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死なずの女王、あるいは白雪姫の物語

作者: ののめの

サブタイトル「もしも白雪姫が原作より200%(当社比)増しで頑丈だったら」


◆アップデート内容


お話の登場人物の性能を変更しました。


【白雪姫】

・年齢を16歳に引き上げました。

・警戒心をより強くしました。

・耐久力をより高くしました。

・バイタリティをより高くしました。


【王子様】

・より早く物語に登場するようにしました。

・白雪姫とのロマンスを追加しました。

・出番を少しだけ増やしました。


【お妃様】

・罪状を増やしました。


【魔法の鏡】

・テキストの修正を行いました。


ほかにもさまざまなバランス調整を行なっております。

先に白雪姫の原典(グリム版)をお読みになるともっと楽しめます。青空文庫の菊池寛訳がおすすめ。

 昔々、ある所に白の国という国がありました。冬になると辺りが一面雪で真っ白になるから、白の国と呼ばれているのです。

 その白の国のお妃様は、ある冬の日に窓辺で縫い物をしていました。黒檀の窓枠に切り取られた外の景色は一面真っ白く、ちらちらと降る雪以外は動くものもなくしんと静まり返っています。お妃様は時々窓の外を見ながらちいさな産着に針を通していたのですが、降る雪を目で追っているうちにうっかり針で指を刺してしまいました。

 指先から滲んだ血を見て、お妃様はふと思いついたように窓を開け、手をかざしました。ぽたりと傷口から滴った血が雪の上に落ちると、お妃様は窓を閉めます。すると、黒い窓枠の中で雪の白と血の赤がそれはそれは美しく見えました。


「ああ、なんて綺麗なのかしら。わたくしの子供が生まれる時は、雪のように白くて、血のように赤くて、窓枠の木のように黒い、そんな子供であって欲しいものだわ」

 

 お妃様がそう呟くと、お妃様の指の傷の手当てをするためにやってきた召使いが言いました。

 

「お妃様、美しい子供は神様に好かれるがあまり早く亡くなってしまうと聞きます。若くして神様の元へ召されてしまわないよう、強く元気な子供であるようにも願った方がよろしいですよ」

「あら、そうね。ではそうしましょう」

 

 こんな召使いとお妃様の会話を神様が聞いていたかはわかりませんが、それからまもなくお妃様はひとりの女の子を生みました。その子はお妃様が望んだ通り肌は雪のように白く、ほっぺは血のように赤く、髪は黒檀のように黒かったので、白雪姫と名付けられました。

 お妃様は白雪姫が生まれてすぐ亡くなってしまわれましたが、最後に召使いが抱っこした白雪姫の顔を見て、ほほえみながらこう言いました。

 

「ああ、わたくしの願った通りの美しいお姫様だわ。どうか強く元気な子に育って、わたくしの分まで長生きしてちょうだいね」

 

 お妃様の最後の願いを聞き届けたのか、白雪姫はすくすくと育ち、元気なお姫様になりました。


 ところで。お妃様が亡くなった一年後、王様は新しいお妃様を迎えていました。この新しいお妃様はたいへん美しい人でしたが、世の中に一人でも自分より美しい人がいるのはどうしても許せないという高慢で気性の激しい人でした。

 新しいお妃様はどんな質問にも答える魔法の鏡を持っていて、時々鏡の前に立ってはこう言いました。

 

「鏡よ鏡、この国で一番美しいのは誰?」

 

 すると鏡が答えます。

 

「それはお妃様です。あなたに勝る美しさを持つ人はこの国にはおりません」

 

 その答えを聞いて、新しいお妃様はいつも満足するのでした。魔法の鏡は決して嘘を言わず、何でも聞かれたことには真実だけを答えるからです。

 

 さて、一方の白雪姫はどうしているかというと、七歳にして誰もがはっと目を見張るような美しさを備え、召使いを引き連れてお城の林の中を駆け回る元気に溢れたおてんばお姫様に成長していました。

 生みの母親の前のお妃様は若くして亡くなり、父親の王様も白雪姫が五歳くらいの頃から病気に伏せっていましたが、その二人が「自分の分まで強く元気で長生きして欲しい」と願ったおかげか、白雪姫はいつも元気いっぱいでした。

 

