第2話 繰り返される怪異
翌日、由美はいつもより慎重にスーパーへ向かった。
昨日のことは気のせいだったのかもしれない。いや、そう思いたかった。
朝の涼しい風を感じながら、自転車を漕ぐ。しかし、胸の奥には不安が残っていた。
(今日は何もなければいいんだけど……)
そんな期待も、すぐに打ち砕かれることになる。
◆レジに立つ女、再び
シフトに入ってしばらくして、またあの女が現れた。
昨日とまったく同じ白っぽいワンピース。昨日とまったく同じように、髪を垂らし、うつむいたままレジの列に並んでいる。
(まさか……)
由美の手が止まる。
彼女の番になったとき、恐る恐る顔をうかがう。
──やはり、目が黒く潰れている。
「……」
喉が引きつるように声が出ない。だが、次の瞬間、女がぼそりと呟いた。
「……ここ、出たほうがいいよ」
「……え?」
聞き返した瞬間、女の目が元に戻る。そして、何事もなかったかのようにレジを済ませ、静かに去って行った。
(今の……どういう意味……?)
嫌な汗が背中を伝う。
目の前の客が「すみません、まだですか?」と不満そうに言う。はっとして、慌ててレジを再開した。
しかし、その後も、何かがおかしかった。
レジの端に置いてあるカゴが、誰もいないのにカタカタと動いたり、精算済みのレシートがひとりでに舞い上がったり。
何かが、見えない何かが、このスーパーにはいる。
そして、ついに決定的な出来事が起こった。
◆誰もいないはずのロッカー室
シフトが終わり、ロッカー室で制服を脱ぎ、荷物をまとめる。
昨日のこともあり、できるだけ早く帰ろうと急いでいた。
「……たすけて」
昨日と同じ、囁くような声。
(また……?)
ギシッ。
背後のロッカーがわずかに揺れた。
息をのむ。誰もいないはずなのに。
鼓動が早まる中、ふと鏡に目をやる。
──そこには、自分の背後に黒い影が立っていた。
由美は叫びそうになったが、声が出ない。
(見ちゃダメ!)
必死に目をそらし、荷物を掴んでロッカー室を飛び出した。
誰かが後ろから追ってくるような気配がする。
「すみません!」
廊下でちょうど掃除をしていたパート仲間の坂井さんに声をかけた。
「あら、由美さん、どうしたの?」
「あ、あの……ロッカー室に、誰かいませんでした?」
「え? 私、さっきまで倉庫にいたから、誰もいないはずよ」
ゾクリと全身が寒くなる。
坂井さんは不思議そうな顔をしていたが、「疲れてるんじゃない?」と笑った。
(疲れてる……のかな……)
そう思いたかった。だが、違う。あれは「何か」がいた。
◆自宅での異変
その夜、由美は自宅に帰ってからも、落ち着かなかった。
「今日もスーパーで変なことがあったの?」
夕飯を食べながら、夫の健二が心配そうに聞いてきた。
「……ちょっとね。でも、気のせいかもしれない」
「無理しないほうがいいんじゃないか?」
「うん……でも、仕事は続けたいし……」
「まあ、あまり気にしすぎるなよ」
健二は温厚で優しい性格だ。こんなことを話しても、笑って流されるかと思ったが、意外にも心配してくれていた。
しかし、その夜。
由美ははっきりと聞いた。
──廊下を歩く、足音を。
ギシ……ギシ……
ゆっくりと、まるで誰かが這うように歩く音。
布団の中で息を殺す。
娘の部屋の方から、確実に何かが動いている。
ゴトッ。
小さな物音がする。
恐る恐る布団を抜け出し、廊下に出た。
暗闇の中、娘の部屋の扉が、ほんの少しだけ開いていた。
「……美咲?」
そっと覗き込む。
──そこには、眠る娘の足元に立つ、白いワンピースの女がいた。
「──っ!」
由美は息が詰まり、動けなくなった。
女は静かにこちらを向いた。
黒く潰れた目が、じっと由美を見つめている。
「……あなたも……もうすぐ……」
低く、掠れた声が響く。
その瞬間、娘が寝返りを打った。
はっとして再び見ると、女は消えていた。
由美は震えながら、娘を抱きしめた。
──これはもう、スーパーだけの問題ではない。
何かが、由美の生活に入り込んでいる。
そして、それは確実に近づいてきている──。