【13】
結局、雅巳の状態は命に関係なく、内臓も無事だった。ただし、しばらくは安静にしていろと言われたので、凛のうちで療養することになった。
「うちでもいいのに」
雅巳が少しかすれた声で、申し訳なさそうに言う。凛は「馬鹿」と言うと、雅巳に顔を近づける。
「うちに帰っても誰もいないんでしょう? それじゃあ何かと不便よ」
「しかしお前のうちに、迷惑をかけるわけには…」
「いいの! 今はゆっくりしなさい!!」
凛がびしっと人差し指をつきつけると、雅巳はくすりと少し笑った。凛は久しぶりに嬉しくなり、体を前に出す。
「何か食べたいものはある?」
「そうだな…」
悩む雅巳を見ながら、凛はこっそり安堵の息を吐く。雅巳に関わるなとは、こういうことを意味していたのだろうか。
ー刺したかったのは、私みたいだけど…。
雅巳が呪詛返しをしたので、どうなることやら。
それよりも今が大事だった。
ー女としては、嬉しいとしか言いようがないわね。不謹慎だけど。
雅巳を独り占めしたみたいで、嬉しかった。額に乗せた手巾をとり、桶に入った水で洗うと、また雅巳の額に乗せてやる。気持ちがいいのか、雅巳がふうと息を吐き出す。
「凛、ちょっといい?」
定に呼ばれ、床から離れる。どうやらお粥を作ってくれたようだった。
「雅巳くんに食べさせてあげて」
「ありがとう、お母さん」
盆ごと受け取ると、凛は雅巳の元に戻る。
「ーお粥、食べる?」
「…どうするか」
雅巳は天井を見つめた後、凛へ顔を向けてくる。具合が悪いのに、ほてった頬が色気にあふれている。
ーもう。こんな時まで無駄に色気を出しなくていいのに。
顔が赤くなっていくので、凛は軽く頬を叩く。
「…食べさせてくれるか?」
雅巳が大胆なことを言ってきたので、凛はますます赤くなる。
「いいけど…。起き上がれる?」
「手を貸してくれるか?」
雅巳が手を伸ばし、凛へ向けてくる。嬉しいような、恥ずかしいような気持ちで、彼の体を抱きしめ、起き上がらせる。
「…痛い?」
「多少はな。でも心配するな。すぐに治る」
そう言い、雅巳が意地悪そうに笑う。
「ふーふーして食べさせてくれるか?」
「え…。…いいけれど」
凛はレンゲを持ち、お粥をすくう。卵が入っているらしく、良い香りがする。それから冷ますために、息を吹きかけ、雅巳へ差し出す。
「…はい。あーん」
「ああ。…美味い」
雅巳は味を楽しむように、一口一口噛みしめる。
何だか嬉しくなって、次々と雅巳に与える。静かな一時だが、幸せだった。
ー雅巳さんも素直だし。いい雰囲気だわ。
くすりと小さく笑い、凛はお粥を運ぶ。腹が減っていたのか、あっという間に終わったのだった。
「お粥、貰ってくるわね」
「ああ」
雅巳を1人残し、退室すると、父親の大雅と兄の清が何かしら会話している。耳をそばだててみると、
「廟で首をつった女がいたらしい」
「そうなのか? いくつくらいの?」
「二十代くらいかな…。さすがに見には行かなかったけれど」
2人はむっつりと黙り込んでしまった。どうやら雅巳には関係のないようなので、流して2人に言う。
「見て見て!! 雅巳さんが完食した!!」
「お! そうか。それは良かった。なあ、父さん」
「そうだな。食べることは生きることだからな。栄養を取らないと」
「うん!! だからお粥のおかわりを持って行くの」
凛は努めて明るく言い、厨房へ向かったのだった。