 ある日のこと、お妃様はいつものように「鏡よ鏡、この国で一番美しいのは誰?」と魔法の鏡に尋ねました。

 すると鏡が答えます。

 

「この国で一番美しい人はお妃様、あなたの他におりません。けれども、成長した白雪姫はあなたよりずっと美しくなることでしょう」


 それを聞いて、お妃様は顔色を変えました。まだ幼いながらも輝くような美しさをたたえた白雪姫のことは、お妃様の耳にも入っています。お妃様は妬ましさと憎らしさのあまり美しい顔を醜く歪めて呟きました。


「おのれ、白雪め。わたしより美しい女など許さない。わたしより美しいものがこの国にあってはならないのだ」


 この日から白雪姫は粗末な服を着せられ、髪を結ったりお化粧をされたりもせず、毎日みすぼらしい格好で過ごすようになりました。それでも、白雪姫は気にしません。下働きの男の子が着るような質素な服を着て、ぼさぼさの髪は使い古した革の紐で結んで、白い肌が日に焼けるのも構わず外を駆け回っては遊んでいました。

 そうして四年が過ぎて、十一歳になった白雪姫はある日お城の夜会に出ることになりました。お妃様が自分より美しくならないようにと古いドレスを着せて、髪にも飾りをつけさせず、わざと美しさを隠すような化粧をさせたので、白雪姫はぱっと見ただけではお姫様にしてはずいぶんみすぼらしい娘でしかありませんでした。

 美しいお妃様とみすぼらしい白雪姫が一緒に夜会に出れば、当然みんなお妃様の方に夢中になります。ひっきりなしに訪れる人達に囲まれたお妃様と違って、白雪姫はひとりぼっちでぽつんと立っていなければならなかったので、つまらなくなってバルコニーに出ました。背の高い山々から吹いてくる涼しい風に頬を撫でられながら、白雪姫が藍色の空に光る星をぼんやりと眺めていると、ふとその背中に声がかかりました。


「失礼。隣に立っても構わないかな?」


 まだ声変わりをする前の高く澄んだ男の子の声に、白雪姫は振り返りました。見ると、バルコニーの入り口には白雪姫と同じくらいの年頃の男の子が立っています。白雪姫と同じように黒い髪で、白い肌で、赤い頬をした男の子でした。


「いいわよ。ここはとっても風が気持ちいいの、あなたもおいで」


 白雪姫が言うと、男の子は白雪姫の隣に立ちました。並んでみると、男の子は白雪姫より少し背が高く見えました。


「あなたもつまらなくなって抜け出してきたの?」


 白雪姫が聞くと、男の子は頷きます。みんな美しいお妃様に少しでもお近付きになろうとあれこれ聞こえのいい言葉を並べてへらへらと笑っているのが気持ち悪くって見ていられなくって、バルコニーまで逃げてきたそうです。


「ここは星がよく見えるね。夜会にいるより、ここで星を見ていた方がずっと楽しそうだ」


 男の子が言うと、白雪姫も答えます。


「そうね、わたしも誰も話しかけてくれないからひとりぼっちでずーっと立っていなければならなくって、退屈だからここへ来たの。ね、一緒に新しい星座を作って遊びましょう」


 それから白雪姫と男の子は、バルコニーで星を眺めながら二人きりでめいっぱいおしゃべりを楽しみました。男の子は隣の国から来ているそうで、自分のことや本を読んだり授業で習ったりして知ったことなど、白雪姫の知らない話をたくさんしてくれたので、白雪姫も同じように色んな話を男の子に聞かせました。

 男の子は夜会が終わる頃になると召使いに呼ばれて中へ戻って行きましたが、その間際に白雪姫にこう言いました。


「来年も来られたらまた会おう。僕はここで待っているようにするから」


 はたしてその言葉の通り、次の年の夜会でも男の子はバルコニーにやってきました。その年も、そのまた次の年も白雪姫と男の子は顔を合わせて言葉を交わし、どんどん仲良くなっていきました。


