【1 1】
夕方、桃色と紫色の混じった幻想的な色の空の下、凛は雅巳と散歩の途中だった。生暖かい風が吹き、2人の頬を撫でていく。このまま時が止まればいいのにと思うほど、光景だった。
しかし、雅巳が突然足をとめる。
「…どうしたの?」
凛も足を止め、雅巳を見上げる。彼は身震いすると、
「どうも視線を感じてな…。何か薄気味悪い」
「そうなの? えっと…」
凛は周りを見てみるが、皆、自分達の世界に浸っている。しかも秋空の下、落ち着かせるように虫達が鳴いている。
「誰もいないけれど?」
「そうなんだけれと」
雅巳は顎に手を当て、考え込む。それから
「散歩の道順を変えるか」
「え…」
突然の申し出に、凛は口に手を当てる。もちろん異存はないのだが、少し抵抗がある。
「別に私は構わないけれど」
「そうか…。じゃあ」
雅巳が言いだそうとしたその時、1台の馬車がやって来た。通り過ぎるだろうと思い、道の脇に避けると、なぜか馬車が側で停まったのだった。
ー何? 麗さん達?
とっさに顔を思い浮かべたのだが、顔を出したのは見たことのない男3人組だった。
「ーよう、雅巳」
親しそうに話しかけた男は、雅巳と同い年くらいだろうか。意地悪そうな顔をしているが、見ようによっては美形だった。
雅巳は彼を確認すると、
「誰だっけ?」
と冷たく言い放った。それから興味なさそうに顔を背ける。
「この野郎…」
「待て」
意地悪そうな男は、同乗している男を止め、名乗ってくる。
「ひどい奴だな。友達の顔も忘れたのかよ? 俺だよ俺。東だよ」
「…。東?」
雅巳は首を傾げ、それから凛に「行こう」と促す。
さすがに東と名乗った男は悔しいのか、大声を出す。
「この貧乏人!!」
「…。は?」
雅巳が振り返り、睨みつける。東は反応があったことに機嫌を良くし、話しかけてくる。
「店は残念だったな。お前の家、お人好しなんだよ」
「…。興味ない」
ふいと顔を背けた雅巳に、東はしつこい。
「そうつれなくするなって。何なら金を貸すか?」
くすくすと他の男達も笑い出す。何、こいつらと凛は怒る。
ーいい袍を着ているから、東側の人達かしら? それにしてもひどすぎる。
凛が腕まくりして言い返そうとすると、雅巳が腕を止める。
「何で…」
「ちょっと黙っていろ。俺に用があるみたいだから」
「…。うん」
ここは雅巳に任せたほうがいいと判断し、おし黙る。
東は雅巳が視線を向けてきたことが嬉しいのか、べらべら喋る。
「お前、今、どこにいるんだよ? 教えてくれないか?」
「さあ? お前には関係ない」
はっきりと雅巳は斬ったが、東は続ける。
「この野郎…!! さっきからすましやがって!! 所詮、お前なんかもう終わりなんだよ!! 家も手放したし、店もないし!! ざまあみろ!!」
「…」
雅巳は無表情で立ったままだった。凛のほうが憤る。
ーあの家族といい、こいつらといい!!
雅巳が東側にいた時の知り合いは、全員駄目人間に思えた。そんな奴らが美味しいものを食べて、綺麗な場所に住めて、神様は不公平だと涙を浮かべそうになる。
ー西側に来て、雅巳さんは良かったかもしれない。
少しずつだが、凛の前で表情を出してくれる彼のほうが好きだった。人間味があるというか、温かい感じがするのだ。
ーこいつらのほうが冷たい人間よ!!
凛は心の中で舌を出す。天罰がくだればいいのにと思っていると、まだ無駄話は続く。
「お前の噂、広めてやる。ーなあ、置、内?」
「おう」
「任せろ」
にやにや笑って嫌な奴らだった。他人の不幸が楽しくてしょうがないタイプの人間らしい。どこの場所にも1人はいるものだが、こうもあからさまに敵対心を出されると頭にくる。
ー何が噂を広めるよ!! 東側がそんなに偉いわけ!?
凛は石を拾い、馬車に向かって投げようとしたのを、雅巳がすかさず止める。
「雅巳さん…!!」
「いいから」
どうやら雅巳は何を言われても平気なようで、淡々としている。3人を次々と見ると、はっきりした声で、彼は言う。
「ーもういいか? お前らのストレス発散になりたくない」
「はっ!! よく言う!! お前なんか大嫌いなんだよ」
「それはどうも。じゃあな」
やり過ごして行こうとする雅巳を、東は追ってくる。
「この世は弱肉強食だ。やられたらおしまいなんだよ。いい加減、認めろ!! 自分が負け組だってな」
「負け組…」
「そう。負け組なんだよ、お前!! それなのに平気な顔しやがって!! むかつく!! もっとぼろぼろになれ」
「…。馬鹿か」
ぼそっと雅巳は言うと、東に向かって鋭い一言を告げる。
「負け組だか、弱肉強食だか知らないが、これだけは言っておく。俺はお前達に関わりたくない。更に言うと、人を簡単に笑うと、必ず復讐が待っているから、気をつけろ」
「へえ。復讐するってか? お前が?」
はん、と鼻で笑い、皆で雅巳を馬鹿にする。しかし凛だけは言い返した雅巳のことを誇りに思った。
「…馬鹿はどこにもいるから、ほっときましょう」
小声で言うと、雅巳はうなずき、手を挙げる。
「じゃあ、元気でな」
「失礼いたします」
凛も負けじと綺麗にお辞儀すると、馬車を無視して歩き出した。後から悔しそうな舌打ちが聞こえたが、2人は知らん顔したのだった。




