすると、避けられてしまった。
「何だ、この女。この前も一緒にいたよな」
「何だっていいでしょ!! 早く帰ってよ!!」
凛の言葉に、甘味処の客達も殺気出す。いい迷惑だった。しかし、東は「ちちち」と指を振ると、堂々と言い放つ。
「お前にお似合いの女だな。猿のままみたいだ」
「猿のまま…!! あのね…!!」
頭にきて今度は蹴ってやろうとしたのだが、後ろから美加の声がする。
「そこまでにしてもらえないでしょうか? 失礼すぎます」
「…。これはこれは」
美加を見、東が「ひゅー」と口笛を吹く。さすがに目は腐っていないらしい。
「ここの店主の流美加と申します。お帰りねがえないでしょうか?」
「冷たいな。いい女だから、俺のものになれ」
「…は? 頭、大丈夫?」
凛が憎まれ口を叩くが、もう東の眼中にないようだった。
「お断りさせていただきます。とにかくお帰りになってください」
もう一度、美加が硬い声音で言う。初めて聞く声に、本気で怒っていると凛は身をすくめる。
ー早く消えなさいよ!!
凛は心の中で叫んだのだが、東達はまだ言いたいようだった。
「ちっ。別にいいよ。いい女はたくさんいるものな。妓女のところでも遊びに行くか、雅巳?」
「断る。いいから去れ。邪魔だ」
雅巳はぶれることなく、しっかりと答える。この人、馬鹿にされても負けない力を持っていると凛は感心する。
ーすごい!! 頑張れ!!
凛は拳を作り、歯を食いしばる。自分も負けないように踏ん張ったのだった。
「つれないな。せっかくおごってやろうとしたのに。この貧乏人」
「…。お前、何が言いたいんだ? この前から?」
「何って、お前をいじめたいんだよ」
はっきり言われ、雅巳が動じるかと思ったがそうでもなかった。
「だったら別の相手にしろ。俺は忙しい」
「どこが? 今、話していたところだろう?」
「しつこいな」
雅巳がいらっとし、髪をかき上げる。それから
「お前は俺のことを下に見ているようだが、俺は興味ない。いい迷惑なだけだ。はっきり言って、邪魔なんだよ。悦に浸りたいなら、1人でやれ。分かったか?」
すごんだ声で、東を睨みつける。東は少し動じたが、口を動かす。
「くそ!! お前なんか俺に言い返していい存在じゃないんだよ!!」
「誰が決めた? お前は神か?」
「それは、その…」
雅巳の押しに、東がたじたじとなる。他の2人も口を挟めないようで、黙っている。雅巳は尚も続ける。
「お前らは自分が偉いと思っているようだが、親元にいるんだろう? 親に守られているお前らに、俺がどうこう言われたくない。仕事だってちゃんとしているし、遊んでいるお前らとは違うんだよ!! 忙しいから帰れ!!」
その通りとばかりに、拍手が起きる。東達の顔が赤くなり、捨て台詞を言ってくる。
「絶対、後悔させてやる!! 覚えていろよ!!」
「…覚えているか、馬鹿」
小声で言い、舌を出した雅巳に、凛はカッコいいと思う。逆に3人でつるまないと強くなれないのかと、東達のことを馬鹿にする。
「じゃあな!! 貧乏人達!!」
馬車が走り出した。皆、立ち上がり、「2度と来るな」とか、「馬鹿野郎」とか言って、中には石を投げつける者までいた。
「申し訳ありません、皆様」
雅巳が客を振り返り、詫びると拍手がわき上がった。意外な反応だったのか、雅巳の目が大きく見開く。
「…良かったわね、雅巳さん。お客さんは味方みたいだよ」
そう告げてあげると、照れくさそうに頭を下げる。
「ありがとう、皆様」
「私からも礼を言います。ありがとうございます」
美加が綺麗にお辞儀すると、客が「塩! 塩!」と言ってくる。
「はい、ただいま!!」
美加は嬉しそうに奥へ引っ込み、すぐ戻ってくる。塩を多めにまきちらすと、皆、すっきりした顔となる。それを賛成するかのように、優しく風が吹きつけてくる。
「さて、皆様、楽しみましょうか! 雅巳くん」
「はい、仕事に入ります。よろしくお願いします」
「頑張ってね、雅巳さん」
和やかな雰囲気に戻ったことに安堵し、凛も店へ戻ろうと踵を返したのだった。