 そして、白雪姫が十六歳になる頃。お妃様が「鏡よ鏡、この国で一番美しいのは誰?」と魔法の鏡にお決まりの質問をすると、とうとう鏡はこう答えました。


「それはお妃様だと、この国の誰もが言うでしょう。しかし本当に美しいのは白雪姫です。どんなにみすぼらしくなるように仕向けても、白雪姫はお妃様より何倍も美しい」


 これを聞いたお妃様は血相を変え、妬ましさと憎らしさと腹立たしさとではらわたが煮えくりかえるほどに怒り狂いました。とうとう我慢がならなくなったお妃様は一人の狩人を呼びつけて、こう命令したのです。


「あの憎らしい白雪を森に連れて行って殺しておしまい。殺した証拠として、白雪の心臓を抉り取って持って帰ってくるように」


 狩人はこの恐ろしい命令を聞いて震え上がりましたが、王様が病気で寝込んでいる今はお妃様が国で一番偉いのですから、その命令に逆らうわけにはいきません。狩人は言われた通り白雪姫をお城の外の森まで連れ出して、白雪姫が遊んでいる隙に大ぶりのナイフを抜いて後ろからひと突きにしようとしました。

 ところが、白雪姫がたまたまこちらを振り向いてしまったので、それはうまくいきませんでした。白雪姫は狩人がナイフを構えているのを見て大変驚き、その次にははらはらと涙をこぼしました。


「お母様が、あなたにわたしを殺せと言ったの? そんなにわたしが憎いなら、わたしは森の奥に行って二度とお城へは帰らないわ。だからどうか殺さないで」


 白雪姫が泣きながらそう頼むので、狩人は白雪姫がかわいそうになり、とてもナイフを突き立てることなどできなくなりました。


「それなら、なるべく遠くへ逃げなさい。森の奥に行って山を越えれば、お妃様にも見つからないだろう」


 狩人はそう言ったものの、どうせ遠くへは逃げられないだろう、と思いました。森には恐ろしい獣がたくさん住んでいるからです。

 白雪姫は狩人に小さくお礼を言ってから、森の中へと駆け出していきました。狩人は白雪姫を見送った後、ちょうど出会ったイノシシの子供の心臓を切り取って、白雪姫の心臓の代わりにお妃様の所まで持って行きました。差し出された小さな心臓を見たお妃様は、これで白雪姫は死んでしまったのだと思って大笑いをしました。


 一方の白雪姫は、森の奥を一人でずんずん進んでいました。石ころだらけの道を踏み越え、いばらをくぐり、足の続く限り白雪姫は走ります。途中で何度か獣も見かけましたが、獣達は白雪姫に近付くこともなくただすれ違うばかりです。そうしていくつも山を超えた頃には、もう日が暮れ始めていました。


「今日寝る所を探さないと。いい木陰があるといいけれど」


 白雪姫がそんなことを考えながら森の中を歩いていると、少し開けたところに小屋があるのが見えました。


「ちょうどいいわ。あの小屋で休ませてもらいましょう」


 白雪姫はごめんくださいと扉を叩きますが、返事はありません。試しにドアノブをひねってみると、扉は簡単に開きました。白雪姫が小屋の中に入ってみれば、小屋の中にあるものはどれもこれも白雪姫達が使うものより一回り小さいものばかりです。石造りの暖炉のそばにある火かき棒も、台所に掛けてある鍋や包丁も、壁際に並んだベッドもなんだか小さくておもちゃのようだけれど、とても立派に作ってあります。その小さな家具に囲まれた居間の真ん中には真っ白いテーブルクロスをかけた食卓があって、七つの椅子の前に七つの食器に盛られた料理と七つの杯に注がれたお酒がありました。


 白雪姫はここまで木の実と葉っぱしか食べていなかったのでその料理がとてもおいしそうに見えてたまらず、七つのお皿からひとつまみずつ肉と野菜をもらって食べ、七つの杯からひとくちだけお酒を飲みました。ひとつのところから取ってしまうとそこだけ他より少なくなってしまって気の毒だと思ったのです。

 それから、疲れていたので寝床を使わせてもらおうと思いましたが、壁際にある七つの小さなベッドはどれも白雪姫の体には小さすぎます。いくつかのベッドをまたぐようにして横になれば寝れないこともなさそうですが、一人でいくつもベッドを使ったら元の持ち主が寝られなくてかわいそうだから、と白雪姫は床に丸くなって寝ることにしました。


