【14】
雅巳は若いこともあり、一日一日快方へ向かっていった。傷が浅かったのも良かったのかもしれない。
「少し動きたいな」
刺された腰をさすりながら、凛に調子がいいと主張してくる。しかし凛はちちち、と指を振る。
「お医者さんの許可が出るまで駄目」
「…残念」
ぱたと倒れる真似をする雅巳は、本当に寝ているのに飽きているようだった。凛は笑顔を作ると、椅子から立ち上がる。
「薬の時間だから、水を持ってくるわね」
「ああ、悪いな」
「遠慮しないの。怪我人は甘えていいのよ」
凛の言葉に、雅巳が固まった。どうやら甘え方を知らないらしい。
ーあの家族じゃ…。
思い出すだけで、煮えくり返ってくる。凛は首を振り、忘れることにした。
「じゃあ行ってくるわね」
部屋を後にし、ため息を吐く。とりあえず凛だけでも雅巳の味方でいたかった。しかし歩いていると、怒鳴り声がする。
「ちょっと!!」
大雅の慌てた声に、何事かと凛は走り出す。すると、店に雅巳の母親の玉結果がいたのだった。
ーあの人!!
びっくりすると、体を回転させて隠れる。もしかして、陳華穂が偽だとばれたのだろうか。
ーそんな気配はなかったけれど…。でも。
雅巳が言っていた視線が気になる。凛は耳をそばだてて大雅と結果の会話を聞く。
「ちょっと!! 早くうちの息子を返してよ!!」
「お客様、落ち着きください…!!」
「客で来ているわけじゃないのよ!! 誰が買うものですか、こんなみすぼらしい店の商品なんて!!」
「みすぼらしい…!!」
大雅の驚いた声と同時に、凛は頭にカチンときた。本当に人を傷つける言葉しか教わって生きてこなかったのかと怒鳴りたくなる。
大雅もむっとしてしたようだが、表には出さす、ゆっくり言う。
「申し訳ありませんが…あなたの息子さんがここにいるとは、誰から…?」
「別にいいでしょ!! そんなこと!! それよりも早く返してよ。じゃないと、お金がないのよ!! 働くだけがあの子に課せられた生き方なんだから!! 早くよこしなさいよ!!」
本当に腹を痛めて生んだ人の台詞と凛は悔しがる。雅巳のことよりも、金が優先なんて信じられなかった。
ー本当に、殺してやりたくなる。
犯罪を犯す気はないが、雅巳が気の毒だった。雅巳自身もたまに頭にくることもあるのだが、ここまで凛を怒らせることはなかった。情があるだけ、雅巳のほうがいい人間である。
ー一言、言ってやろうかしら?
拳を作り、2人の前に出ようとするが、凛華穂が偽物だとばれると、さらに面倒くさいことになりそうなので、その場で見守ることにした。
「申し訳ありませんが、あなた、本当に親ですか?」
大雅が努めて冷静に言う。が、内心、怒り出しているのが肌で伝わってくる。
結果は「はん!!」と笑うと、さらに大声で言う。
「あの子には、何してもいいのよ!! 親のために苦労するのは当たり前でしょう!! だから他人に何か言われる必要はないわ」
「ーお客様」
大雅の声が低くなり、凛は身をすくめる。本気で怒ったようだった。
「いいですか、子どもは親に良い記憶があるから、恩を返してくれるんです。それをお金、お金って…。酷いと思わないんですか? 子どもの心配より、お金の心配をしているんですよ? あり得ません」
「あのね…!!」
「ーお帰りください。情のない親に子どもが帰ってくるはずがないでしょう? そもそもあなた自身が働けばいいんですよ」
良いことを言ったと大雅を応援すると、結果がさらに言う。
「ふん!! 子どもは親を楽させるために生きているのよ。うちの家族事情に関わって欲しくないわ」
「あのですねー」
バシンと叩く音がした。どうやら大雅が結果を叩いたらしい。
ーお父さん、よくやった!!
心の中で褒めると、大雅が冷たい声を出す。
「子どものことも知らず、親だけが甘えるなんて…。そんなのはあり得ないんですよ。親の背中を見て子どもは育つんです。分かりますか?」
「分かるわけないでしょう!!」
叩かれた頬に手を当て、結果が「きー!!」っと声をあげる。大雅は尚も続ける。
「親が子に愛情を与え、大切に育ててくれるから、その分、返してくれるんです。良い記憶があるから、親孝行してくれるんですよ。分かりますか?」
「分かるわけがないでしょ!! もういいいわよ!!」
結果は怒ったまま、踵を返し、出て行った。残った大雅はほうと安堵の息を吐く。
「…お父さん」
タイミングを見て声をかけると、大雅は怒りを消していた。それに安心し、凛もつめていた息を吐き出す。
「塩をまくか、塩」
ふふっと笑う大雅に、凛も笑顔を浮かべる。
「ありがとうね。雅巳さんを守ってくれて」
「何、お前達の倍は生きていれば知恵もわくさ」
大雅に頭をぽんぽんと叩かれ、その気持ちの良さに、凛は目を細める。それと同時に雅巳はこんな風に甘えたことがないんだろうと気の毒になってくる。
ーどうやって生きてきたんだろう?
素直な感想だった。大雅もそう思ったのか、優しい表情になる。
「雅巳くんに今のやりとりは…」
「多分、聞いていないと思う。うとうとしているみたいだから」
「…そうか。それならいい」
大雅が奥をちらっと見、結果が出て行った方向を見る。凛もつられて眺め、大雅に心配そうに言う。
「お店の評判、大丈夫…?」
「ああ、そのことか。それなら平気だ。子どもが心配することじゃない」
「でも…!! あの剣幕だとなにするか…!!」
「大丈夫だ。うちはお客様と信頼関係があるんだから」
大雅の柔らかな声音に、凛は心の底から安心する。
ー雅巳さんはこんな思い、あるのかしら?
親が不出来で子どもが優秀だと、どういう家族で今までいたのか気になってくる。雅巳もかなり苦労しているのではないだろうか。
ー人間、よく知らないと駄目ね。
表面だけで決めつけていた自分をはじ、凛は大雅に聞いてみる。
「また来たらどうする?」
「そうだな…。ほうきでも持って追い払うか。ごみだって」
「…あはは。それはいいかも」
「だろう?」
親子は笑顔になると、凛は怒りを消し、大雅に言う。
「雅巳さんの側には戻るね」
「ああ。あの、甘えたいようだったら甘えさせなさい」
「はい。分かりました」
そう言うと、凛は優しい表情で水を取りに行ったのだった。




