表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/15

第5話 消えた夫

翌朝、由美はほとんど眠れないまま、警察に連絡した。


「夫が昨夜から帰ってこないんです。連絡も取れなくて……」


捜索願を出そうかと考えたが、警察の対応は淡々としたものだった。


「成人男性の行方不明は、事件性がない限りすぐに捜索はできません。もう少し待ってみて、それでも戻らないようなら再度ご連絡ください」


そんな悠長なことを言っている場合ではない。


昨日、玄関のすりガラスの向こうに立っていたあの女──あれは夫ではなかった。


では、夫はどこへ行ったのか?


何が起こっているのか?


由美は不安と恐怖で押しつぶされそうになりながら、スーパーへ向かった。


今日こそは何も起こらないことを願って。


だが、その願いは、あっけなく打ち砕かれることになる。


◆夫の帰還

シフトの途中、スマホが震えた。


(健二!?)


急いで確認すると、確かに夫の番号からの着信だった。


「もしもし!? 健二!? どこにいるの!?」


「……」


返事がない。


だが、電話の向こうで、かすかに水の滴る音が聞こえた。


ポタ……ポタ……ポタ……


「健二!? 返事して!!」


だが、プツンと電話は切れた。


「由美さん? どうしたの?」


坂井さんが不思議そうに声をかける。


「ご、ごめんなさい、ちょっと……」


言葉がまとまらない。


夫が……どこかで……何かに囚われている?


そのとき、スーパーの自動ドアが開いた。


──そして、そこに立っていたのは、夫だった。


「健二……?」


声が震える。


夫は、まっすぐ由美を見ていた。


だが──


──その瞳は、黒く潰れていた。


「……お前……」


夫の口がわずかに動いた。


だが、声が異様にくぐもっている。


まるで、水の底から響くような声だった。


「健二……なの?」


夫は、ゆっくりと歩み寄る。


不自然にぎこちない動きだった。


「やめて……」


震える声で言う。


だが、夫は止まらない。


彼は、もう夫ではなかった。


◆異形の姿

夫の足元から、水が広がっていく。


ポタ……ポタ……ポタ……


気づくと、夫の服は湿っていた。


それだけではない。


夫の首の後ろに、白い手が絡みついていた。


由美は悲鳴をあげた。


その手は、細く、異様に長い指だった。


まるで、水の中から伸びてきた手のように。


(あの女が……健二に……!?)


夫が、にたりと笑った。


「……おまえも……こっちへ……」


その声は、もう夫のものではなかった。


恐怖で足が動かない。


「由美さん!? どうしたの!?」


坂井さんの声がした。


次の瞬間、夫の表情がぐにゃりと歪んだ。


そして──


──自動ドアが閉じた瞬間、夫の姿は消えていた。


床に残ったのは、びしょびしょに濡れた足跡だけだった。


◆水の中からの囁き

由美はその場に崩れ落ちた。


周囲のパート仲間が駆け寄る。


「大丈夫!? 何があったの!?」


「……夫が……そこに……」


しかし、誰も見ていなかったらしい。


「え? さっきから由美さん、誰もいないところを見てたけど……」


「そんな……確かに、いたの……」


放心しながら、足元の水溜まりを見つめる。


だが、それすらも、すぐに消えてしまった。


(……嘘でしょ……)


そのとき。


「……たすけて……」


耳元で囁く声がした。


「──!!!」


由美は、思わず後ずさる。


スーパーの奥、バックヤードへの通路。


そこに、誰かが立っていた。


白いワンピースの女。


黒く潰れた目で、じっと由美を見ている。


「……お前も……すぐに……」


掠れた声が響く。


「やめて……!」


目をつぶる。


次に開けたとき、女の姿は消えていた。


だが、由美はわかっていた。


──もう、どこにいても安全ではない。


そして、由美の耳には、また水の滴る音が響いていた。


ポタ……ポタ……ポタ……


──それは、確実に近づいてきている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