 白雪姫がすやすやと眠っているうちに外はすっかり暗くなり、小屋の持ち主達が帰ってきました。この小屋には七人の小人が住んでおり、小人達は近くの山で毎日金や銀や宝石を掘り出す仕事をしているのです。

 小人達は小屋に戻ってきて灯りをともすと、誰かが床に寝ているのに気付いて驚きました。


「あそこで誰かが寝ているぞ」

「わしらがいないうちに入り込んだのか」

「皿の料理も少し食べられた跡があるぞ」

「杯も誰かが口をつけたみたいだ」

「椅子も誰かが座ったようだ」

「すると、ここで寝ているものが使ったのかな」

「こんな森の奥まで来るなんて、どんな奴だろう」


 七人の小人達は恐る恐る白雪姫に近付き、そして眠っている顔を見て声を揃えて言いました。


「おや、まあ、なんてかわいい子だろう!」


 その声を聞いて、白雪姫が目を覚まします。白雪姫は七人の小人を見て大変驚きましたが、どこか寝床を探していたので小屋に入らせてもらったこと、とてもおいしそうに見えたので小人達の食事を少し分けてもらったことを話しました。


「勝手に入ってごめんなさい。一晩休ませてもらったら出ていくわ」

「いいや、気にしなくていいのだよ。それよりおまえさんの名前は何というのだね?」

「白雪よ。みんなには白雪姫と呼ばれているわ」

「おまえさんは、どうしてここまでやってきたんだ?」

「新しい母親が狩人に命令してわたしを殺そうとしたのだけど、その狩人がわたしを見逃してくれたからどこか遠くへ逃げる途中だったの」

「おや、まあ、そうなのかい! なんと気の毒に」

 

 白雪姫の話を聞いて、小人達は大層心を痛めました。こんなにかわいらしい子が親に憎まれて家から追い出されるなんて、とてもかわいそうだと思ったのです。そうして、この子のために何かできることはないか、と小人達は考えてこう言いました。

 

「白雪姫や。もしも、おまえがこの家で料理や洗濯や掃除を手伝ってくれるならこの家を寝床にしていいし、縫い物や編み物までしてくれるなら、ずっとこの家で何不自由なく過ごせるようにしよう」


 それを聞いて、白雪姫は答えました。


「うまくできるかわからないけど、やってみるわ。お料理も掃除も洗濯も、縫い物や編み物だって上手になるように練習するから、ここに置いてちょうだい」


 こうして、白雪姫は七人の小人の家に住むことになりました。

 白雪姫はすぐに料理や洗濯や掃除のやり方を覚え、縫い物や編み物もできるようになりました。そうして毎日食事を作り、小人達が仕事でいない間に小屋の掃除や洗濯をし、小人達が着る服を繕ったり小物を編んだりして過ごしました。

 白雪姫と小人達は毎日仲良くして楽しく暮らしましたが、小人達は毎日朝から晩まで仕事をしなければならないので、その間家で一人でいる白雪姫のことが心配で仕方がありません。


「白雪姫や、もし一人でいる時に誰かが訪ねてきても、決して扉を開けてはいけないよ。いじわるな継母がおまえを殺しに来るかもしれないのだからね」


 小人達はいつも白雪姫にこう言い聞かせるので、白雪姫はその度に心配いらないわ、と答えていました。


 さて、その頃お妃様は、白雪姫は死んでしまったものだと思い込んでいたので、すっかり良い気分になって過ごしていました。魔法の鏡に聞くまでもなくこの国で一番美しいのは自分だ、と思っていたのでしばらく魔法の鏡に話しかけることもありませんでしたが、ある時気まぐれを起こして久々に魔法の鏡に尋ねました。


「鏡よ鏡。この国で一番美しいのは誰?」

「この国で一番美しいのはお妃様だと、皆が思っています。しかし本当に美しいのは白雪姫です。白雪姫は、あなたより何十倍も美しい」

「なんですって。白雪は死んだはずよ」

「いいえ、白雪姫は生きています。山を七つ越えたところにある七人の小人の家で今も元気に暮らしています」


 これを聞いたお妃様はそれはもう激しく怒り狂って、白雪姫が余計に憎らしくてたまらなくなりました。

 そして、お妃様は今度こそ白雪姫を殺してしまおうと考えて、一度絡みついたら決してほどけない魔法の飾り紐を作り、旅の商人に化けて白雪姫と七人の小人が暮らす小屋まで向かいました。


「こんにちは。素敵な品物はいりませんか。どうか見て、買ってくださいな」


 お妃様は薬でしゃがれさせた声を張り上げて扉を叩きますが、白雪姫は扉を開けません。こんな山奥までやってくる商人なんていないと知っているからです。

 そこでお妃様は屋根に登って、小屋の窓の一つを囲うように飾り紐を垂らし、その端を手に持ちました。次に目や喉がちくちくする毒の粉を取り出し、煙突から小屋の中に少しずつ落とします。

 

「なんだか埃っぽいわね」

 

 小屋の中に舞う毒の粉に白雪姫が気付き、窓を開けて空気を入れ替えようとした隙に、お妃様は思いっきり飾り紐を引きました。魔法の飾り紐は窓から顔を出した白雪姫の首に絡みつき、その細い喉を絞めます。


「何かしら、この紐。じゃまくさいわね」


 白雪姫は首に絡みつく飾り紐に指をかけると、ぐいと引っ張ります。すると飾り紐は二つにちぎれ、白雪姫の喉から外れました。


「あら、よく見たら綺麗な紐ね。小人さんの服の帯に使うのにちょうどいいわ」


 白雪姫は屋根から垂れ下がる飾り紐を取ろうとして、端を掴んでするすると手繰り寄せます。そうするとお妃様はずるずると引きずられて屋根から落っこちそうになり、慌てて飾り紐から手を離してお城へ逃げ帰りました。


「おのれ、白雪め。このままで済ましてなるものか」


 城へ戻ったお妃様は、今度は髪に挿し入れると毒が回って死んでしまう魔法の櫛を作って白雪姫の下へ行きました。白雪姫が小屋から出てこないのはわかっていたので、お妃様は白雪姫の目を盗んで庭に干してあった洗濯物を取り、離れたところに散らしました。


「いけない、洗濯物が飛ばされているわ」


 洗濯物が物干しから外れているのに気付いた白雪姫は、小屋から出てきて洗濯物をかき集めます。そうして最後の一つを拾おうと腰をかがめた時、茂みに隠れていたお妃様は腕を伸ばして白雪姫の頭に櫛を挿し込みました。


「あら、何かしら。なんだかちくっとしたけれど」


 しかし、白雪姫はけろりとした様子で立ち上がって、頭を触ります。その拍子に髪に挿さっていた魔法の櫛が落ちて、白雪姫の足元に転がりました。

 

「まあ、誰かの落とし物かしら。持ち主が探しに来た時のために、よくわかる所に置いておきましょう」

 

 白雪姫は魔法の櫛を近くにあった木の根元に置くと、洗濯物をまとめて小屋の中へ戻っていきました。それを見て、お妃様はますます悔しがります。

 

「おのれ、白雪め。次こそは息の根を止めてやる」

 

 お妃様は急いで城に帰り、今度は一滴飲むだけで体が動かなくなって死んでしまう魔法の毒を作りました。そして、小人達の小屋の近くにあるりんごの木の所に行くと、たくさん生っている実のひとつに魔法の毒をたっぷりと垂らしました。

 

 やがて日が暮れる頃、仕事を終えた七人の小人達は森の中にあるりんごの木の前を通りかかりました。小人達は真っ赤なりんごの実をてきぱきともいでいくと、小屋に持って帰りました。

 

「白雪姫や、りんごが食べ頃になっていたから持って帰ってきたよ。みんなで食べよう」

「まあ、ありがとう。とってもおいしそうね」

 

 小人達は取ってきたりんごのうち一番真っ赤でおいしそうなものを白雪姫にあげましたが、それはお妃様が魔法の毒をかけたりんごでした。そうとも知らず白雪姫はりんごをぺろりと平らげて、小人達が食べるりんごを切り分けてからりんごのパイを作るために台所に立ちました。

 パイに入れるためのりんごを煮ていると、白雪姫はなんだか体がだるいことに気付きました。

 

「なんだかとっても眠いわ。今日は朝からよく働いたからかしら。パイを作ったら早く寝ましょう」

 

 それはりんごの毒が回り始めて弱ってきている印でしたが、そうとも知らない白雪姫は眠ってしまわないように気を付けながらパイを作ります。そうして白雪姫がパイの中にりんごを詰めていた時、台所の窓がそうっと開き、お妃様が窓から腕を伸ばして魔法の飾り紐を白雪姫の首に巻き付けました。

 白雪姫は息が苦しくなってもがこうとしましたが、すかさずお妃様が魔法の櫛を髪に挿してしまうと、がっくりとうなだれて動かなくなりました。お妃様は白雪姫が息をしていないことを確かめると、上機嫌でお城へ帰っていきました。

 

 それからほどなくして、小人のひとりが白雪姫が倒れているのに気付き、小人達は慌てて白雪姫の所に集まりました。首に絡まっている魔法の飾り紐をどうにかこうにか切って、髪に挿さった魔法の櫛を抜いてやると白雪姫は息を吹き返しましたが、その息はいつ絶えてしまうかもわからないほど弱々しく、いつもかわいらしい赤い色をした頬は血の色が失せて青ざめていました。

 

「ああ、かわいそうな白雪姫。わしらがもっとよく気を付けて見ていれば、こんなことにはならなかったのに」

 

 七人の小人達は弱り切った白雪姫を自分達のベッドに横にならせてやると、さめざめと泣きました。

 

 この時、ちょうど森の中を隣の国の王子様の馬車が通りかかっていました。王子様はこの森の中を通る時、いつも七人の小人達の楽しそうな歌声が聞こえるのを楽しみにしていましたが、今日はちっとも歌声がしないので小人達に何かあったのかと心配になり、小人達の小屋を訪ねました。

 

「もし、小人さん。何かあったのですか。無事でいたら返事をしてください」

 

 王子様が扉を叩くと、小人のひとりが扉を開けて出てきました。王子様が何があったのかと聞くと、小人は泣きながら答えます。

 

「大事な大事な白雪姫が、少し目を離した隙に殺されかけてしまったのです。どうにか命は助かりましたが、白雪姫はとても弱ってしまって、真っ青な顔をして寝込んでいます。白雪姫のことを思うとかわいそうでたまらなくて、とても歌う気にはなれません」

「なに、白雪姫だって」

 

 小人の話を聞いた王子様は、白雪姫に一目会わせてもらえないかと小人に頼み込みました。小人は白雪姫にまた何かあってはいけないからと断りましたが、王子様があんまり必死に頼むので気の毒になって、みんなで相談してから家に入れてやることにしました。

 小人達からの許しが出ると、王子様は白雪姫の枕元にひざまずいて、優しい声で語りかけました。

 

「白雪姫、ぼくがわかるかい。あのバルコニーではないけれど、約束通り君に会いに来たよ」

 

 その声を聞いて白雪姫は重いまぶたを開け、そして王子様の顔を見てはっとしました。十一歳の頃から毎年夜会で会っておしゃべりをしていた、あの仲良しの男の子に違いなかったからです。

 

「君が病気で寝込んでしまっていると聞いて、見舞うためにお城に行ったんだ。結局会わせてはもらえなかったけど、こんな所で会えるだなんて。いったい何があったんだい」

 

 王子様が聞くと、弱っている白雪姫の代わりに七人の小人達がかわりばんこに答えました。

 

「白雪姫は継母に殺されそうになったのですよ」

「最初に、継母は狩人に命じて白雪姫を殺そうとしたのです」

「だけど狩人に見逃してもらって、白雪姫はここまで逃げてきたのです」

「それからは、白雪姫をずっとこの小屋でかくまっていました」

「けれども継母はまだ諦めていないようで、この小屋のことまで突き止めてしまいました」

「今さっき、少し目を離した隙に、いじわるな継母が白雪姫を殺そうとしたのです」

「白雪姫を見つけた時、この飾り紐が首に巻きついて、この櫛が髪に挿さっていました。継母が白雪姫を殺すために使ったのに違いありません」

 

 それを聞くと、王子様は血の気が引いて白くなった白雪姫の手をそっと握ってこう言いました。

 

「白雪姫、ぼくの国に来てくれないか。君が王妃に嫌われているのには薄々気付いていたから、いつか君に結婚を申し込んで連れ出したいと思っていたんだ。ぼくの妻として隣の国の城で暮らせば、あの王妃も簡単に手出しはできないだろう。君さえよければ、どうかぼくと一緒に来てほしい」

 

 白雪姫はとても悩みましたが、しばらく考え込んだ後で王子様の手を取って小さく頷きました。お世話になった七人の小人達と離れるのは寂しかったけれど、またお妃様が来たら今度は小人達までお妃様に傷つけられてしまうかもしれないし、何より昔から仲良しだった王子様が自分を助けようとしてくれているのがとても嬉しかったからです。

 

 白雪姫は七人の小人達にお別れを言った後、王子様の馬車に乗せられて隣の国へ行くことになりました。

 隣の国に行くまでは、山を三つ越えなければなりません。白雪姫と王子様を乗せた馬車はなだらかな山道を登り、ゆるやかな坂を下って山を一つ越え、今度は険しい山道を登り、きつい坂を下って山を二つ越え、三つ目の山に差しかかった頃に、具合が悪かったせいもあってか白雪姫はひどく馬車に酔ってしまいました。

 

「馬車を停めてちょうだい。とても気分が悪いの」

 

 白雪姫が言うと、馬車は山のてっぺんで停まりました。白雪姫は王子様に支えてもらいながら馬車を降り、近くの茂みでげえげえとえずきます。そうして、王子様に背中をさすられながらお腹の中に入っていたものをすっかり戻してしまうと、白雪姫は急に気分がすっきりとして、体のだるさもちっとも感じなくなりました。

 

「ああ、すっきりした。もう大丈夫よ、ありがとう」

「本当に? もういいのかい、白雪姫」

「ええ、さっきまであんなに苦しかったのが嘘みたい。なんだか体も軽いわ」

「ああ! よかった、白雪姫!」

 

 すっかり元気になった白雪姫と王子様は、ふたり抱き合って喜びました。白雪姫がお腹の中に入っていた毒りんごを吐き出してしまったので、体から毒が消えて元気になったのです。

 白雪姫と王子様はまた馬車に乗り、三つ目の山を越えて隣の国に着くと、ふたりの結婚の準備を始めました。隣の国の人は白雪姫をとても歓迎してくれて、白雪姫と王子様の結婚の前に白雪姫をみんなにお披露目する式典を開くことになりました。

 

 その頃、お妃様は今度こそ白雪姫を殺したと思って満足していましたが、しばらくしてからきちんと白雪姫が死んでいるか確かめるために鏡に尋ねました。

 

「鏡よ鏡、この国で一番美しいのは誰?」

 

 すると、鏡が答えます。

 

「この国で一番美しい人間は、お妃様のほかにおりません。ですが隣の国の王子の妻になるお姫様は、あなたより百倍も千倍も美しい」


 これを聞いて、お妃様はまず白雪姫がいなくなったことにほっとしましたが、その次には自分よりも美しいと言われた隣の国のお姫様がどんな風なのかが気になって、妬ましくて腹立たしくて仕方がなくなりました。

 そんな時に、隣の国の王子様の婚約者をお披露目する式典が開かれるという報せがやってきたので、お妃様は鏡が言っていた隣の国のお姫様を一目見るために式典に行くことにしました。

 誰よりも美しくなるように着飾って隣の国に行き、式典に出たお妃様は、隣の国の王子様と一緒に出てきたお姫様を見てはっとしました。真っ白いドレスに身を包み、小さな唇に赤い口紅を引き、黒い髪にきらきら光るダイヤの髪飾りをつけた美しいお姫様は、あの憎たらしい白雪姫に違いなかったからです。

 お妃様は悔しさのあまり叫び出したくなりましたが、大勢の人が見ている前だったのでぐっとこらえました。美しい顔の下で憎しみと怒りをぐつぐつと燃やすお妃様に、白雪姫を連れた王子様がやってきて言いました。

 

「やあ、王妃様。この通り、あなたが殺そうとした白雪姫はとても元気ですよ。あなたがいくら殺そうとしたって、もう彼女に手は届かないでしょう」

 

 王子様が「あれを王妃様に」と召使いに命令すると、召使いは小さな箱を持ってきてお妃様に見せます。お妃様は箱に入っているものを見て、ぎょっとしました。赤い布を敷き詰めた箱の中には、魔法の飾り紐と魔法の櫛が入っていたからです。

 

「白雪姫が殺されかけた時、この飾り紐が首に絡みつき、櫛が髪に挿さっていたそうです。どちらも恐ろしい魔法がかけられていました。あなたが白雪姫を殺すために使ったものですね」

 

 冷たい声で言う王子様に、お妃様は知らないと言い張りました。自分が白雪姫を殺そうとしたと正直に答えてしまうと、どんな目に遭うかわからないからです。どうしても本当のことを言わないお妃様に、王子様は言いました。

 

「ならば、この国に伝わる魔法の靴を使いましょう。正直者が履くと何も起こりませんが、嘘つきが履くとひどくもだえ苦しむ魔法がかかっているのです。その靴を履けば本当のことを言っているかわかるでしょう」


 そうして王子様が召使いに命令して持ってこさせたのは、長いこと石炭の火の上にくべられて真っ赤に焼けている鉄の靴でした。火箸で掴まれ、目の前に差し出された鉄の靴を見て、お妃様は叫びます。

 

「そんな恐ろしい靴、履けるわけがない。誰が履いたって足が焼けただれてしまうわ」

 

 すると、王子様はにやりと笑って言いました。

 

「では、本当になんともないか試してみましょう。白雪姫、この靴を履いておくれ」

「靴を履けばいいのね? わかったわ」

 

 白雪姫は履いていた靴を脱いで、片足ずつ焼けた靴の中に足を入れました。真っ赤に焼けた鉄の靴は白雪姫の足が入るとじゅっと音を立てて煙を出しますが、白雪姫は平気な顔で言いました。

 

「あら、なんともないわ。それにとっても軽くって、足に羽根が生えているみたい」

 

 白雪姫はにこにこと笑いながら、真っ赤に焼けた鉄の靴で軽やかにステップを踏んで踊ってみせます。あまりの恐ろしさからその場に立ちつくすお妃様に、王子様は言いました。

 

「さあ、これで正直者ならばなんともないことがわかりましたね。次はあなたが履く番です」

 

 それを聞いてお妃様はさっと顔から血の気を引かせ、その場から走って逃げ出そうとしました。しかしたちまち兵士達に捕まえられ、無理やりに焼けた鉄の靴を履かされると、お妃様は身の毛もよだつようなおぞましい叫び声を上げて気を失いました。

 

「これで王妃様が嘘つきだとはっきりしたな。王様が長いこと病気でいるというのもきっと嘘に違いない。今すぐ白の国に使いをやって調べさせてくれ」

 

 王子様が命令すると、すぐに召使いのひとりが白の国へ向かい、倒れたお妃様は兵士達に運ばれていきました。

 しばらくして、白の国の王様は新しいお妃様に長いこと毒を飲まされていたことがわかり、お妃様は王様と白雪姫に毒を盛った罪で牢屋に繋がれることになりました。

 白雪姫は王子様と一緒に白の国に戻り、新しい女王として王子様とふたりで力を合わせて白の国を治めました。

 女王になった白雪姫は、悪いお妃様に何度殺されかけても無事だったことから「死なずの女王」と呼ばれ、何百年先も語り継がれるようになりましたとさ。

 

 めでたし、めでたし。

ディズニー版などだと王妃から白雪姫の殺人未遂のくだりは狩人と毒りんごだけになってるけど、グリム童話だと狩人を抜いても三回も殺されそうになってるし、白雪姫もなんかすぐ生き返るしめちゃくちゃ頑丈だよね…と思ったので書いたお話でした。

あと白雪姫警戒心薄すぎない…?とも思うけど七歳児かあ…そっかあ…なら仕方ないかもな…となったり。きっと世間知らずで悪意に疎い箱入り娘だったのでしょう。

それはともかく世界の童話の登場人物最強議論をやったら何が最強になるのか気になりますね。白雪姫は耐久極振りで戦闘力はないので最強にはやや劣るでしょうが、三匹のやぎのがらがらどんのがらがらどん(大)はどこまでいけるのやら…

童話には時々神様が出てきたりするので、神様が最強枠に収まるというつまんないオチになってしまう可能性もあるか。

珍しく感想欄を開けておくので皆様の思う世界の童話最強登場人物を教えていただけると助かります。

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